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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第三章 遭遇編

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第二十一話 いざ、町へ

 翌朝から、清江の家は賑やかだ。


 玄関を飛び出す子供達は、畑仕事と町行きに分かれる。咲光さくや、拓美、清江と好子は畑に、照真しょうま、夏子、雄一と晴正はるまさは町へ。

 家から町までの道は、子供には決して短くはない。子供の足では小一時間程かかるらしい。それを聞き照真は雄一と晴正を見た。



(距離があるとは言え、ちょっとした冒険みたいだもんな)



 帰り道で疲れたと言うようなら背負ってあげようと思いながら、子供達と進む。今はまだ子供達の足取りも軽く弾んでいる。そんな姿が微笑ましく思えた。








 歩き続け、旅で歩き慣れた照真は、さして疲れもなく町に着いた。

 街の左右には店が並ぶ。近隣からも人が来るのか、人通りは少なくなく、荷車を押す者もいる。


 そんな中をはしゃぎながら歩く雄一と晴正を、夏子はしっかり見張っていた。



「照真さん。雄一と晴正を見ていてくれますか? あの子達、すぐ迷子になるから」


「分かった。ちゃんと手を繋いでおくよ」


「ありがとうございます」



 キョロキョロ周りを見ている二人なので、照真も少し心配だった。夏子の頼もしさを感じながら、照真はしっかり雄一と晴正の手を握っておく。これで安心。

 夏子もホッと安心した様子を見せると、慣れたように先へと進みだす。それに付いて行くと、細工物を売っている店に着いた。「こんにちは」と暖簾のれんをくぐる夏子に照真達も続く。


 店の中には客が数人。そして竹や木の彫り物。焼き物、ガラス細工まで色んな物が取り揃っていた。普段使い出来る物から土産になるような物まであり、照真も感嘆の息を吐いて店内を見る。



「母ちゃんのも、ここのお店で売ってるんだ!」


「母ちゃん、すっごく上手なんだよ」


「うん。すごいな」



 夏子が風呂敷に包み大事に持って来た、清江が作った竹細工品。小さなかごや置物まで器用に作られた物がある。清江はそれを店におろしているそうだ。

 都会では働き口へ勤める一方で、村ではまだこうした収入の得方もある。



(うちも野菜売ったり、仕立物したりで、楽じゃなかったな)



 それでも村の皆優しくて、時に割増しで買ってくれたりした。楽じゃないのは皆同じなのに「お互い様」と笑ってくれた。

 懐かしく思いながら、照真は夏子と店主を見守る。夏子は慣れたように店主と話をしている。



「今日は清江さんはどうしたんだい?」


「お母さん、今日はすごく疲れててお休みです」


「そうか…。あんまり無理しないよう伝えてくれるかい? 清江さんの品は、うちでも人気だからね」


「はい」


「そっちのお兄さんは?」


「うちのお客さんです。お母さんが元気になるまで、うちの畑手伝ってくれてて」


「そうかいそうかい。ありがたいね」



(夏子ちゃん、本当にしっかりしてるな…)



 しみじみと思う。自分が同じ年の事なんて、家の手伝いをしていた身から、姉と二人で暮らすようになった頃で、色んな事に手一杯だった。

 思わず遠い目になる照真の前で、夏子が店主から代金をもらい、ぺこりと頭を下げていた。


 一番の用事を終え店を出ると、待ってましたと言わんばかりに、照真は左右から腕を引かれた。



「兄ちゃんこっち行こっ!」


「おいら、あっち行きたい!」



 ぐいぐいと引っ張る腕の力も、子供らしい一面とウキウキする心を隠さない表情も、思わず笑みがこぼれる。

 育った村でも、時にこうして子供達と遊ぶ事もあった。自分にとっても楽しい時間だったと懐かしみながら、照真は二人に視線を合わせるように屈んだ。



「じゃあ、どっちも行こう。だけど、家に帰るのが遅くならないようにな」


「やった!」


「夏子ちゃんは、どこか行きたい所ある?」


「私は…」



 今すぐ行こうと言いたげに引っ張る雄一と晴正に少し待ってもらい、照真は夏子を見た。

 迷うように言いづらそうに視線を下げ、きゅっと手を握り合わせる様子に、照真は笑みを深めた。しっかりしていてもやはり子供らしい一面がある。ホッとするような微笑ましいような気持ちを胸に、照真は「うん」と焦らせる事無く待つ。うずうずしている弟達をちらりと見て、夏子は小さく告げた。



「こ…小間物……見たいです」


「うん。じゃあ、そこも行こう」



 笑顔の照真が頷いてくれたのを見て、夏子はパッと表情を明るくさせた。嬉しそうに笑う夏子らと共に、照真は町散策に繰り出した。



(言いづらかったかな…。姉さんとか清江さんとなら意気投合して行けたかも)



 考えても仕方ないかと照真は思考を止めた。今は他に考える事があるはずだ。


 町を回ろうと言った雄一と晴正は、歩き回るだけで楽しそうにしている。照真は、二人が物をねだる事がないのを驚き半分、



「姉ちゃん。これ皆に買って帰ろ」



 微笑ましさ半分で見つめていた。夏子が弟達に連れられ、団子を見ている。買うか否かの相談をする姉弟を照真は後ろから見つめていた。



実次さねつぐが生きてたら、俺達もこうだったのかな…)



 悲嘆ではなく想像した“もしも”に、胸があたたかくなる気がした。自分が欲しいではなく、家族でと言う子供達。


 優しい子らを見つめていた照真の耳に不意に不穏な会話が聞こえた。



「北山向こうの村、人っ子一人いなくなっちまったってよ」


「なんだそりゃ」



 意識を目の前の姉弟の会話から、店先で団子を食べている二人の男に向ける。ちらりと見れば、町人と腰におのを下げた男がいた。刃に袋を被せているが、見慣れている照真にはそれが斧だとすぐに分かった。男の身なりから山での仕事を生業にしていると推測し、聞き耳をたてる。



「さあ。俺も聞いた話だけどよ、何十人かいた村で、春に行ってみりゃ誰もいなかったんだとよ」


「冬の寒さで別ン所に移ったんだろう。寒かったからな」


「だろうな。冬の見回りがあるんだから、一言言ってくれりゃ良かったってぼやいてたぜ」


「なんでい、その挨拶も無しかい」



 不穏な話は、次第に苛立ちの混じるものに変わっていく。照真はそこで聞き耳をたてるのを止めた。同時に「照真さん」と夏子に声をかけられる。家族に買ったのか包みを一つ持っていた。

 照真はすぐに歩き出す子供達に続く。



「夏子ちゃん。この辺りって冬に見回りをしてるの?」


「はい。熊が出たりするから、近くの村と一緒に猟師さん達が見回りをしてます」


「そうなんだ…。この辺りで他の村ってどこにあるか分かる?」


「えっと…うちの裏の方と、あっちの山の方にあります」



 夏子が指差したのは、南西方向。照真は指差された方を見る。


 冬に冬眠する熊が、眠る場所を探せず出て来る事は偶にあると聞く。人を襲う事もあるので特に要注意が必要だと、照真も子供の頃に教わった。

 それだけ、暮らしの中で大切な事なのだ。



(それなのに、黙って村を出るかな…? 何十人も一斉にっていうのも引っかかる。帰ったら姉さんに相談してみよう)



そう決め、照真は子供達の指差す方へ歩き出した。






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