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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第一章 旅立ち編

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第十四話 結果

 それから少し。咲光さくや照真しょうまの元に、入所の試し終了を告げるしきが飛ばされて来た。それを受け、二人は山を下りる。

 山の入り口には昨夜と変わらず、総十郎そうじゅうろう南二郎なんじろうが待っていてくれた。



「おかえり、咲光。照真」


「お疲れ様でした」


「ただいま戻りました」


「お待たせしました」



 自然に出迎えてくれた二人に安堵あんどの笑みがこぼれる。前日に山に入ったのだと思えない程自然な態度に二人の緊張も解ける。終わったのだという事が実感として湧いて来る。


 咲光と照真は、清々しい表情でぺこりと頭を下げた。そんな二人を総十郎も目を細め見つめる。

 南二郎が放った式を通して、自分も試しの一連を見ていた。信じているとはいえ全くの心配がないわけではない。全てが終わりホッとする反面、同じようにていた万所よろずどころ上位の者達がどういう判断を下すのか考えるが、総十郎にも分からない。


 総十郎の前で、改めて二人は南二郎から入所の試し終了を告げられていた。



「結果は二週間程お待ちください。お伝えに参ります」


「分かりました。ありがとうございました」


「ありがとうございました」



 ぺこりと頭を下げて礼を言われ、南二郎も「いえいえ」と頭を下げる。南二郎に礼を言った二人は、総十郎に向き直った。何だとぱちりと瞬く総十郎の前で、咲光と照真は深々と頭を下げた。



「一年間、ありがとうございました!」


「結果に関係なく、これからも神来社からいとさんから教わった事は無駄にはしません!」



 バッと上げられたその表情に意表を突かれ、驚きを隠せない総十郎。そんな三人を見やり南二郎は嬉しそうに頬を緩めた。

 ほんの少しの間を開け、総十郎はフッと笑い、二人に笑みを返した。



「俺の方こそ、ありがとう。咲光、照真」



 その笑顔に今度は二人が少し驚かされる。が、すぐに「飯食うか?」と、差し出された握り飯にパッと表情を明るくさせた。むしゃむしゃと握り飯を食べる二人を、総十郎は優しく見つめていた。






♦♦




 試しが終わり、総十郎も去って行った。また二人になった家で、二週間の間もこれまでと変わりなく、家事と仕事と鍛錬をして過ごす。試しが終わった翌日こそ、少し落ち着きがなかった照真だが、咲光にさとされ落ち着きを取り戻していた。こういう時、咲光はいつも堂々と落ち着いている。


 そして二週間が経った頃、再び南二郎が来訪した。初めて来た時と同じように、背中に刀袋と手荷物を持って。


 居間に座る三人の間には、緊張よりも静かな空気が流れていた。お茶を一口飲み、南二郎は息を吐く。コトンと湯呑を机に置き、南二郎は改めて目の前の二人を見つめた。



「では早速、万相談承所よろずそうだんうけたまわりどころ、入所の試しの結果をお伝え致します」



 静かだった空気が、わずか緊張したものに変わる。が、咲光と照真はただじっと南二郎を見つめていた。

 出来る事をした。出来る限りをぶつけた。それが全て。



「入所の試しにおいては、山に入ってから終了まで、その全てを総合的に評価させていただいております。妖の正体、攻撃、状況判断、危機察知、対応力などをかんがみて下された結果は…」



 ごくりとつばを呑む。

 よく出来ていたのか、つたなかったのか。一体どちらなのか。ぎゅっと拳を握る二人に、南二郎はフッと口元を緩めた。



村雨むらさめ咲光、村雨照真。両名の万相談承所への入所の試しは、合格です」


「!」


「これから、よろしくお願いします」



 にこりと笑みを浮かべる南二郎に、固まっていた二人から力が抜ける。何度も何度も繰り返して、やっと飲み込めた言葉。バッと隣を見て崩れ落ちる様に、南二郎も笑う。


 場の緊張はすっかりなくなっていた。安堵し合う姉弟に、合格を告げられた南二郎もホッとする。本来ならば試しの合否は式で通達され、後日支給品が届けられる。今回のように直に伝えるのは()()時のみ。直接伝えるのはいつも緊張する。



