14話
「新種の魔物、ですか?」
ボルコフ卿が聞いた。
「ええ、先月の事になります」
私は領地内で先月起こったことを思い返しながら話した。
「いつものように国境付近の魔物を片付けようと向かったときの話です」
イクリツィアやオルドアのあるこの大陸は、とにかく魔物が湧く。
霧と魔物が支配する場所の合間をぬって、人がかろうじて住んでいると言ったほうが正しい。
今はクレイシウス帝国が敷いた街道の力もあって、昔より随分と人の住む領域は広がったが、辺境では人より魔物の方が優勢だ。
定期的に魔物の巣を叩かないと、たちまち人の住む場まであふれてくる。
「…ある魔物の巣の一つに向かった所、ゴブリンやオークとは全く違う魔物に出くわしたのです」
その時の情景を思い浮かべながら続ける。
「とはいえ、相手はほんの数体、すぐに片がつくと思ったのですが…」
見た目は人に似て、ゴブリンやオークのような凶暴さは見えない。それどころかその動きは随分鈍重だ。
実際すぐに倒せた。と思ったのだが、
「いつまでたっても倒せないのです。しまいには一匹に対し二、三人がかりで相手をしましたが……」
動きか鈍く、攻撃も強くない。だが倒しても倒しても起き上がってくる相手にエルイースの部隊は困惑した。
それに回復して起き上がってきたときの一撃がかなり重い。
離れた場には壊滅させられたゴブリンの巣があるのも分かり、にわかに部隊に緊張が走る。
不死者系の魔物だとは気付いたが、それにしては回復のスピードが以上だ。
辺境には滅多にアンデッドの魔物は出ないので、聖属性の魔法を操る者は今この部隊にはいない。
「……結局、その魔物はどうやって倒したのですか」
興味深いといった顔でローレンスが聞く。
「ええ…、聖属性の魔法が使える者が来るまでひたすら耐久戦でした。微力ながら、白銀の鎧には聖属性が付与されていたので、鎧の具足で殴って弱った所に内部から火属性の魔法で燃やし、回復を遅らせ、その間に他の個体を倒すという耐久戦でしのぎました」
数体いたそのアンデッドを、ひたすらチームプレイではめて、聖属性魔法の使える者が来るまで耐えて耐えて耐え抜いた戦いだった。
やがて合流してきた聖職者の放つ聖属性の魔法で、アンデット達はあっさり灰になったが、終わった後には部隊の皆は疲労困憊の状況だった。
気がついて隣を見るとリーリアはギュッと目を瞑って耳をふさいでいた。
幼い少女に聞かせる話ではなかったと反省してエルイースは話を切り上げた。
「ご存知のように、エルラント領、……元エルラント領と、ボルコフ卿の領地に出る魔物は、元を同じにしている事が多々あります。ですから、そちらでもそのアンデッドが出没していないかと気になったものですから」
じっと私の話を聞いていたボルコフ卿は口を開いた。
「ローレンス、」
「はい」
「なにか心当たりは?」
「いいえ、全く」
ボルコフ卿の問いにローレンスは静かにきっぱりと答えた。
「しかし、それは聞き捨てならない話ですね、確かに辺境には聖属性を持った人材は不足しています。未だそういったアンデッドの魔物との遭遇はありませんが、エルイース様の報告を受けて警戒に当たらなければいけませんね」
「まったく無茶をなさる。そんな正体も分からぬ魔物相手に、あなたの身に何かあったら私はエルキードに申し訳がたたない」
エルキードは、ボルコフ卿と親友だった父の名だ。
「約束してください、もう無茶はしないと」
「ボ、ボルコフ卿?!」
右手をボルコフ卿の両手でそっと包まれて私はドギマギした。
こちらを慈しむように見られて顔も赤くなってしまう。
(娘、そう娘のように大切に思ってくださっているのだ、この方は。か、勘違いしてはならないぞ)
私は心の中で必死に平静を保とうと努力した。
「ご、ご心配かけて申し訳ありません。無茶はしないと、や、約束します…」
「…エルイース様、怖い話は終わりました?」
今まで目と耳をふさいでいたリーリアが目を開けて不安そうに聞いてきた。
「あ!お父様ずるいわ!私もエルイース様と握手いっぱいしたいのに!」
無邪気にリーリアは私の左手を取る。
「おやおや、仲良しですね、皆さん。どうやら馬車も出せそうですよ」
カーテンを開けて外を見たローレンスが言った。
歌劇に出演した貴族たちが一斉に馬車で帰るので、今まで出口付近は大混雑していたが、奥に停まっていたボルコフ卿の馬車もようやく動けるくらい他の馬車は少なくなったようだ。
「エルイース殿、このまま私共の逗留する宿まで来ていただけますかな。精一杯もてなしをさせてもらいますよ」
ボルコフ卿が言う。
「え!エルイース様来ていただけるの?!」
「こら、リーリア、まだ早いですよ。しかし、エルイース様がボルコフ卿のところに居てくださった方が、大公の所へお連れするのに都合がよいのですが、いかがいたします?」
ローレンスが私の方を見て聞いてきた。
もちろん私の答えは決まっている。
「ええ、お世話になります」




