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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第三章 遭遇編

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第二十二話 調査

 町を見て回った照真しょうま達は、最後に小間物屋にやって来た。

 小間物屋には装飾品が多く並ぶ。かんざし、首飾りや耳飾り、くし、口紅や化粧品、小さな手提げ袋などが並び、女性客が多く訪れていた。


 雄一も晴正はるまさも珍しそうにキョロキョロと店内を見ている。照真もまた店内をぐるりと見ていた。

 照真も小間物屋に立ち寄った事はそうない。暮らしていた村では、店は薬屋か小さな呉服屋、小さな医者の医院、日用品と小間物などを売る小さな店があったくらい。ごく偶に咲光さくやと店に立ち寄る事はあったが、咲光は買うことはなかった。



(でも、興味ないわけじゃないんだよな。きっと。物欲ないっていうか…。着物も直してばっかりだったし)



 元々、家にそんな余裕がなかったとはいえ、照真はむむっと眉間にしわを寄せる。そんな照真を、横で雄一と晴正が不思議そうに見上げていた。



(「可愛い」とか「綺麗」とかって見てたし、姉さん、あんまり自分用って考えがないんだよ、きっと)



 うんうんっと自分の考えに一人頷く。

 いつも自分と分けたり、むしろ自分に全部くれたりしてきた姉だ。それが普通になっているのかもしれない。



(よし。いつか姉さんに綺麗な簪でも買おう。万所よろずどころからの御給金を貯めれば買える。……あ、でも。簪贈ってくれるような人が現れるのが先かなあ…)



 良い思い付きに、ふと見えない未来を想像した。それは照真にとっては楽しみになり、無意識に笑みが浮かぶ。


 夏子は一回りして店内を見ると、満足したように戻って来た。



「もういいの?」


「はいっ。可愛いのいっぱい見れて嬉しかったです」



 嬉しそうに笑顔を咲かせる夏子と共に、照真達は帰路につく事にした。








 夕暮れに空が染まる。窓から明かりと調理の湯気がこぼれ出る。

 暗闇に染まりつつある外で、玄関から少し離れ、照真は昼間の不穏な会話を咲光に報告していた。



「何十人も一斉に? ……照真は、それがあやかしの仕業だと思うの?」


「…うん。移動するなら代表を一人たてて挨拶に来ると思うんだ。じゃなきゃ見回りにも支障が出るし、見回り時期にいなくなったのもおかしいと思う」


「冬にいなくなったなら、見回り隊が見に行くだろうから、消えたのは最近って事になる」


「もしそうなら、まだ万所に依頼が来てないかもしれない」



 咲光も考える。照真の意見は尤も。村の人が誰一人いなくなるという奇妙な内容。

 数秒思案し、咲光は照真へ視線を向けた。



「調べよう。北山向こうなら、この家の裏になるね。いつ行く?」


「勿論、今夜」



 分かっている答えを聞くように、微かに笑みを含んだ声音に、照真は当然と言わんばかりに勢いよく答えた。その答えに咲光も頷く。

 自分なりに考えて行動に移す照真を、咲光は柔らかく見つめた。



(子供の頃は、泣いたり笑ったりして忙しい子だったのに。いつの間にこんなに頼もしくなったんだろう…)



 その成長を傍で感じる事が出来る。嬉しさと負けられない想いに、咲光は自然と頬が緩んだ。

 そんな姉に気付いた照真が「ん?」とキョトンとして首を傾げる。そんな姿に咲光はクスクスと喉を震わせた。



「何だよ姉さん」


「何でもない。照真も立派に成長したんだって思って」


「そうかなあー」



 嬉しい想いで照真をよしよしと撫でれば、照れたように頬を掻く。そんな姿はまだ子供の頃のようで咲光の笑みも深まる。

 照れくさいのを隠すように「まあ」と照真は背を伸ばした。



「じゃ今夜、皆が寝静まってから行ってみよう」


「うん」



 妖の仕業なのか、否か――



(式は来てないけど、もしそうなら放っておけない)



 妖の仕業か。退治衆の出る事態か。どちらにせよ、まずは見極めなければならない。

 すでに被害が万所に伝わっていれば、誰かが派遣されて来るかもしれないが、いざという時には自分達で判断しなければならない。


 旅をしていればこういう事もあろう。旅をしているからこそ、一足早く気付ける事もある。

 そう思い、二人は頷くと一旦家の中へ戻って行った。


 賑やかな夕食を食べ、床に就いた子供達は疲れていた所為か、すぐに眠りについた。








 夜が更け、皆が深く眠りについた頃、咲光と照真は刀を持って家を出た。


 腰に刀を帯び、夜の山を走り抜ける。獣道を駆け抜ければガシャガシャと草を掻き分ける音が響く。周りの動物たちは驚いて走り去り、鳥も飛び立つ。

 暗闇を進むのは慣れていなければ恐ろしい。その中を勢いを殺すことなく、二人は駆け抜ける。微かな月明かりが木々の間から零れ落ち、辺りを幻想的に見せる。拓けた場所ならば空の星々が美しく見えただろう。


 勢いを落とす事無く進む二人は、土を踏み、草を掻き分け、川辺の岩を飛んで進む。そして山を抜ければ、すぐに目的の村に辿り着いた。



「ここかな…」


「そうだと思うけど、人の気配が全くない」



 明かりの灯っていない家からは住民の気配もなく、ただ空虚なものとなっている。数十軒が固まって暮らしていたのだろう家々は、どれもなぜか廃墟のような様相だ。



(おかしいな…。なんだかここ、人がいなくなって数年は経ってるみたいだ)



 弱り果てた家の材木。内側に引き倒された扉。庭先には整理されている薪。冬を越えた畑は雑草が伸びている。

 妙な違和感を覚え、照真は眉をしかめた。



「姉さん。お邪魔してみよう」


「うん」



 一番近くにある民家に近づいた。小ぶりな家の扉は内側に向かって外れていた。薄暗くてよく見えない中を覗いてみる。



「ごめんくださーい」



 当然返事はない。分かっているが無断で入るのは少々(はばか)られるので、一応断りを入れてみる。


 敷居をまたいで中に入るが、暗くて良く見えない。少々不満そうながらも、さてどうしようかと考えた所で「照真」と姉の声に呼ばれた。

 すぐ引き返した照真は、縁側に立ち障子を開ける咲光の姿を見つけた。



「俺より姉さんの方が堂々としてる…」


「何か言った?」


「なんでもない」



 振り返った咲光にすぐ首を横に振り、照真も一緒に庭に面した障子を開けた。






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