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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第七章 例大祭編

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第百話 弟子は悟る

 大きな鳥居の先には木漏れ日の参道。その奥にある階段を上れば、広大な神社が広がっている。


 吹き抜ける風になびく髪を手で押さえながら、咲光さくやは目の前の神社を見つめた。

 万所よろずどころ本部と同様に、ここにも多くの人が参拝に訪れている。



(ここも、神の力が強い…)



 肌を刺す感覚が緊張をくれる。慣れる事は無いが、身が引き締まる。


 咲光の隣では、照真しょうまも同じようにふぅと息を吐いた。



「大きな神社でも、神来社からいとさんの家とは全然雰囲気が違う…」


「うん」



 吐いた息が風に運ばれていく。


 大きな神社に、穂華ほのかは興味津々なようで周りをキョロキョロ見ている。そんな穂華を連れ、まずは神にご挨拶。

 パンッと拍手かしわでを打って、あやかし退治頑張ります! と、胸の内で誓った咲光と照真は境内を歩き出した。



鳴神なるかみさんの家がこんなに大きな神社だったなんて…」


「うん…。神来社さんはご存知だったんですか…?」


「あぁ。まぁ…後で分かるだろうが、子供の頃に鳴神の父親に会った事があるから」


「鳴神さんお父さんってどんな方?」


「そうだな…会えば分かる」



 なぜか乾いた笑みで笑う総十郎そうじゅうろうに、咲光達は首を傾げた。

 三人の脳裏にはどうしても、鳴神のようにハハハと笑う男性像が浮かぶ。そんな風に考えていると、聞き知った声が聞こえた。



「咲光さん、照真さん…?」


「?」



 おや、と呼ばれた二人が視線を向ける。そこに、以前鳴神と一緒に仕事をしていた菅原すがわら小太郎こたろうの姿があった。思っていない再会に咲光と照真が驚いて駆け寄る。



「菅原さん! お久しぶりです」


「お久しぶりです。お元気そうで」


「菅原さんも。でも、どうしてここに?」



 首を傾げる咲光と照真の後ろからやって来た総十郎に、菅原はぺこりと頭を下げた。総十郎も目で応じる。会話を邪魔するつもりはないので、構わないと視線で促した。

 そんなやりとりの内に、照真がハッと思い出して眉を下げて菅原を見た。



「菅原さん。なんで、鳴神さんが“とう”だって教えてくれなかったんですか…?」


「鳴神さんが言うつもりなかったので。それに“頭”ですって自分で言うのも紹介されるのも、あの人は嫌うので……」


「そうなの…? 凄いのに?」


「鳴神さん曰く、俺はまだまだ追いつけない、だそうです。目指している背中が遠いそうですよ」



 照真が不思議そうに首を傾げた。天城あまぎ家で手を貸してくれた時もそう言っていた。



(まだまだって、何を目指してるんだろう……?)



 今でも十分に強くて凄い鳴神が目指すのだから、総元そうもととか? と考えるが答えは出ない。思案する照真に、菅原はクスリと笑って続けた。



「俺はここに住み込みしてるんです。一応、鳴神さんの弟子にしてもらっているので」


「!」



 なんと! と咲光と照真の表情が驚きに満ちる。そんな表情を笑い、総十郎は側で大人しく待っている穂華の背を押して一歩前に出させた。その動きで菅原の視線が穂華に向く。



「え、えっと…こんにちは。天城穂華です。今は一緒に旅をさせてもらっています。あ、えっと、鳴神さんのお弟子さんなんですよね? お姉ちゃんが鳴神さんにお世話になりました」


「先日の件ですね。鳴神さんが御力になれて良かったです。俺は菅原小太郎です。……神来社さん、彼女は…」


「戦わない。それでも、たっての願いでな。俺達の一員だ」



 頭上からの声に穂華が僅か目を瞠った。少しだけ、胸が嬉しさで苦しくなった気がした。


 総十郎の言葉に、菅原も「そうですか」と笑みを浮かべて頷いた。その笑みに穂華もホッと胸を撫でおろす。戦えないのに、と嫌な事を言われたらどうしようと少しだけ不安に思ってしまった。



「鳴神に呼ばれたんだが、いるか?」


「はい。ご案内します。どうぞ」



 歩き出す菅原に一行も続く。


 樹齢もかなり経っているだろう立派な幹回りの木々の間を抜ける。

 青々とした緑から零れる光が眩しい。参拝客も周囲にいなくなり、静かな周囲を進みながら、菅原が首だけ振り返った。



「鳴神さんはなぜ皆さんを?」


「え? 仕事じゃないの?」


「え? 今仕事はありませんが……」



 あれ? 一同は顔を見合わせた。

 総十郎からの頼みとは別に考えていたので、仕事で同じように何か頼みなのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。


 事態が読めた総十郎は、大きく肩を竦めた。



「アイツ…全く別の何かを俺に頼む気だったんだな。何が秘密なんだ…」


「……もしかして鳴神さん、神来社さんに頼み事を?」


「あぁ」


「あー……あの人、まさかあれを神来社さんに……」



 何故か菅原が額に手を当て項垂れた。



(菅原さんのこの様子、まさか…)


(鳴神さんの笑って独断…)



 ワハハと笑う鳴神が浮かぶ。目の前の菅原に、お疲れ様ですと言いたくなった。妙に遠い目をする咲光と照真に穂華はコテンを首を傾げ総十郎を見る。総十郎も額に手を当てていた。


 が、そこは弟子。師匠の起こす事には慣れている。



「詳しい事は鳴神さんが話すと思いますが。俺の考えが当たっていれば、仕事ではありませんし、危険な事でもありません」


「そう…なの…?」


「はい。恐らく。怪我の心配は全くないわけでもありませんが」



 仕事でないなら危険もないはず。だが怪我の心配はあるのかと、少しだけ不安になって咲光は総十郎を見る。その視線に大丈夫だと総十郎は優しく笑った。


 菅原が案内してくれたのは、平屋の大きく立派な建物。家の前や玄関先は綺麗に整えられ、花々も植えられている。咲いている花が生き生きと輝いているようで、咲光は思わず足を止めた。



「綺麗な花…。すごく生き生きしてる」


「同じ事を康心こうしんさんも仰います。その花はあかねさん……鳴神さんの兄である康心さんの奥さんが育てられているんです」


「鳴神は、確か三人の男兄弟だったな」


「はい。長兄ちょうけいの康心さん。次兄じけい諧心かいしんさん。末が鳴神さんです。皆さんいらっしゃるので、お会い出来ますよ」



 菅原に言われるまま、四人は鳴神家に足を踏み入れた。






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