第二十話 お邪魔します
「なんでしたら、お手伝いさせてください。弟も私も畑仕事は慣れていますから」
「!? そんな事までっ…!」
「清江さんがお休みになる間、人手があった方が良いでしょう? お気になさらないでくださいな」
そうと決まればと、早々に照真は畑に入る。「兄ちゃんもやるの?」「やらせてもらう」と子供達と仲良さげに話しながら、鍬を振るい、雑草を取り除く作業を始める。
申し訳なさそうにそれを見ていた清江だったが、子供達のすっかり不安もなくなり楽しそうな表情に、ホッと息を吐いた。そしてゆっくり咲光を見る。
「本当に、ありがとうございます。ですがやはり、して頂くばかりでは申し訳ありません。何かお礼を…」
決して無理強いするでもない、しかししっかりとした声音が紡ぐ言葉に、咲光も困った。
礼を求めてはいない。子供達には同情するが、だから助けたいわけでもない。笑ってくれるならそれが一番。
そう思う一方で、清江の言葉も解る。
(何か…何か…)
本音を言えば、大根一本でもありがたい。野宿をする時には食べる物が欲しい。
んー…と咲光が考えるのを見ていた末娘が、不意に咲光の着物を引いた。「ん?」と視線を向ける咲光をまっすぐ見つめる幼い瞳。
「おねーちゃん、おうちに来るの?」
無垢な言葉に、清江と咲光はぱちりと瞬いた。一瞬固まる二人から離れた畑の中では、照真が子供達と畑仕事に勤しんでいる。
末娘の言葉に、清江はぱっと表情を明るくさせた。
「是非! 是非そうしてくださいな。狭い家ですが、お越しください」
「…では、お言葉に甘えて、そうさせていただいて、よろしいでしょうか?」
「勿論です」
ありがたい申し出だった。でなければ、今夜は野宿をする羽目になる所だった。
余計な気遣いをさせてしまう所だったと咲光はホッと息を吐く。
「ありがとう」
そう、末娘に伝えると、ニッと嬉しそうな笑顔を見せてくれた。そして、その笑顔のまま畑の中の兄と姉に向かって走っていく。
土に足を取られないよう走る姿に、すぐに気付いた長男が駆け寄る。
「あのね、おねーちゃんが、おうちに来るって!」
「そうなのか? 良かったな、好子」
「うんっ!」
話はすぐに兄弟たちに広まる。照真もそれを聞き、咲光を見た。帰って来る頷きに、了解と頷きを返す。
そしてまた子供達を見て、威勢よく告げた。
「それじゃ、夕暮れまで頑張ろう!」
「おー!」
拳を上げる子供達に笑みを向け、畑仕事に勤しんだ。
子供達との話は途切れる事もなく、一人ずつ自己紹介もしてくれた。
長男の拓美。長女の夏子。次男の雄一。三男の晴正。次女の好子。母親と五人の子供で暮らしているそうだ。
雄一と晴正は元気なやんちゃっ子で、すぐに夏子に叱られている。拓美はそんな下の子らに呆れているが、何か危なそうな時には誰よりも先に注意するしっかり者だ。
「雄一、晴正。鍬振ってる時は近付くな。危ないだろ」
「はーい」
「ねえ、照真さんはあのお姉さんと姉弟?」
「そうだよ。俺が弟」
「へー。兄ちゃんと姉ちゃんは何してる人?」
「旅してるよ。国中の色んな物を見に」
「すげー!」
代わる代わる向けられる言葉はどれも好奇心に溢れている。どの言葉も微笑ましくて、照真も笑みが絶えない。
今はまだ母との暮らしが精一杯な子供達。将来はどんな大人になるのだろうと考える。外に出ていく子もいるかもしれないし、皆で協力して暮らしていくかもしれない。
この兄弟にとってお互いはどんな存在なのだろうと考えて、照真は自分の姉弟を想う。
(兄弟が多いって、やっぱりいいな。俺は姉さんと喧嘩した覚えないけど、居てくれるってだけで一人じゃないって思えるから)
目の前の賑やかな兄弟の将来に、幸多からんことを。そう願いながら、照真は鍬を振り下ろした。
太陽の昇るうちは畑仕事をし、日が暮れる頃に離れた家へ帰る。
少し前の自分達と同じ生活。思い出しながら咲光と照真は清江宅にお邪魔した。
活発な子供達には少々手狭そうではあるが、多少声を上げても周囲の迷惑にはならない、子供には良い環境でもあった。土間や台所、居間が広い一室になり、別に寝室がある造りになっていた。
荷物を隅へ置かせてもらい、咲光は夏子と夕食作りに、照真は拓美と雄一と共に風呂の水汲みに向かう。日が落ちてきたので、照真は念のために刀袋を持って行く。
そんな照真に頼もしさを感じながら、咲光はてきぱきと夕食作りを進める。その隣では手慣れたように夏子も調理をする。
「いつもお母さんとやってるの?」
「はい。お母さん一人じゃ大変だから」
「いつもありがとうね、夏子」
「ううん」
目を細め、優しく娘を見つめる清江の眼差しに、咲光も夏子の日常を想い見つめた。
帰って来た照真達と共に食事の席につく。たくあん、おひたし、豆を淹れた粥。質素な暮らしが窺える食事だが、笑いに溢れていた。
「兄ちゃん。明日町行くからさ、一緒に行こ!」
「町?」
「明日は、お母さんが作ってる竹籠とかを町に売りに行くんです」
「俺も一緒に行っていいの?」
「うん!」
雄一の表情がパッと明るくなった。
そんな雄一に、拓美はやれやれと肩をすくめた。
「俺は畑やるから。夏子、そっち頼むぞ」
「うん。照真さんも一緒に」
「ありがとう」
「じゃあ、私は拓美君と畑やるね」
「ありがとうございます」
暗い空の下に灯る一軒の灯りの家は、夜遅くまで灯っていた。




