表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第二章 初任務編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/186

第十五話 何ですかそれは

 長閑のどかな景色の中を、西に向かって歩く二人組があった。

 一人は腰まである黒髪を高く結い上げた女性。灰色の袴に紅の着物、赤い色の羽織の袖口には黄色い二本の線が入り、裾には牡丹が一輪。

 もう一人は黒い髪の少年。黒い袴に薄緑の着物。白い羽織の裾には銀杏が一葉。

 二人とも小さな手荷物を持ち、細長い袋を背にかけている。


 村を出て西へ向かう咲光さくや照真しょうまである。途中で野宿をしたり、宿に泊まったりしながら、目的の場所へと向かっていた。途中すれ違う農夫に道を聞きながら歩いてきた二人は、緑に囲まれた静かな神社へやって来た。

 上に続く数十段の階段。そのすぐ傍には石に彫られた「戸垣とがき神社」の文字。



「ここだね」


「うん。まずは話を聞く事からだな」



 それを確認し、木々に挟まれた階段を上る。茂る木の葉が綺麗な影を作っており、その隙間から木漏れ日が漏れていた。

 動く二人に合わせて背中の刀も動く。夜の隠密行動時及び、あやかし討伐とうばつ時以外は刀を隠す。一般人には帯刀が許されていないため、見つかったら全力で逃げろというのが万所よろずどころ退治衆の対処法らしい。大丈夫なのか…と二人が思ったのは言うまでもない。



「姉さん、疲れてない?」


「うん。野宿はちょっと休まらなかったけど、おかげで雨風凌げるありがたさが分かった」


「本当」



 クスリと笑い話をしていると、すぐに階段を上りきる。上り終えてすぐ鳥居があり、二人は一礼してくぐる。と、二人の足が止まった。


 神社はそう大きくはないようだった。石畳が伸びる参道。鳥居をくぐってすぐの左手には手水舎ちょうずやがあり、そこから参道を進んで同じく左手には小さな境内社けいだいしゃ。参道の右手は綺麗に緑が整えられ、その中にある看板には、この奥に社務所しゃむしょがあると示されていた。鳥居の正面、参道の奥には立派な拝殿はいでんが建っている。


 二人の足を止めたのは、その拝殿の前で大勢の人が拝んでいたからだった。人々の前にはこの神社の神主らしい人が立っているが、どうにも口を挟める空気ではない。

 無意識に忍び足になりながら、咲光と照真は手水舎で手と口を清める。そして拝殿の方をちらりと見た。



「何だろう…」


「これも何か関係あるのかな? お参りじゃなさそうだし…。とりあえず、話を聞ける人を探そう」


「うん」



 真っ先に責任者に話を聞きたいが、何やら忙しそうなので、二人は人がいるだろう社務所に向かった。無意識に忍び足になってしまったが…。玉砂利の庭を歩き、社務所と書かれた提灯のかけられた建物の扉を開ける。



「ごめんください」


「はーい」



 咲光が少し声を張ると、同じように張った声が返って来た。タタッと早足な足音が近づいて来ると、パッと顔を出した。

 三十代程の男性で袴姿から神社の人だと分かる。男性は二人を見ると参拝者と見たのか、すぐに笑顔を見せた。草履を履き建物から出て来る。



「どうされましたか?」


「表に、何やらただならぬ空気で参られている方々がいらっしゃいましたが、何かあったのでしょうか?」



 咲光の問いに、あぁ…と息を漏らすと、男性は一瞬悲し気な表情を浮かべ「どうぞこちらへ」と二人を案内した。

 男性の案内を受け二人も進む。来た道を戻ると拝殿と人々が見える所へやって来た。わずか瞼を伏せ、じっと人々を見つめながら、男性は話し始めた。



「今、近くの村で行方不明になる人が少なくなく…。皆様は神隠しだと恐れ、あぁして神に何とか事態の収束を祈っておられるのです」


「神隠し…」


「中には、行方不明になられた方のご家族もいらっしゃいます。無事に家族が戻って来るように。もう家族がいなくならないように…と」


「そうなんですか……」



 男性の言葉に照真はキュッと眉を寄せ、人々を見つめた。必死に祈っているのが遠目にも分かる。家族か友人か、恋人か。大切な人が戻る事を願っている。

 痛々しい程にそれを感じながら、照真はグッと拳をつくった。



(俺達が…退治衆が寄越されたって事は……)



