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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第三章 遭遇編

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第二十五話 余裕ある者と焦る者

 全身の血の気が引いている咲光さくやに、照真しょうまは羽織を脱ぐと咲光の肩に掛けた。そして手を取ると自分の手で包む。お互いに手は冷たくて、照真は少し不満そうにムッとした表情を見せる。

 そんな照真に、咲光は優しく微笑むと、キュッと手を握った。



「ありがとう」


「どういたしまして。肩の傷大丈夫? ちょっと待って。応急止血しておこう」


「見た目ほど深くないよ。照真の腕は?」


「俺も浅い。大丈夫」



 照真は懐からさらしを取り出すと、咲光の肩の傷に強く押し当てた。圧迫して血を止めようとしてくれる照真に、咲光も片手でさらしを使い照真の傷を止血する。


 止血し合いながら、片手はしっかり握ったまま。

 触れ合う手のぬくもりだけでなく、その心にも優しいぬくもりが沁み渡る。先程までの恐怖も溶かしてくれるようだった。



(あぁ、大丈夫だ)



 心の底からそう思える。胸がいっぱいで、咲光はその手を大切に大切に握り返した。

 その力に照真は僅かに目を瞠り、姉の表情に眉を下げて笑みを浮かべた。



(姉さんが手を握ってくれる事が、俺にとってどれだけ力をくれてるか…。姉さん知ってるかなぁ?)



 嬉しい時も。悲しい時も。手を伸ばせば届く場所に居てくれた。隣に居てくれた。

 それが、どれだけ力をくれたことか。

 だから思う。このぬくもりを守りたくて。その未来を守りたいと。その為に今、戦っている。



「姉さん。あの男が言ってたことだけど」


「踊らされてるだけかもしれない。でも……。明日の夜、町を見回ろう」


「うん。関係ない人達を、危険な目に遭わせるわけにはいかない」



 あやかしと戦うのは自分達の役目。万所よろずどころに属する全ての者が担う役目。

 

 頷き合う二人の表情は険しい。暗い村の中、それまでは気配も感じなかった鳥や動物が今になって動き出す。近づけない程に男の妖気はすさまじかったのだろう。



「あいつ、何なんだろう…。今までてきた妖とは明らかに違った」


「うん。妖の妖力の強さも色々だから、その中でかなり強い妖…。また遭遇する事になるかもしれない。まだまだ鍛錬しないとね」


「そうだな。俺達はまだまだ未熟だから。頑張ろう」


「うん」



 体温が戻り、立ち上がった照真が差し出す手を取り、咲光も立ち上がる。温もりをくれた羽織を返し、二人は帰路に着いた。








 物音を立てないよう静かに清江の家に入れば、皆が静かな寝息をたてている。照真はそっと荷物から薬を取り出すと、傷の手当てをした。咲光の傷も深くなくホッと息をつく。着物で隠せる傷で良かった。


 手当を終えた二人は、夜明けまでの少しの間眠りにつく。強力な妖気に当てられ気力も果てていた所為か、すぐに意識が飛んだ。








 夜が明ければ、また賑やかな一日が始まる。子供達の楽しそうな様子に、夜に向けた緊張が和らぎ、癒される。畑仕事、家事、薪割り、竹細工を作る手伝いなど、充実した時間が流れていった。



(今夜、アイツは何をしようとしてるんだろう…)



 胸の内には絶えず、そんな考えばかりが浮かぶ。それを子供達に悟られないよう、咲光も照真も普段通りに過ごす。


 日が落ち、皆が寝静まった頃、咲光と照真は昨晩と同じように家を出た。



「この周辺で町はここだけだ。後は南西に村があるって夏子ちゃんが言ってた」


「じゃあ、町へ行こう」



 互いに強く頷き合い、駆け出した。いつもは子供達に合わせて歩く道を、今の二人は全力で駆ける。風を切る音が耳に入る。子供の足では時間のかかる道のりも、今はあっという間。



「!」



 だったが、町に入る前に、咲光と照真は足を止めた。清江の家から町へ向かう道の中間を越えた辺り。

 距離を頭の中で考える咲光の前に、ゆらりと揺れる影。黒いそれに見覚えがあった。



「姉さん」


「うん」



 険しさを声に、二人は刀を抜いた。それを見て、餓鬼がきが襲い掛かり、戦闘が始まる。

 餓鬼の数は、およそ五体。昨晩よりは少ないとはいえ油断は出来ない。


 照真と咲光は互いに背を預け、離れすぎないよう距離を保つ。照真の一振りが餓鬼を斬れば、咲光の一閃が餓鬼の足を斬る。

 爪の攻撃を弾き返し、続けて襲い来る相手を照真は身を屈めて避ける。瞬時に刀を振り上げ餓鬼を倒す。

 襲い来る餓鬼を刀で受ける事無く避け、ひらりと体を返すと同時に、咲光は鋭く刀を振るう。


 そうして倒した餓鬼が消え去るのを見届け、咲光と照真はまたすぐ走り出した。



「!」



 が、その足がまた止まる。

 目の前に、また餓鬼がいた。それを見て照真は奥歯を噛む。



「足止めかっ…」


「照真。焦らない」


「分かってる」



 ここで相手をせず町へ入る事は容易い。しかし、それはいけない。

 だから照真も、焦りや悔しさ、苛立ちを抱いても、まず戦いに集中する。



(遊んでるつもりなんだろう。こんなやり方、俺は絶対許さない)



 あの男の笑みが脳裏に浮かぶ。照真はそれを打ち払い、町へ急ぐために刀を振るった。








 餓鬼の群れは計三回待ち伏せていたが、咲光と照真はそれを切り抜け、町へと入った。

 町に入ってすぐ感じた妖気に、勢いを殺す事無くその場所へ走る。右へ左へ道を進んでいけば、寝静まっていた町の一角に人の気配がした。寝静まっていた町は、その場所だけ起きていた。


 人が集まっている。誰もが寝ていた所を起きて来た様相だ。それを認めた咲光は、照真の足を止めさせると、刀を背に隠した。幸い羽織もあって見た目には分からない。


 そして二人は、提灯を手に集まっている数十人の人だかりへと足を進めた。






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