第十一話 珍獣との対面
体力作りや柔軟などの基礎を二人はみっちり、毎日行う。体力作りは畑仕事でも役立って一石二鳥。集中力も上がった気がしながら黙々とこなしている。
そして、重要な刀の扱い方を二人は交互に教わった。
真剣に慣れておくのは重要な事だからと、総十郎は素振りでも自身の刀を二人に持たせた。
斬る時の力の入れ方、ブレてしまっては一刀に斬り伏せる事が出来ない事を、教え込む。同時に刀の脆さも教えた。いくら神威が宿る刀とはいえ、刀である事は変わらない。
昼間、二人を同時に稽古する時には裏山を走り回った。平坦でない足場。周囲に無数に散らばる障害物。隠れながら二人と並走する総十郎から木の枝や石が飛んで来る。当たらないように避ければ生えている木に衝突し、すってんと転び。そうならないよう気を付ければ飛来物に当たる。
その度に総十郎から厳しい声が飛んだ。ついでに、走る勢いを弱めると後ろから岩を転がされた。全力で逃げた。
ある時には受け身を取る練習をした。最初は二人とも総十郎に投げられ、次第に互いを投げ合った。そうしていると、受け身の取り方だけでなく、投げる時の力の入れ方、懐への入り方が分かり、倒された時に瞬時に起き上がる練習も出来た。
そして素振り。実際に木や藁の束を切ってみる鍛錬、毎日毎日を全力で鍛錬し、倒れるように眠った。
打ち込み稽古は最も厳しかった。全力で斬るつもりで打ち込んでも、総十郎はひらりと躱し、何倍もの力と無駄のない動きで打ち返して来る。無駄な動きを指摘し、容赦なく打ち込んでくる総十郎には二人も負けじと打ち込む。総十郎は教えは端的で、慣れない二人も次第に、押されるばかりではなくなった。
そうして繰り返していた日々が、一年経とうとしていた冬の日。
「急ぎ仕事が入った。行ってくる」
「はい。お気をつけて」
「春に戻ってくる。その時は試しだ」
「はいっ!」
総十郎がしばし家を留守にする事になった。しかしこの一年弱、教えられたことはこれからも欠かさない。
(言った通り、長くて一年…。神来社さんにそれだけの時間をくれたって事だよな。ありがたい)
そう思い、照真は一層のやる気を出した。
春までの後少し、精一杯の鍛錬を行った。
♦♦
春の風が吹き、髪と着物を揺らす。この一年は今までより遥かに短いと感じた。
穏やかな陽光の下を、総十郎はゆったりと歩いていた。一年前に通った道。あの時は、まさかこんな一年後が待っているなんて思ってもいなかった。
あれから少し。二人はどうしただろう。さらに稽古を重ね、強くなっただろうか。
「この先? 総兄の弟子の家」
「弟子言うな」
「違うの?」
「違わなくない」
どっちだよ、と思う言葉は口には出さなかった。
総十郎の隣を歩く一人の青年。総十郎よりは背も低く、歳も下のようだ。濃茶の袴に山吹色の着物を着ていた。その背には総十郎同様、細長い袋が背負われている。それも二つ。
「南二郎。くれぐれも…」
「分かってる。その他諸々含め、俺が弟だって事は言わない」
「悪いな」
「いいよ。ややこしくなるし、今必要じゃない事、言いたくないんでしょ」
察しの良い弟に、総十郎は眉を下げる。南二郎は気にしないと調子を変えない。
話しながら歩く田舎の道。進む総十郎の足取りは心なしか軽いようだ。ちらりと見やり南二郎も前を見る。
(総兄の弟子かあ…。どんな人だろう)
弟子は取らないと思っていた。ずっと一人で各地を旅しながら、時折帰って来て、仕事をこなしていくんだろうと。そう思っていた。
だからこそ、入所申請書が送られて来た時には目を剥いたくらいだ。
今回の試しの役が自分に回って来た時も、他の弟妹には「どんな人だったか教えて」ときつく言われた。初めは、兄が弟子を取ったと知った時は素直にどんな人だろうと思った。が、家族間では若干珍獣のように思われている弟子に、南二郎は申し訳なさと同情を抱く。
「見えたぞ」
総十郎の言葉に視線を前に向けた。
目の前に一軒の家。庭には桃の木。そこで二人が木刀で打ち合っていた。カンカンッと打ち合う音がよく聞こえる。
庭先に立ち二人を見た南二郎は僅か目を瞠った。
(澄んでる…。すごく綺麗な空気だ)
南二郎もまた人でないモノが視える。そして、悪い気や良い気も肌で感じ取ることができる。だからこそ解るのだ。
真剣なのに、緊張しているのに、爽やかで、澄み渡る、打ち合う二人の纏う空気が――
「神来社さん!」
「あ。こんにちは!」
「…あぁ」
一瞬の間を南二郎は見逃さなかった。打ち合っていた二人は手を振りながらこちらへ駆けて来る。
思っていたより普通な男女だ。女性の方が同じくらいの歳、男の子は少し下だろう。今はまだ何が総十郎を動かしたのか見て取れない。
(でも、総兄も驚いてたって事は、予想以上かも…)
胸の内で感心する南二郎に、咲光と照真は「こちらは?」と総十郎を見た。総十郎から視線を向けられ、心得ている南二郎は頭を下げる。
「お初にお目にかかります。俺は南二郎と申します。今回、お二人の万相談承所への入所の試しを取り仕切らせていただきます。よろしくお願い致します」
「! こちらこそ、よろしくお願いします」
「お願いします!」
南二郎の正体に、慌てて咲光と照真は頭を下げる。そして「どうぞ」と二人を家に招き入れた。
居間のちゃぶ台を挟んで姉弟と兄弟が向かい合う。四つの湯のみが湯気を立てていた。
茶を一口飲み、南二郎は入所の試しについて説明を始めた。
「入所の試しは、ここより少し離れた岩山“夜行山”で行われます。山に放たれている妖を倒す事が試しになります。しかし、倒せば合格、生き残れば合格が決まるわけではありません。全ての判断は万相談承所、上位の者達が下します」
咲光と照真は何も言わず、南二郎の説明をじっと聞いていた。
南二郎は持って来た刀を咲光と照真、それぞれの前に置く。二人はそれを見て、南二郎に視線を戻した。
「試しではそちらの刀をお使いください。夜行山は特別な力で覆われておりますので、入れば妖を視る事ができます。その点はご心配ありません」
「分かりました」
「試しは丸一日。今夜から明日の夜までです」
その一日で進む道が分かれる。
説明を聞き終えた二人を、総十郎も覚悟を持って見つめた。
「行くか。咲光。照真」
「はい!」
声を揃え、まっすぐな二人の目に、総十郎も大きく頷いた。