「そうだ。神来社さんには伝わるんですか?」


「はい。すでに知らせが行っています」



 合格が下された時に、上層部から仲介者ちゅうかいしゃである総十郎にも通知が送られた。それを見ているはずだと南二郎は二人に強く頷く。それに、これからの仕事で再び会う事もあるだろうと続けると、二人は表情を明るくさせた。


 南二郎は、持って来た手荷物からいくつか支給品を取り出す。まずは重要な刀を袋から取り出し、木箱に納まったままちゃぶ台に置く。差し出された木箱のふたを、二人はそっと開けた。



「こちらが、お二人の刀です」



 それぞれ違う色や装飾が施され、持ち主を待つように丁寧に箱に納まっていた。

 咲光の刀は、柄に黄と赤い色。鞘は白を基調に金色の装飾が施されていた。照真の刀は柄が橙と白、鞘は黒く重厚な様を見せる。自分の刀を手に取った二人は、そのずっしりとした重さに身が引き締まるのを感じた。



「すでにご存知かとは思いますが、万所退治衆が使う刀は特別なものです。あやかしを斬る事ができるよう、神の息吹いぶき宿る、神域の山から採掘した鋼を神前にささげ、感謝を伝え、そして刀が打たれます。打ち上がった刀は再び神前に掲げられ、戦う者へのご加護とご助力を申し上げるのです」



 一つでもその手順に間違いと不敬があれば、打ち上がった刀に神威は宿らない。手順に関わる全ての者にあやまちは許されない。当然、使用者にも。


 鞘から抜いた刀身から強い力を感じるようで、咲光は少し手が震えた。総十郎の刀を使わせてもらっていた頃は、そこまで感じなかったものが、今ははっきりと分かる。



(感覚をやしなえているんだとも思えるけど。それだけ重要なものを託されているんだ……)



 喜びよりも重圧が強い。ゆっくり納刀した前で、南二郎は続けて取り出した荷物を置いた。二人も刀を床に下げ、置かれたものを見る。

 一つは勾玉まがたまの首飾り。もう一つは木札だった。まず南二郎は勾玉の首飾りを示す。



「これは、刀同様、神域で採れた石で作られた勾玉です。神前に捧げ、術を施してあるので、これを身に着けていれば妖を視る事ができます」



 総十郎も「視えない事は気にしなくていい」と言っていた。それはこれがあるからなのかと照真は気づく。つまり、これを持っている人が退治衆には多いのだ。

 元々、生まれた時から妖が視える者は少ないという。祓衆はらいしゅうにはそういう者が多いが、視え方はそれぞれで、はっきり姿を捉えられる者は少ないそうだ。


 続いて南二郎は木札を示した。



「こちらは、万相談承所所属を証明する木札です」



 手に平におさまる木札は、表面に川の流れのような模様、蝶、太陽と鴉と花が美しく描かれている。裏面には刀の絵と「十」の文字。刀は退治衆と、数字は階級を示す。

 階級は「十」から「一」まであり、小さい程階級は上位である。それは退治衆も祓衆も同様で、祓衆の木札には刀ではなく数珠が描かれている。


 これらが入所における支給品である。これらを持って万所の面々は仕事に臨む。



「万所からの支給品及び説明は以上です。仕事の通達は式が行います。それに従ってください」


「はい。分かりました」


「お二人のご活躍、期待しています」


「頑張ります!」



 声を揃える二人にあたたかな笑みを返し、南二郎は帰って行った。それを見送り、咲光と照真は手を繋ぐ。



「…いよいよだね」


「うん。一つずつ頑張って行こう、姉さん」


「うん」



 ここからが始まり。まだそこに立っただけ。ここからやっと一歩ずつを進んでいく。








 青い空を一羽の鳥が飛ぶ。一見では他の鳥と変わらないそれは、ある役目を持つ特別な鳥。その鳥は青い空の下を飛び、一軒の家が見えてくると降下した。

 鳥に気付いた咲光が腕を伸ばすと、止まる少し前にポンッと姿を変える。その一枚の紙を手に取り、一緒にいた照真と共に記された文を追う。



『西にある戸垣とがき神社より依頼あり。おもむき、妖の仕業しわざと思われる事態を収束させよ』



 初仕事の通知を受け、咲光と照真は袴姿に着替え、袋に入れた刀を背に、手荷物を持ち、支度を整える。



「行こう、照真」


「うん。行こう、姉さん」



 ぎゅっと握り合った手は、一年前よりもずっと硬く、力強かった。






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