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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第一章 旅立ち編

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第二話 姉と弟と旅人さん

 あっけらかんとした男に呆気にとられながらも、咲光さくやはどうしてか笑いそうになった。

 気取きどっている風もなく、自然な態度の男は不思議と気持ちを和らげてくれるよう。そんな男に咲光は改めて協力を申し出る。



「どちらまで行かれるんですか? 私で良ければご案内します」


「そいつはありがたいが、遠慮えんりょしておくよ」


「でも…」


「時間がかかるかもしれないし、君の時間を取らせるわけにもいかない」



 優しくもきっちりとした拒否の言葉に、咲光もそれ以上を言えず渋々《しぶしぶ》頷いた。

 役に立てればと思ったが力になれないのか…と思う落ち込むが、すぐにパッと良い事を思いついた。



「目的の場所は? ご説明します」


「ありがとう。場所は…」



 咲光の言葉に男が答えようとした途端とたん、ぐうぅ…と別の音が言葉を止めた。ぴたりと男の動きが止まる。

 意表いひょうを突かれた咲光が目をまたたかせる前で、男が腹に手を当て恥ずかしそうに頬をいた。腹の虫が鳴いてしまったようだ。咲光の視線から一度は視線を逸らしながらも小恥ずかしそうに笑う。



「いや。朝から動きっぱなしでな」


「お昼の鐘鳴っちゃいましたからね。よろしければ、私の家で昼食でもどうですか?」


流石さすがにそれは悪い。道を教えてもらう挙句あげくじゃ、してもらうばかりだ」


「お気になさらないでください。それに、紙に書いた方が分かり易いでしょう? 私もお昼ご飯はこれからなんです」



 「勿論もちろん無理にとは言いません」と続ける咲光に男は嬉しさと申し訳なさの混じる表情を見せた。

 困ってもいた。腹が減ってもいた。そしてそのどちらにも目の前の女性が何の躊躇ためらいもなく手を差し出してくれた。優しさと美徳と思うが、少し用心が無さすぎるのではないかとも思う。



(悲しいが、付け込んでくる奴っているんだよなあ。俺は違うけど)



 胸の内で誰かに言ってやりたい。そんな男の、妙に真面目な顔で頷くのを見やり、咲光はコテンと首を傾げる。が、すぐに男は優しさを受け取る事を決めたようだ。



「ありがとう。申し訳ないが、そうさせてもらっていいか?」


「はい。勿論です」



 受け取ってもらえたことを嬉しく思いながら咲光は大きく頷いた。


 後少しの帰路きろを二人で並んで歩く。先ほどまで一人だった足音が二人に増える。二人でこの道を歩く事はあっても、背丈せたけも歩幅も全く違う男は、少しなつかしさを思わせる。



「私は村雨咲光むらさめさくやです。お名前は?」


「俺は、神来社総十郎からいとそうじゅうろう


神来社からいとさんは旅人さんなんですか?」


「まぁあ。咲光ちゃんの家は村から離れてるのか?」


「はい」



 遠ざかっている村と別に、近付いてくる一軒いっけんの建物。

 平屋の建物の前は広い庭になっていて、桃の木が美しい花を咲かせていた。周囲に他の家はなく、とても長閑のどかな空気が流れていた。


 家に着き、咲光は足を止めると桃の木を見つめた。



「父が、「きっとご先祖様はこの桃の木を気に入ったんじゃないかな」なんて言ってました」


「そりゃいい趣味だ」



 のどを震わせる咲光と同じように、総十郎も桃の木を見つめる。生命力に満ちた木は花一輪ずつ美しさにあふれている。


 その視線を家へ戻した時、玄関の戸が開けられ人が出てきた。その人は咲光を見つけると駆け寄って来た。近づくにつれ、その人は少年だという事が分かる。

 少年は咲光の前に立つと、少しホッとしたような表情を見せた。



「姉さん、おかえり。今日は遅いから何かあったかと思ったよ」


「ただいま。ごめんね遅くなって。畑も任せちゃったし…」


「いいよ別に。こちらは?」



 シュンとまゆを下げる咲光に、少年は気にしていないと首を横に振った。


 咲光より少し年下に見える少年は、黒い髪に丸い黒い瞳の元気そうな印象の人があり、着古した作務衣さむえの上にもう一枚上着を着ていた。

 その目が総十郎を見つめると、すぐに咲光が説明を始めた。



「こちらは神来社総十郎さん。道に迷われててね。地図を描くついでに昼餉にお誘いしたの」


「そういうわけとはいえ、帰りを遅らせて悪かったな」


「いえ、そういう事なら。俺は村雨照真むらさめしょうま。咲光の弟です」



 ぺこりと照真しょうまは頭を下げた。

 どうやら姉を心配し、すぐにでも探しに行くつもりだったらしい元気な少年に、総十郎も好感を持つ。


 止まっていた足を動かし家へ向かう三人の頭上では、み渡る青空に、眩しい太陽が輝いていた。



「準備するので、少々お待ちください」



 村雨家の居間に通された総十郎は、葛籠つづらと細長い荷物をすみへ置き、たたみの上へ腰を下ろした。

 古いが綺麗に掃除の行き届いた室内にはちゃぶ台が一つ。縁側へ出る障子と、土間とをへだてる障子がある。土間との間の障子は開けられており、支度をする咲光と照真の姿が見える。

