3話
「町育ちで、まともに戦った事もなさそうな成り上がりの男爵が、辺境伯だあ?あり得ねえー!絶対俺はそいつの事認めねえぞ!」
アイザックが言う。
ラギエ男爵は祖父の代に金にいわせて男爵の位を買ったとかいう新進の貴族だ。
貿易で財を成したようで、最近社交界では人気の男だ。
しかし金の力を誇示する下品な態度に嫌っている貴族も多い。
そんなにラギエ男爵が魔物相手に戦ったというのは聞いたことはない。
この平和な王都と違い、エルイースの領地だった辺境は魔物が多く出る。
王国の端のオルドアとの国境近くの山々に面していて、領地にはイクリツィア有数のエメラルド鉱山があるが、その分魔物も多く、エルイースとその部下達は領民を守る為に魔物との戦いに明け暮れていた。
「まあ、ラギエ男爵の領地になるとは言え、実質はユリウス様が支配権を持つだろうがな。ラギエ男爵の所にはまともな将兵がいないとかで、俺にエルラントの軍を引き継げと言われたぞ」
「はあ?!お前が?!何でだよ!いや、そもそも俺はエルイース様が領地を取られる事も認めてねえし!そうだ!国王に抗議しに行かないと!」
アイザックは今にも臥せっている国王のところまで本当に抗議に行きそうだ。
「アイザック!やめろ!私はもうこの国を出る事を決めたぞ」
昨日から考えていたことを私が告げると、二人の部下はギョッとした顔をしてエルイースを見た。
「本気なのですか、エルイース様、イクリツィアを出ると」
「ああ、もうただの一市民だからな。行くあてもないし、この機会にボルコフ卿の所に行こうと思ってる」
隣国オルドアのボルコフ卿は父の親友だ。
そのボルコフ卿の領地は、エルイースいるエルラント領と隣りあっていて、間にある山を越えれば、すぐそこだ。
魔物も少なかった昔には、父に連れられてボルコフ卿の所へ訪れる事が多くあり、私も小さい頃から知っている。
社交界にほとんど縁がない私にとっては、数少ない信用できる貴族の知人だった。
ここ最近、魔物が出てくる量が増え、おまけに父が死んだこともあって、訪れる事はなかったのだが、この際訪ねてみようと決めたのだ。
「しかし、ボルコフ卿の所へはどう行くおつもりですか。領地まで戻って山道を抜けるのが最短ですが」
ベルトランが聞く。
「たしかにそうなんだが…、もう領地ではないからな。遠回りになるが、ここから街道沿いに向かおうと思う」
さすがに剥奪と宣告された領地に今から戻るのはまずいだろう。
そんなことをしたら、国王に反旗有りと思われるかもしれない。
「なら、俺もついていきますよ!コイツの下なんかに入りたくねえし、ボルコフ卿の所なら骨のある魔物とも戦えそうですし」
「僭越ながら、私もお連れ下さい。微力ですがアイザックよりは役に立てるかと」
「なんだとこのやろー!」
自分を下げてくるベルトランをアイザックがどついた。
二人のいつものやり取りを見て、私は重くなっていた心が軽くなるのを感じた。
「二人の気持ちはとても嬉しい。だがお前達には領地に留まり、魔物達から領民を守ってほしいのだ。たとえ領主ではなくなっても私にはかけがえのない民たちだからな」
私は二人の目をしっかりと見つめて頼んだ。
たとえ領主が誰になろうと、この二人を始め、私の部下たちがいれば、魔物達から領民たちを守れるはずだ。
「ずるいっスよ、そんな顔で言われちゃあ断れないじゃないですか」
アイザックがしょげかえった顔をする。
隣のベルトランは一瞬目を詰むったが、
「エルイース様の気持ち、受け取りました。領民たちの事はおまかせください」
「ああ、二人ともすまない。ザイン、私の部下たちをよろしく頼むぞ」
離れた所でこちらを見ているザインに向かって言った。
「ああ、そうするつもりだ。それと…」
ザインは小さな包みを手渡した。
「これを渡しておこう。餞別だ」
「!!そうか、すまない、礼を言う」
私はそれ受け取ると、素早く仕舞った。
その際にちらりと包みの中に見えた手紙の見て、ベルトランが眉毛を上げたが、エルイースは気づかなかった。
「では、私は街道伝いにオルドアへ向かう、急な別れになるが、くれぐれも後の事は頼んだぞ、他の者達へもよろしく言っておいてくれ。それと…、そうだ、この鎧を返さなくては」
今着ているこの白銀の鎧は、昔国王から辺境伯へと貰った物だ。
爵位もなくなったし、この際国王陛下にお返ししようと思って、白銀の鎧を脱ぎ始めると、周りでアイザックとベルトランは慌てた。
「うわっ!何をしてるんスか!」
「なにもこんなところで脱がなくても…、おい、ザイン、見るんじゃない!」
慌てて二人がかりで着替える私をマントで隠した。
「二人とも鎧を脱ぐだけで大げさな、いつも陣地でしてるじゃないか」
なにも裸になる訳じゃないのに、と思ったのだが、
「ここ王宮ッスよ!誰が通りがかるか分かんないじゃないすかー!」
その間、ザインは一応礼儀として後ろを向いていた。
そんなあまりデリカシーのないエルイースに二人の部下はちょっと心配になってきた。
「さて、これを王宮内の誰かに託さなければ。国王陛下にエルラントが鎧をお返しすしますとな」
私は脱ぎ終えた鎧を持って出ようとする。
「わー!そんな格好で街に出る気ですか!せめてこれでも着てて下さいよ!」
エルイースの姿は、体に密着する鎧に合わせて下に着ていたのは体の線が見えるような薄着だった。
アイザックは、慌ててマントをエルイースの体にかけた。
「ん?悪いな、アイザック」
「いえ、どういたしまして…」
相変わらず貴族の令嬢という意識が抜けているエルイースに二人の部下はため息をついた。
辺境に残った他の部下たちや屋敷の使用人などへの言伝てを二人に残して、薄着にマント姿といった格好でエルイースが王宮から去っていくと、アイザックとベルトランは疲れた顔を見合わせた。
「…とりあえず辺境に帰るか」
「そうだな」