9話
国境に近づくにつれて、道の荒れぐあいはさらに増えていった。
あちこちの敷石が剥がれ、そのままになっている。
轍の多さから、馬車の往来は多いようだが、そのわりに補修はなされず荒れるままにしているらしい。
「道もそうだが、街道の警備隊は何をしてるんだ」
各国を結ぶ重要な街道には、行き交う人々を守る為に警備隊がいるはずだが、いまだにその姿を見かけない。
まだ明るいうちから野盗が馬車を襲っている所をみると、この方面の警備隊は仕事をしていないようだ。
あたりは霧によってすっかり暗くなり、見通せるのは街道の上だけになる。
やがて、国境を示すかのように立てられた二体の神像が見えてきた。
国境のように街道上の重要な地点に建てられたこの神像は、聖なる力によって街道に力を与え、魔物たちの危険から人々を守っているのだ。
その神聖な神像も、近くによってみると、道と同じく薄汚れてヒビ割れているのがわかった。
「ん、これは…神像にあるはずの聖石が無くなってる!」
私は、その目にはまっているはずの聖石が両方とも無くなっている事に気が付いた。
聖石は遠く街道のはて、クレイシウス帝国で作られる聖なる力を宿した宝石だ。
その力で魔物を退ける力があった。
私は、付けていた魔除けの腕輪から宝石を外し、神像の目の部分にはめてみる。サイズは何とか合ったようだ。
「これで少しはましになったか…。しかし、神聖な神像から宝石を盗むなて、さっきの野盗の仕業か?」
風雨にさらされ、汚れた神像の顔を拭う。
この神像の間の道をしばらく進めば、向こうはオルドアだ。
心なしか、遠くに見えるオルドア側の景色はここよりも明るく見える。
私は馬の手綱を握り直すと、慎重に歩を進めた。
この先は国と国の間、もっとも霧が濃くなる所だ。
つまり、魔物の危険が高まってくる。
神像の力と街道に守られてるとはいえ、辺境でさんざん霧から出てくる魔物の恐ろしさを知っているエルイースは緊張しながら道を渡った。
幸い道は今まで通ってきた道とは違い、きれいに整備されていた。
目を外に向けるが、道の外は暗い霧に包まれていて何も見えない。
神像と聖なる力を持った敷石のおかげなのか、暗い霧は道の方へは漂ってこないようだ。
しばらく進むと霧が薄れ、オルドア側に立つ神像の後ろ姿が見えてくると、私はほっとため息をついた。
辺境で慣れているつもりでいたが、霧の中を抜けるのは思いの外緊張していたようだ。
「お疲れさまです。オルドアへようこそ!」
霧の中を抜けて、オルドア側についた途端、道の端に立っていた警備兵に挨拶されて、私は驚いた。
「最近イクリツィア側では野盗が出没していると聞きましたが、たった一人でこられて大丈夫でしたか」
警備隊の男は私を気遣ってくれるようだ。
「ああ、それならさっき倒してきたところだから大丈夫だ」
「え?!貴女がお一人で倒されたんですか?!」
私の言葉に警備兵はびっくりしていた。
やはりこんな格好だと、そんなに頼りなく見えるのだろうか。もっと強そうな鎧でも着ればよかったな。
私は皮の鎧とマント姿の体を見下ろした。
「こちら側では昼夜通してこうして警戒に当たっています。この先も警備隊が巡回しているので、魔物も野盗にも襲われる心配はありませんので、安心してください!」
見ると街道近くに警備兵の駐屯所があり、複数の兵隊たちが寝起きしているようだ。イクリツィア側にもその駐屯所らしき建物はあったが、長らく使われていないようでボロボロになっていた。
それに比べてこちらはしっかりと警備しているようだ。
立っている神像もこちら側の物は美しい姿を保っている。
「もしかして、霧の中の道も、あなた方が整備したのだろうか」
私が気になっていた事を聞いてみる。
「ええ、昔はイクリツィアの警備隊と協力してやっていたそうなんですが、最近はあちらの警備隊が居ないようですので…。あの霧の中はどちらの国でもないですからね、道が荒れては魔物から人々を守る力も減少しますし、当然の責務です」
やはりイクリツィアの警備隊は仕事をしていないようだ。
さっきまでのイクリツィア側の荒れた景色に比べ、霧の中を抜けたこちらは明るく温かみがある。
国境なのに、あちらより霧も薄いように思えた。
「この先、ローベンの町まではすぐですよ。その先、首都のウィルナまで行くと、今ならアンリ大公の在位五周年を祝うパレードに間に合うかもしれませんよ」
「大公のパレードか」
先程の娘たちもそれを見にいくと言っていた。
「アンリ大公の姿を見るいい機会かもしれんな」