第十二話 試し、開始
暗い空。浮かぶ月が咲光と照真の試しを見守る。
試しが行われる、夜行山。山の下には木々が生えているが、頂上に行くほどに緑は少なく、ゴツゴツとした岩肌が顕になっている。歩いて登れるとはいえ、所によっては落下の危険がある所もある。
暗く不気味さも感じる山に、「行ってきます」と先刻、咲光と照真が入って行った。
二人が歩いて行った道を、総十郎はしばし見つめていた。
(よりによってこの場所か…。ここは、最も命を落とす危険が高い場所)
だが、自分には何も口を出す事が出来ないと知っている。だからこそ信じるしかない。
強い決意と覚悟で見守る総十郎の後ろで、南二郎は懐から珠を取り出すと、紙で包んだ。それを顔の前へ掲げる。
「光通じて伝え飛ぶ、鳥と為せ」
唱えられた呪文に呼応し、一羽の鳥の式が出来上がる。それは包んだ珠を目にしていた。
南二郎はそれを山へ向けて放つ。鳥は一直線に向かい、やがて姿が見えなくなった。式を見送った南二郎は、兄の背を力無く眉を下げ見つめた。
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山に入った咲光と照真は、周囲に意識を向けながら進んでいた。道と言っていいのか、平坦で歩ける道が続いているので、それに従い進む。山の斜面には洞穴や脇道もあり、咲光はそんな周囲を見ながら進んでいた。
「緊張してる?」
「うーん…。してない。とりあえず出来る事やるだけだし、稽古以上の事は稽古せずには出来ない」
「うん。後は自分を信じるのみ」
「そう!」と力強く頷き拳をつくる照真に、咲光も強く頷く。総十郎が時間をかけ教えてくれた事は、この身体に沁みついていると信じ、戦うのみ。
前を見据え歩いていた二人は、突如感じた気配に後ろへ跳んだ。
距離を取る二人の前に、一体の妖が現れた。二本足で立つ姿は大きな猿というところか。手足が長く、ギロリと一つしかない目玉が二人を捉える。その隣にもう一体、上から飛び降りてきた。
咲光も照真もすぐさま刀を抜く。自分の目で妖を視るのは初めてだ。かつて恐ろしい程に震えた妖気は今も肌を差すが、震えて動けない事は無い。
ギイィィ…と歯ぎしりをするような音の後、妖が地を蹴った。大きな身体とは裏腹に、速い足で迫って来る二体にも、二人は慌てず呼吸を整える。呼吸の乱れは動きの乱れだときつく言い含められている。照真は足腰に力を入れ、咲光は手以外の力を僅か抜き、構える。
振り下ろされる拳から目を逸らさず、避け、照真は一体の片脚を斬った。ギャアアと上がる悲鳴に間を置かず、袈裟斬りにして止めを刺す。同時に、咲光も拳を躱し、抜いていた力を入れ直し、連撃で傷を与える。繰り出される拳を避け、首を突き、横に払い抜いて止めを刺す。そうして倒れた二体に、二人はフッと息を吐いた。
「…?」
初戦で力を発揮できたことを安堵し、喜びを感じていた二人の前で、倒れた妖がポンっと白い煙に包まれた。パチリと瞬く前で、妖が倒れた所に一枚の紙が現れる。一枚は斜めにバッサリ、一枚は中央から横に斬られている。
それを見て、顔を合わせるとまた紙を見る。
「これって確か、式…だよな」
「うん」
かつて総十郎が使っていたのを見た事がある。あの時は鴉だったなと思いながら、それが何故ここでと照真は首を傾げる。
その隣で咲光は少し考え、納得の表情を浮かべた。
「式で妖を作ったんだね。たぶん、妖気も混ぜて本当の妖みたいに。特別な力があるから妖も視えるって言ってたけど、式なら視える」
「成程」
同じく納得顔の照真はポンッと手を打つ。
入所の試しにおいて、放たれる妖というのは万所がつくる式である。咲光のように、試しを受け妖を倒した者はそれに気付く。そしてそこで、少なくない数の者の臨み方が変わる。
それもまた、万所の試しである事を知らずに――
「式とはいえ戦闘力は変わらないだろうし、こっちを倒すつもりだった」
「まさに妖だ。もしかしたらもっと強い奴もいるかも」
咲光と照真は真剣な眼差しでまた歩きはじめる。
妖は本来夜に活動し、昼に寝ている。それが本来の姿であるが、昼間に全く動けないわけではない。が、太陽のある内は夜間程の戦闘にはならないだろうと考え、一日の流れを読む。
後は体力と気力の問題。休める内に休む事も必要だ。
山に登ってから歩いてきた道は少しずつ狭まっていく。戦闘での危険を感じながら歩く二人は、反射的に顔を上げた。
岩肌の上に、十体程の猿もどきの妖がいた。その数に緊張が増す。
(一度に相手にするには多い…。まずは数を減らさないと。でもどうする。一体ずつ、もしくは動けなくするか…)
ハッと閃いた咲光は「照真」と呼ぶと、来た道を戻り始めた。驚くより考えるより先に照真は追う。その後を遅れて猿妖が追って来た。
咲光も照真も険しい山での鍛錬をこなした。走り方、息の仕方は学んだ。相手が少々早くても、そう易々とは追いつかれない。妖が追って来る間、咲光は照真に考えを伝える。じっとそれを聞いていた照真は迷うことなく頷いた。
数秒のうちに見えてきた脇道。照真と咲光はそこへ入り込んだ。入って来た入り口を振り返り、照真は刀を構える。
やって来た妖は、入り口から照真を覗く。脇道の入り口は、大きな妖が複数で入り込むには狭い。一体が入って来るのがやっとの隙間の向こうでは、一つ目玉がじっと覗いている。手を伸ばしてきたり、岩壁を叩いたり。一体ずつ入って来る妖を照真は確実に斬り伏せる。
照真が二体を倒した時、バキッという音がしたと思うと、入り口で固まっていた妖の頭上からドオォンッと大木が降って来た。地面をも揺らさんという衝撃に妖の半数が潰される。肺の呼吸が一気に押し出されたような音が口から洩れ、そのほとんどが式の紙に戻ってしまう。
大木と一緒に落ちてきた咲光は、潰され身動きがとれない妖を一気に倒す。寸での所で離れた妖が三体。咲光に振り下ろさんとする拳も、照真が阻止する。
一体、もう一体と斬り伏せ、咲光は残る一体と戦う照真を探す。
その姿が、断崖近くにあった。肝が冷え思わず叫びそうになった時、照真は強く地を蹴り、一気に相手の懐に入り込むと刀を払った。その勢いのまま断崖から離れる。全ての妖が倒された。
咲光はすぐ照真に駆け寄るとホッと息をつく。
「照真、大丈夫?」
「うん。姉さんは?」
「平気。一瞬肝が危なかったけど」
心配と安堵が混じる表情に、照真も申し訳なさそうに眉を下げた。刀を鞘に戻し、照真は頬を掻く。周囲の妖は全て紙へと戻っていた。
「断崖と岩壁の距離はずっと目視で測ってたから、断崖までどれくらいっていうのは考えてたよ。稽古でも川との距離測ってみたりしてたんだ」
「そうだったの? 私も意識しよ」
「……俺もあんな大木切って来ると思わなかったんだけど…」
「え? そ、そうかなあ…?」
あははと二人の間に妙な空気が流れる。
(知らない所で鍛錬してたっ…! こっちも頑張ろ!)
互いが同じ事を思っているとは露知らず。一層、置いて行かれまいとやる気がみなぎっていた。




