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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第一章 旅立ち編
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第三話 あの夜の日に

 村雨咲光むらさめさくや村雨照真むらさめしょうまの両親はすでに他界している。


 母は三人目の子供、つまり咲光さくや照真しょうまの弟を産んですぐ、産後の肥立ひだちが悪く亡くなった。残された時間はわずかだとさとり、二人を枕元へ呼ぶと最期の言葉をゆっくりと伝え、夫と子供達に看取られ亡くなった。

 そして父も、もういない。父を失うと同時に二人は弟も失った。

 だから今、二人でこの家で支え合って暮らしている。



「父と弟は…事故で亡くなった事になってます」


「どういう意味だ?」



 カチャリと食器がたてる音が止み、水音だけがはっきりと耳に届く。


 手の止まった照真の言葉を、総十郎そうじゅうろういぶかしんだ。隣には、怒りや困惑こんわくが混ざったような、どこか痛ましい表情があった。食器を洗っていた手がぎゅっと拳をつくる。



「弟と一緒に裏山に散歩に行って、帰って来なくて…。皆にも探してもらったら、二人とも……死んでるのが見つかったんです。滑り落ちたんだろうって…」


「…それらしい痕跡こんせきはあったのか?」



 ふるふると首を横に振る答えが返ってきた。その答えに総十郎も手を止め照真を見つめる。真剣なその眼差しに照真は気づかない。



「裏山には、いつも山菜を採りに行く道があるんです。父さんの散歩道はそれと同じで、何十年も通ってます。滑るような危ない道は通らないし、あんな傷…」


「傷…?」


「照真」



 キュッと引き結んだ唇からこぼれた言葉に、総十郎がまゆしかめた時、とがめるような声がさえぎらせた。

 振り向けば、少し怒ったような咲光さくやの表情があり、照真はすでにしかられたように身を縮こまらせる。総十郎はこの後が容易に想像でき、眉を下げた。自分が弁明べんめいしよう。


 土間に下りた咲光は総十郎の前に立ち、持っていた紙を出した。



「弟を手伝って下さって、ありがとうございます。これが一番近いお寺への道です」


「ありがとう。助かった」



 紙を受け取りざっと目を通す。この家から東へ少しといった所らしい。すぐに道順を頭に入れ、紙を着物に仕舞しまう。

 地図を渡した咲光は照真の前に立った。眉を八の字にさせ、うつむき加減な弟に咲光も困ったと力ない笑みが浮かべた。が、まずはきちんと叱る。



「照真。お客さんを身内話でわずらわせないの。気持ちの良い話じゃないでしょう」


「ごめん。姉さん」


「なら良し」



 反省を見せ謝る弟を、それ以上叱る事もしない。そんな姿に良い関係性を感じながら、総十郎は咲光の目に見える静かな悲しみの色を見逃さなかった。

 描いてもらった地図の目的地である寺は、仕事を寄越よこした寺。そしてその内容と、二人から聞いた話。



(おそらく偶然ぐうぜんじゃないな…。ということは…)



 今は、過去の辛さも痛みも見せない姉弟の笑顔。しかし、その奥にある影を垣間かいま見た総十郎は、その笑顔にフッと口端を上げた。そして二人に向き直る。

 総十郎の視線に、咲光と照真は揃って首を傾げた。



「今の話、もう少しくわしく聞かせてもらえるか?」


「え……」



 咲光と照真は思わず互いを見る。こんな身内話で、楽しい話でもないのに何故なぜ

 表情に出る困惑に総十郎はフッと笑った。確かに、ただの旅人が首を突っ込むのは妙だろう。ずかずかと無遠慮な奴だと思われるかもしれない。だけれど――



「おかしいと感じたんだろう? 今更いまさらどうにか出来るわけでもないが、何か気付けるかもしれない。それに、俺の仕事にも関係あるかもしれないからな」



 総十郎のまっすぐな目に、二人はまた互いの顔を見合った。






♦♦




 四年前。咲光と照真の父は、弟を連れ裏山に散歩に出かけた。妻を亡くした悲しみを胸に、それでも残してくれた忘れ形見がたみと日々おだやかに過ごしていた。


 その日も――「散歩に行ってくるな」と弟を連れ出掛でかけた。夕方になっても、日が落ちても、二人は帰って来なかった。咲光と照真は村の人達にも頼み、組を作って、松明たいまつ沢山たくさん持って、探し回った。そして見つけた。


 二人はすでに事切れていた。父は子を抱き締めていた。

 見つけた安堵あんどより、悲しみより、驚きより、人々は恐怖すら感じた。子にははらわたが見える程深い傷があり、父の片腕がなくなっていたのだ。




♦♦






「熊に襲われて滑り落ちた。というのが皆の見立てですが、私達は何だか釈然しゃくぜんとしなくて…」


「俺達が認めたくないだけかもしれないですけど…」



 昼間の青空に昇る太陽が、ひらけた上空にのぞいている。すぐ近くは木々が生い茂り、木の葉の間から木漏れ日がきらめいている。鳥のさえずりと葉のこすれる音が心を穏やかにしてくれる。

 そんな自然の中で、咲光と照真は心痛な面持おももちで立っていた。昼間なのに、咲光はどうしてか気分が悪くなるような気がした。


 総十郎の言葉で、三人は父が亡くなっていた現場へと足を延ばしていた。歩いてきた道は二人の話通り土がむき出しの歩きやすい道になっていた。

 陽光の当たる場所もあれば影になっている場所もある。周囲をぐるりと見回し、総十郎は一点で視線を止めると突然走った。



「!」



 突然の事に驚く二人の前で、総十郎は背中の細長い荷物も邪魔じゃまにならないようで、スイスイと斜面を登っていく。見ていた二人はギョッと目をいた。



「え…か……え!?」



 言葉も出てこない照真を知らず、総十郎は木を掴み足を止めた。ふむ…と考えるようにあごに手を当てる。

 総十郎が止まったそこは、陽光の当たらない影になっていた。影の時間が長いのか土も湿っているようだ。



わずかだが気配が残ってる…。だが、今近くにはいないな…)



 判断を下すと、総十郎は身をひるがえし軽々と斜面を飛び下りた。呆気あっけに取られていた二人の前に着地すると、二人を見て「ん?」を首を傾げる。



(ちょっと待って。なんかすごい事を平然とやったこの人)



 咲光と照真は同時に思った。こんな動きをする人を今までに見た事もない。唖然あぜんとする二人はさておき、総十郎は話を進める。



「お前らの父親は恐らく事故死じゃない。後はこっちでやっておく」



 それまでとは違う険しささえ見える総十郎の表情。


 どういう意味なのか。驚きの連続である咲光と照真には、それ以上問う事が出来なかった。






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