第二十二話 調査
町を見て回った照真達は、最後に小間物屋にやって来た。
小間物屋には装飾品が多く並ぶ。簪、首飾りや耳飾り、櫛、口紅や化粧品、小さな手提げ袋などが並び、女性客が多く訪れていた。
雄一も晴正も珍しそうにキョロキョロと店内を見ている。照真もまた店内をぐるりと見ていた。
照真も小間物屋に立ち寄った事はそうない。暮らしていた村では、店は薬屋か小さな呉服屋、小さな医者の医院、日用品と小間物などを売る小さな店があったくらい。ごく偶に咲光と店に立ち寄る事はあったが、咲光は買うことはなかった。
(でも、興味ないわけじゃないんだよな。きっと。物欲ないっていうか…。着物も直してばっかりだったし)
元々、家にそんな余裕がなかったとはいえ、照真はむむっと眉間に皺を寄せる。そんな照真を、横で雄一と晴正が不思議そうに見上げていた。
(「可愛い」とか「綺麗」とかって見てたし、姉さん、あんまり自分用って考えがないんだよ、きっと)
うんうんっと自分の考えに一人頷く。
いつも自分と分けたり、むしろ自分に全部くれたりしてきた姉だ。それが普通になっているのかもしれない。
(よし。いつか姉さんに綺麗な簪でも買おう。万所からの御給金を貯めれば買える。……あ、でも。簪贈ってくれるような人が現れるのが先かなあ…)
良い思い付きに、ふと見えない未来を想像した。それは照真にとっては楽しみになり、無意識に笑みが浮かぶ。
夏子は一回りして店内を見ると、満足したように戻って来た。
「もういいの?」
「はいっ。可愛いのいっぱい見れて嬉しかったです」
嬉しそうに笑顔を咲かせる夏子と共に、照真達は帰路につく事にした。
夕暮れに空が染まる。窓から明かりと調理の湯気がこぼれ出る。
暗闇に染まりつつある外で、玄関から少し離れ、照真は昼間の不穏な会話を咲光に報告していた。
「何十人も一斉に? ……照真は、それが妖の仕業だと思うの?」
「…うん。移動するなら代表を一人たてて挨拶に来ると思うんだ。じゃなきゃ見回りにも支障が出るし、見回り時期にいなくなったのもおかしいと思う」
「冬にいなくなったなら、見回り隊が見に行くだろうから、消えたのは最近って事になる」
「もしそうなら、まだ万所に依頼が来てないかもしれない」
咲光も考える。照真の意見は尤も。村の人が誰一人いなくなるという奇妙な内容。
数秒思案し、咲光は照真へ視線を向けた。
「調べよう。北山向こうなら、この家の裏になるね。いつ行く?」
「勿論、今夜」
分かっている答えを聞くように、微かに笑みを含んだ声音に、照真は当然と言わんばかりに勢いよく答えた。その答えに咲光も頷く。
自分なりに考えて行動に移す照真を、咲光は柔らかく見つめた。
(子供の頃は、泣いたり笑ったりして忙しい子だったのに。いつの間にこんなに頼もしくなったんだろう…)
その成長を傍で感じる事が出来る。嬉しさと負けられない想いに、咲光は自然と頬が緩んだ。
そんな姉に気付いた照真が「ん?」とキョトンとして首を傾げる。そんな姿に咲光はクスクスと喉を震わせた。
「何だよ姉さん」
「何でもない。照真も立派に成長したんだって思って」
「そうかなあー」
嬉しい想いで照真をよしよしと撫でれば、照れたように頬を掻く。そんな姿はまだ子供の頃のようで咲光の笑みも深まる。
照れくさいのを隠すように「まあ」と照真は背を伸ばした。
「じゃ今夜、皆が寝静まってから行ってみよう」
「うん」
妖の仕業なのか、否か――
(式は来てないけど、もしそうなら放っておけない)
妖の仕業か。退治衆の出る事態か。どちらにせよ、まずは見極めなければならない。
すでに被害が万所に伝わっていれば、誰かが派遣されて来るかもしれないが、いざという時には自分達で判断しなければならない。
旅をしていればこういう事もあろう。旅をしているからこそ、一足早く気付ける事もある。
そう思い、二人は頷くと一旦家の中へ戻って行った。
賑やかな夕食を食べ、床に就いた子供達は疲れていた所為か、すぐに眠りについた。
夜が更け、皆が深く眠りについた頃、咲光と照真は刀を持って家を出た。
腰に刀を帯び、夜の山を走り抜ける。獣道を駆け抜ければガシャガシャと草を掻き分ける音が響く。周りの動物たちは驚いて走り去り、鳥も飛び立つ。
暗闇を進むのは慣れていなければ恐ろしい。その中を勢いを殺すことなく、二人は駆け抜ける。微かな月明かりが木々の間から零れ落ち、辺りを幻想的に見せる。拓けた場所ならば空の星々が美しく見えただろう。
勢いを落とす事無く進む二人は、土を踏み、草を掻き分け、川辺の岩を飛んで進む。そして山を抜ければ、すぐに目的の村に辿り着いた。
「ここかな…」
「そうだと思うけど、人の気配が全くない」
明かりの灯っていない家からは住民の気配もなく、ただ空虚なものとなっている。数十軒が固まって暮らしていたのだろう家々は、どれもなぜか廃墟のような様相だ。
(おかしいな…。なんだかここ、人がいなくなって数年は経ってるみたいだ)
弱り果てた家の材木。内側に引き倒された扉。庭先には整理されている薪。冬を越えた畑は雑草が伸びている。
妙な違和感を覚え、照真は眉をしかめた。
「姉さん。お邪魔してみよう」
「うん」
一番近くにある民家に近づいた。小ぶりな家の扉は内側に向かって外れていた。薄暗くてよく見えない中を覗いてみる。
「ごめんくださーい」
当然返事はない。分かっているが無断で入るのは少々憚られるので、一応断りを入れてみる。
敷居を跨いで中に入るが、暗くて良く見えない。少々不満そうながらも、さてどうしようかと考えた所で「照真」と姉の声に呼ばれた。
すぐ引き返した照真は、縁側に立ち障子を開ける咲光の姿を見つけた。
「俺より姉さんの方が堂々としてる…」
「何か言った?」
「なんでもない」
振り返った咲光にすぐ首を横に振り、照真も一緒に庭に面した障子を開けた。




