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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第二章 初任務編

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第十八話 隠密行動お忘れなく

「闇の薄まった世。だが、今の世に、確実に闇は広がりつつある。おろかか者共め…。その程度で防ぐ事など不可能だ。思い知るが良い…。絶望を…。死を…」



 心を圧迫してくるような重暗い言葉。心の奥に暗い感情を抱かせるような言葉に、咲光さくや照真しょうまは床を蹴った。

 その目は、変わらずまっすぐあやかしを見据えていた。



「人を殺したお前を、野放しておくことはできない」


「俺達は全力で出来る事をするだけだ!」



 二振りの刃が妖を斬った。ドサリと音をたて倒れる妖の身体が消えていく。

  それを見届けながら、咲光はわずか表情に険しさを見せた。



神来社からいとさん、妖の事件が目立ってるのはここ数十年だって言ってた…。どうして、それまでは目立っていなかったものが目立つようになったんだろう…?)



 ふと湧いた疑問を解消してくれる者はここにはいない。考えても分からない事は、ひとまず頭の片隅へ追いやり、咲光は刀を払うと、納刀した。


 妖が消えた床に刀を突き刺し、照真は神へ場の浄化を乞う。



「その息吹いぶきもって、はらいたまえ。清めたまえ」



 この場の妖気が残らず消え去り、清浄な空気で満ちるよう――


 妖気も消え去った場の空気に、照真は咲光を見る。上出来と言うように大きな頷きが返って来た。



(刀があってこそだけど…。言葉、ちゃんと届いた…)



 初めてなのでホッと安堵の息を吐く。


 神へ乞うには、自分の言葉も行いもそれに相応ふさわしいものであらなければならない。悪い言葉や悪行は、神に見放される要因になる。そうなれば、いくら刀に乞うても何の助力もいただけなくなる。

 納刀した照真に、咲光もホッと笑みを向けた。



「お疲れ様」


「お疲れ」



 初仕事。これにて完了。大きな怪我はないが所々に痛みがある照真を案じながら、二人は神社に戻るため廃屋を出て出口に向かう。



「それより姉さん。囮策はしばらく無しにしてくれ。二人だから出来る事だけど、危なっかしいよ」


「…そうだね。私も痛感した。ごめんなさい」


「俺達まだまだ未熟だから、二人で補いながら戦おう」


「うん」



 少し怒ったような照真に、心配をかけた事を申し訳なく思い、咲光はシュンと眉を下げた。今日は自分が怒られてしまった。

 初仕事から得た事を共有し合う二人の目は、これからに向けられている。大切な人の未来を守るために。もっと強く。


 敷地の外まで少しという所で、二人の後ろでミシィィ…ときしむ音がした。二人の足が止まる。その後ろでバキバキドッシャァァと轟音ごうおん響かせ、廃屋が崩れ落ちた。



「…………」



 お忘れでないと思うが、妖退治は人に気付かれず、隠密行動が基本である。








 翌朝。

 崩れ落ちた廃屋の前では人々が集まり、コソコソ話に興じていた。「古かったからなぁ」「誰もいなくて良かったねえ」と、昨夜の戦闘には気付かれていないようであった。


 そんな、町のちょっとした事件のコソコソ話の裏側では、咲光と照真が、全身全霊ですみませんでした謝罪土下座を、町代表の神主と鈴木にしていた。いきなりに驚いた鈴木も、事情を聞いて納得。すぐに二人に頭を上げてくれと逆に懇願。

 シュンと身を縮こませる二人に、神主は優しかった。



「町には怪我人もおりません。逆に照真さんはお怪我を…。町のために妖を退治して頂き、本当にありがとうございました」



 神主の優しさの裏で、咲光と照真は固く誓った。



(これからはいらぬ騒ぎは起こさないようにしよう)



 神主は医者を呼んでくれた。古い付き合いらしく、医師は心得たように診察をしてくれた。照真も骨が折れている事もなく、動いても大丈夫だが痛みが引くまでは数日養生をと告げられた。


 その後は、鈴木が用意してくれた朝餉あさげを頂き、数日神社にお世話になる事になった。

 照真は養生していたが、咲光はいたって元気なので神社の手伝いを申し出た。掃き掃除から、拭き掃除まで。食事の準備もテキパキと手伝い、忙しくも楽しそうに動き回っていた。勿論、素振りなどの鍛錬も忘れず行っていた。


 数日後。荷物をまとめた二人の姿が鳥居の下にあった。

 次の仕事がくるまで留まる事も神主は提案してくれたが、二人はもっと外を見ることを選んだ。



「では、行きます」



 一つの戦いを終え、また次の場所に行く。人の目にはえないモノから人々を守るため、世の安定のため。

 若い二人が進む道を思い、神主は深々と頭を下げた。



「本当にありがとうございました。ご武運を」


「お気をつけください」



 神主と、同じように頭を下げる鈴木を、咲光と照真は見つめた。風が吹き抜け髪を揺らす。木々のざわめきが心地良かった。



「はい。行って参ります」



 頭を上げた神主と鈴木は、自分達を見つめる柔らかな眼差しを見た。優しくてあたたかい目をしていた。

 手を振り去っていく二人を、神主と鈴木はずっと見送っていた。








 さわやかな風と、強さを増す日差しが降り注ぐ。神社をった二人は、遠目に町を見つめていた。

 今はまだ活気が戻ってはいない、静かな町。



「事件は解決したから大丈夫、とは言えないもんな」


「うん…。でも、もう被害は出ないから、きっと活気も人の笑顔も戻っていくよ」


「…そうだな」



 握り合った手に力がこもる。


 もう、戻らないものもある。活気も笑顔も、戻るのにどれだけの時間がかかるかは分からない。小さくとも一歩を踏み出せるだろうか…。



「俺は信じる。行こう、姉さん」


「うんっ」



 笑顔を浮かべ、二人は歩き出した。






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