第二十九話 違います、姉弟です
咲光と照真は、ほぉ…と感嘆の息をついて目の前の光景を眺めた。
行き交う沢山の人々。馬も手綱を引かれて悠々と歩いている。大通りの両脇には多くの店が並んでいる。どの店からも活気が伝わってくる。
最近は、列車と言う移動手段も出来た。この町にはそんな列車が止まる駅があるらしい。列車を使っても、歩いても、馬で走っても、この町からは四方どこへでも行く事ができる。
かつては宿場町として活気づいていたという町は、今もその衰えを知らない。
初めての大きな町に、照真は物珍しそうに周りをキョロキョロと見回す。
「駅があるからもっと町全体が異国みたいなのかと思ったけど、まだ宿場町な風情が強い」
「うん。政の中心地の方がもっと異国みたいらしいよ。建物の造りも全く違うんだって」
「そうなんだ。今はこれでも十分凄いと思うよ…」
「そうだね」
大きな町に珍しさを感じつつも少々疲弊している照真に、咲光はクスリと笑みを浮かべた。
自分達は田舎の小さな村の生まれ。こういう場所は初めてだ。
初任務以降、式は来ていない。そもそもに退治衆に要請される仕事は少なく、仕事量でいうならば祓衆の方が多いのである。しかし、少ない分、相手は強力であり衆員の死亡率は高い。
万所の者たちの中には、咲光達のように放浪している者もいれば、定住している者もいる。定住者には主にその近隣、放浪している者は全国各地の仕事が割り振られる事が多い。勿論、定住していても、仕事によっては遠くに向かわなければならない事もある。
(だから、私達に仕事が来ないって事は、少なくともこの近辺で退治衆が出る仕事はないって事)
その代わり、もしこの近隣の、急ぎ向かえる場所で退治衆が必要な事態が発生すれば、すぐさま召集される。
「仕事がないのは良い事だけど、その代わり鍛錬は倍だな!」
「頑張ろっ」
よしっと拳をつくる照真に咲光も頷く。
少し心の余裕が持てた二人は、町を見て歩く事にする。大通りの左右には呉服屋、小間物屋、薬屋、飯処、中には洒落た宝飾店や喫茶店、異国の服を売る店もある。混じり合っている情緒だが異質な感じはなく、木造の店の外観のおかげか上手く馴染んでいた。綺麗な着物や、ゆったりとした上下分かれた服装の人もいる。
キョロキョロと周りを見ていた照真は、店先で掃き掃除をしていた男性に小走りで駆け寄った。
「すみません」
「ん?」
「この近くに、神社かお寺はありますか?」
「この辺りなら……ちょっと歩く事になるぞ。町出て、その先ずっと歩いていけば、大きな神社があるけどな」
男の言葉に照真はふむ…と考える。
(まぁ、今は仕事があるわけでもないし、お世話になるのは悪い)
全国の神社やお寺が万所に協力してくれるとはいえ、仕事中でもないので申し訳ない。近くに神社がある事は分かったので、照真はそれならと男を見た。
丁度、照真の隣に咲光がやって来て、男に小さく頭を下げる。
「宿を探しているんですが、良い所ありますか?」
若い男女の二人組。何やら旅でもしているような様相。
男はすぐ、頭に一閃が駆け抜けたようにハッとなった。
「駆け落ちか!」
「……はい?」
思わず聞き返す照真とキョトンとする咲光。そんな二人の反応なんて見えてない男は、ひらひらと手を振るばかり。
「お前さんも隅に置けねえな。何か事情があるんだろうが、幸せにしてやんなよ」
「違います!」
「悪い悪い。野暮だったな。どうも余計な事ばっか言っちまっていけね」
「違います!」
慌てたように必死に声を上げる照真だが、全然聞いてもらえない。そんな様子にクスリと笑い、咲光は助け舟を出す。
慌てる照真は珍しいが、自分も勘違いされるのは困る。
「私達、姉弟なんです」
「…………そうなのかい?」
「はい」
咲光と照真の顔を交互に見つめ、「そういやちょっと似てるな…」とぼやく男に、照真はホッと息をつく。やっと分かってくれた。良かった。
勘違いした男もアハハと笑い、謝りながらひらひらと手を振る。
「悪い悪い。ここは色んな奴が来るからな。野暮考えちまった」
「分かっていただけて良かったです。それで、宿はありますか?」
長引かず、そしてすぐ謝罪が出てきて、咲光も照真も顔を見合わせ眉を下げクスッと笑った。
話を戻した照真に、男は「そうだなあ…」と顎に手を当て考えると、すぐに町の東側を示した。二人の視線もそちらに向く。
「宿探すなら町の東側で探す方が良い。俺のお勧めは『松ノ屋』って宿だ」
「どうして東側なんですか?」
この町は東西にも広い。首を傾げる照真に、男は言いづらそうにもぞもぞと口を動かすと、咲光と照真を手招いた。
大通りに行き交う人に聞かれないようにか、男に招かれ店の軒下に移動する。そして男は声量を落として話し始めた。
「この町の西は、貴族の屋敷が多いんだよ」
「貴族の?」
咲光と照真は顔を見合わせ、ぱちりと瞬いた。大通りを馬車が走り去る。その動きを照真は目で追い、男に視線を戻した。
男はまだ不快そうに顔を歪めていた。
「戦乱が収まったばかりの頃は、貴族なんていなかったんだ。だけど列車が通ってからは、別宅ってのが増えたのさ。山超えりゃ国の中心地だからな」
「そうだったんですか」
数十年前に始まった戦乱は、国の主と反乱を起こした者達の争いだった。そして国の主は敗れ、現国家体制が築かれた。
貴族とは、戦乱の勝者となり、現政界の中心やそれに近い者達を指す庶民の言葉である。豪華な建物で不自由ない生活を送り、贅沢を貪る。そして、かつての国の主に近かった者達を徹底して追いやった。それが人々の認識である。
異国文化を積極的に国内に受け入れたのも、その貴族の方針だったと言われている。
とりあえず、二人はそれに関しては頭の片隅へ追いやった。誰であろうと自分達のやるべき事は何も変わらない。
咲光と照真は教えてくれた男に礼を言うと、その宿へ向かう事にした。