 姉弟の姿を総十郎は何げなく見つめた。



「やっぱり、皆に捕まってたんだ。姉さん」


「わぁぁごめんなさい~っ!」


「何で謝るんだよ。悪いなんて言ってないし、だろうなって思ってた。むしろ、やらないって言って泣かせでもしてたら俺が怒るし」


「良かった。怒られなくて」



 申し訳なさそうにしながらもすぐ笑ったり、クツクツと喉を震わせたり。そんな姉弟の明るく仲の良いやり取りが微笑ましい。

 姉の優しさを弟は分かっているし、姉も弟の優しさを知っている。そんな姉弟に総十郎も目を細める。胸の奥が穏やかで温かいぬくもりに包まれるようだった。


 きることなく見つめていると、支度が終わったらしく、昼餉が運ばれて来た。



「いただきます」



 三人で揃って手を合わせる。

 今日の献立こんだては、炊き立てご飯、おひたし、芋と肉の煮物、野菜たっぷりの味噌汁だ。煮物と味噌汁は帰りが遅かった咲光に代わって照真が作っておいたもの。


 普段から二人で台所に立つので、どちらも料理は作れる。そして同じように他の家事も二人で一緒にやっている。唯一別々にすることが多いのは、つくろい物と畑仕事くらいだった。



「美味しい」


「ありがとうございます」


「おかわりいかがですか?」


「お願いします」



 ぺこりと頭を下げて差し出される椀にクスリと笑う。余程お腹が減っていたのか、いつもより沢山作り足した昼餉は綺麗になくなり、「ご馳走様でした」と手を合わせた。








 咲光は地図を描きに部屋へ戻り、照真は食器を洗うことにした。

 蛇口を捻れば水が出るようになったのは、ここ数年の事。村から離れたこの家に水道は厳しいかと思われていたが、村の人々の協力もあり、こうしてありがたい生活が送れるようになった。もっとも、近くに川が流れているので、今もそこでんでくる事もある。



「俺も手伝おう」


「えっ、そんな。悪いですよ」


「気にするな」



 土間を下りた総十郎は、ぽんっと照真の頭に手を置き、隣に立った。頭に乗った一瞬の重さに照真は総十郎を見る。

 食器を手に取り拭き上げる総十郎に、照真も洗う事を再開した。蛇口から出る水音だけが唯一の音だった。


 食器を拭きながら、総十郎は世間話のような調子で照真に問う。



「君ら二人で暮らしてるのか?」


「はい。父と母は亡くなりました」


「そうか…。大変だろ?」



 互いに視線は向いていない中、照真は「うーん…」と少し考えるように手を止めた。そんな様子に総十郎は怪訝けげんそうに照真を見た。

 初めて互いの視線が合い、照真は疲れも苦労も見せず、ただ屈託くったくない笑みを浮かべた。



「大変だけど、苦じゃないですよ。それに、俺には姉さんが居てくれるから。一人じゃないから」


「…………」


「ま、姉さんが俺の事大事に想ってくれてるのも分かるから、俺も姉さん大事だし。守りたいし。幸せになってほしいとも思うけど!」


「………ふっ」



 総十郎からこぼれた笑うような吹き出しに、どうしたのと言いたげな照真の視線が向けられる。それに気づいた様子もなく、総十郎は口元に手の甲をえた。

 その表情はまぎれもなく笑みで、もう堪えられないと言いたげなものだったので、一層怪訝そうな視線が向けられる。



「……何で笑うんです?」


「いやっ。あー、なるほどなって思った」


「……何が?」



 訳が分からない照真の視線がいくら突き刺さっても、総十郎の笑みは崩れなかった。何とか必死に平静に戻そうとする。

 ふぅーっと息を吐き、総十郎はやっと照真を見つめた。怪訝そうな視線も、総十郎はぽんっと照真の頭に手を置いて気にしていないようだ。



「ちゃんと互いが分かるとか、返したいって思うとか、本当は希少きしょうな尊いことだと、俺は思ってる。そういうのは心の育て方によるんだろうな」


「心の育て方…?」


「触れるもの。もらったもの。目に見えるものじゃなく、見えないものを、君ら姉弟はお互いから知って、感じる事が出来てる。何も感じなかったら、君みたいに思える成長は出来てない」



 先程までとは別の、分からないと言いたげな視線に、総十郎はニッと笑みを浮かべわしわしと頭を撫でた。



ようは、姉ちゃん大事になって事だ!」


「そりゃ勿論もちろん!」



 ハハッと笑う総十郎に、照真もグッと拳を握ってみせた。






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