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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第二章 初任務編

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第十六話 神隠し

 開けられた障子からは整えられた庭が望める。初夏の花が咲き、若い緑が生き生きと育っている。その景色の奥にはちらりと本殿が見える。

 古いが立派な本殿を見ながら、照真しょうまは胸元に手を当てた。コツンと硬い感触がある。入所時に支給された勾玉だ。



「神社って、やっぱり少し空気が違うよな。なんかこう…背筋が伸びるような…」


「うん。これも勾玉があるからそう感じるのかな…。刀と同じで特別な石らしいから」


「じゃあこの空気は、神がおわします場所だからだな。他じゃ感じないし」



 あやかしを知ると同時に神を知った。神の姿をた事はないけれど、いるのだと今の二人は実感している。万所よろずどころから支給された勾玉も刀も特別な物で、刀には神の神威が宿っている。

 咲光さくやは胸の内で神へ感謝を述べる。これからも神社を訪れる事は多いだろう。神に助力をう事も。感謝は常に忘れないようにと自分に誓う。

 

 少し時間が経った時、「お待たせしました。神主です」と神主と鈴木が姿を見せた。神主はやはり人々の前に居た初老の男性だ。疲労の見える表情は、決して急いで来たからだけではないだろう。

 神主は一礼すると、机を挟んで二人の前に座った。



「当神社の神主です。この度はお越しいただき、ありがとうございます」


万相談承所よろずそうだんうけたまわりどころ退治衆たいじしゅう村雨むらさめ咲光と申します」


「同じく、村雨照真です」



 木札を見せ名乗り、二人は詳しい話を聞く事にした。神主は痛まし気な表情を見せながら、ゆっくり話をしてくれた。



「始まりは、放し飼いにしていた犬がいなくなったという、よくある話でした。その時は逃げたんだろうと思われていましたが、同じように他の犬や猫がいなくなり、ついには…人が…」


「そうですか…」


「中には子供もおります。親しい子らの話によると、夜に度胸試しをするために、大人の目を盗んで家を出た所、被害に遭ったようで…。見回りをするようになったのですが、その見回り中にも…。それで万所にご相談させていただきました次第です」


「分かりました」



 事情を聞き、咲光は思案した。


 事の最初の頃は、村だけで話は途切れていたかもしれない。しかし被害が増え人々が恐怖するようになり、神社に助けを求めたのだろう。恐ろしい神隠しが起こっているのだと。



(私達が寄越された時点で、これは妖の仕業。状況からすると村の中にいるんだろう)



 万所に依頼される相談内容の詳細は、相談者からの話や、足りなければ式を使い状況把握が行われる。そして祓衆はらいしゅうか退治衆が派遣される。派遣された時点で、それは万所が対処しなければならないものなのである。

 これも決して、神隠しなどではない。妖の仕業によるもの。


 拝殿の前で祈っていた人々の姿がよぎる。子を案じる親も居たのだろう。その心を想い、胸が痛む。それでも咲光と照真はまっすぐ神主と鈴木を見た。



「私達が対処します」


「もう、これ以上の犠牲者を増やさないために」



 力強い言葉に、神主と鈴木は「お願いします」と深々と頭を下げた。








 きちんと参拝をすませた二人は、荷物を神社に預け、刀袋だけを背に持って町へとやって来た。神社からさして離れていない町は、二人の育った村よりも大きいが、人通りが少なくどこか寂しい。すれ違う人々の表情は仄暗ほのぐらさを感じさせる。

 神隠しにおびえているのだろうと思う照真も、暗い町に暗鬱あんうつの想いだった。本来ならばもっと人が行き交い、活気があるだろうに…。


 通りの左右には店が並んでいる。つじにはやぐらがあった。周囲の屋根よりも高い櫓の上までは梯子はしごが伸びており、その先には鐘が吊り下げられている、緊急時に鳴らすのだろうと思われるそれを見上げ、咲光は周囲をくるりと見回す。



(町の中には妖気が感じられる。でも、これは雑鬼ざっき。人を襲っているなら、もっと禍々《まがまが》しいはず)



 人が暮らす片隅で生きている、害のない妖気をまとう、さして強くない妖は雑鬼と呼ばれている。今も二人の目にもそれらは視えているが、昼間だからか数は少ない。直に夕暮れになる。そうすれば活発に動き出す。


 人を食った妖と雑鬼では妖気の質が違う。感じるだけで委縮するような、圧迫される妖気が、二人の目的になる。なので雑鬼は除外しながら他を探す。



(雑鬼も、別に私達に興味津々ってわけじゃないみたいだし。視られてても、さして関心はないんだろうな…)



 世の妖が皆そうであればいいのにと、咲光は内心で力なく笑った。人と妖と棲み分けが出来ていればいいのに。お互いが干渉せずにいられればいいのに。それが難しい事も、視える事で少しずつ解って来たけれど。



「照真。むやみに町中を探すより、場所を絞り込もう」


「分かった」



 言うや否や、照真は櫓の梯子をひょいひょいと上り始めた。その様子を咲光も見上げる。

 見つかれば注意されそうだ。こういう鐘は、いたずらで鳴らせばこっぴどく叱られる。勿論鳴らすために上ったのではない。


 上り切った照真は、ぐるりと四方を見回した。意識を集中させ、僅かな感覚も逃さないよう意識する。人を襲う妖の妖気の質はもう肌が知っている。近くても遠くても、視えるもの、感じるもの、風が運んでくる全てを吸収する。

 その中で、不意に照真の視線が止まった。と、すぐに照真は櫓から飛び下りた。いきなりの照真の行動に咲光は慌てて周りを見た。幸いにも人に見られてない。



「姉さん見つけた。北の…」


「その前に、捻ってない? いくら鍛錬で森の中走ったり飛んだりしたとはいえ、梯子あるんだから」


「……ごめん」



 表情を明るく伝えようとした顔が、シュンと申し訳なさそうなものに変わる。素直に謝る弟に笑みを浮かべながら、咲光は「どっち?」と問うた。「こっち」と言いながら走る照真に続く。


 空は橙色に染まろうとしていた。

 町の中央には建物がならんでいたが、北側の一角は人が住んでいない、朽ちた建物が目立っていた。扉は外れ、障子には穴が開き、木が弱っているのも目に見える。周囲には人の気配もない。



すたれた建物って、子供にとって肝試しに良い場所だったんだろうな…」


「人が居ないからこそ、ここも見回りしてたんだろうね…」



 その結果が神隠しになった。やるせない想いを抱きながら、二人は妖気を感じる敷地内に足を踏み入れた。雑鬼の気配すら感じられない気味の悪い所を、二人は油断なく周りを見やる。背の刀袋から刀を取り出し、腰に差す。そのまま柄に手を添えた。


 空は橙の色から黒へ、だんだんと空も地上も色が変わっていく。二人の目は夜に慣れ、周囲の景色を映す。

 ――そして、人ならぬモノの姿も。


 空から橙が消え、周りは闇に染まる。


 そして、ギィィ…と木のきしむ音とごそりと動く気配をさせながら、それは姿を見せた。






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