 苦しさが胸をく。クッと唇を噛む照真の手を、咲光がキュッと握った。ハッと視線を向ける照真の目には、強く人々を見つめる咲光の目があった。それを見て、照真も手を握り返すと、強く前を見据えた。



(そうだよ。もうこれ以上、犠牲者を増やさないために、俺達はここへ来たんだ)



 今はそのための力がある。


 決意を胸に照真は懐から木札を取り出した。万所所属を示す木札は、神社や寺の人にも知られている。照真はそれを男性に見せた。



「俺達は万相談承所よろずそうだんうけたまわりどころの者です。今のお話が今回の依頼という事ですね?」



 毅然きぜんと名乗る照真の隣では、同じように咲光も背筋を伸ばす。


 まっすぐに自分を見つめる視線は、どこか他の人とは違う。そんな目をする二人に、男性は驚いた表情をみせた。



「よろずそうだん……って何ですか?」


「え」


「え?」


「………えっと、万相談承所に、仕事の依頼…されましたよね…?」


「え?」


「え…?」



 待て待て。話が合わないぞ。どういうことだこれは。もしかして同名の別の神社に来てしまったのか。

 思わず額に手を当て思案に暮れる咲光と、オロオロとする照真。そんな二人の前で男性は思い出したように手を打った。



「あ、そうか! 神主が言っていたあれか!」


「合ってました!?」


「確かそんな人が来ると。本当にあったんですね!」



 その反応に二人はズゴッとひっくり返った。

 なんとも締まりのない初仕事の開始になってしまった。中にはあやかしの事も知らない所があるとは聞いていたが、まさかそこに当たるとは。



(知ってる神社でも、そこにいる人皆が知ってるわけじゃないんだな…)


(名乗るのも大変…)



 これからに若干じゃっかんの不安要素が出来てしまった。


 咲光と照真の正体分かり、男性は社務所内の一室に通してくれた。荷物と刀を隅に置き息を吐く。机に男性がお茶を出してくれた。



「俺は鈴木と言います。先程は失礼しました」


「俺は村雨むらさめ照真です」


「私は村雨咲光と言います。鈴木さんは万所についてはご存知なかったんですか?」



 ぺこりと頭を下げた鈴木に自己紹介をし、咲光は素直な疑問を問うた。鈴木は恥ずかしそうに頭を掻いた。



「万所に相談したのは神主なんです。奇妙な事態や不思議な事に対処してくれるとは聞いていました。妖というモノの事も…。ですが、存在するとは思ってもいなくて…。申し訳ありません」


「いえ。信じるかいなかはそれぞれですし、百聞ひゃくぶん一見いっけんかず。視た事がないものを信じるのは難しい事です」



 神を信仰し、その存在を信じていたとしても、妖や霊も信じるとは限らない。信じるもの、信じないものは人によって異なる。存在も痛みも、経験にならなければ実感には至らない。目に視えないものはあるのかないのかも分からない。


 鈴木は一度視線を下げると、二人を真剣な目で見つめた。



「その…妖というものは居るんですか?」


「はい」


「…今回の村での事件も、妖が関わっていると…?」


「恐らくは。ですが、これは皆様には伝えないでください。人々に不安を広げない為にも他言はしないようお願いします」


「分かりました」



 一瞬苦しそうな顔を見せたがすぐにそれを消し、「神主を呼んできます」と鈴木は部屋を出て行った。急ぎ足で出ていく背中を見送り、照真はお茶を飲んだ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