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12話


私が振り返ると、一人の若い男が、馬車の影から現れるところだった。


「演舞場はこちらではないですよ。それとも、このの馬車に何かご用ですか」


紳士的な態度は崩さないまでも、こちらを警戒しているのが分かる。


東洋風のゆったりとした白い装束に、真っ白な髪の色…銀ではなくて本当の白だ。そして瞳の色も限りなく白に近い。


私は人間離れした容姿に、しばらく魅入ってしまった。


歌劇に出てきた精霊のように現実した光景のようだ。


演舞場の方から花火があがり、その光と音で、我に返った。


「…私は怪しい者ではありません。幼き頃からボルコフ卿と親交のある、イクリツィア王国のエルラント家のエルイースと申します。ボルコフ卿にお会いするべく参りました」


私は唯一残したエルラントの紋章が入ったペンダントを男の方に見せた。


「ほう、エルラント家の。申し訳ないが私は紋章までは把握していないので、見せられても判別つきませんが…、しかし、辺境伯のご令嬢にしては、結構な格好で」


男に指摘されて、私は顔が赤くなった。


安物の皮の鎧とマント姿で、貴族の令嬢だと主張しても説得力はない。


やはりもっと高価な鎧を着てくるべきだったか、いや、皮の鎧の軽さと機動性は、早く走るためには必要だったし…。


「エルラント家のエルイース様と言えば、"白き乙女"、白銀の鎧姿が有名だとお聞きしてますが…」


「もう!先生ったら!この紋章はエルラント家の紋章に間違いないわ!」


男の足元からぴょっこリ小さな影があらわれた。


「家の応接間にもちゃんとエルラントの紋章が入った盾が飾られてるのよ!先生も知っておいて!」


そう言って、少女は私に抱きついて来た。


「エルイース様!本当のエルイース様だわ!私ね、お父様に聞いてから、エルイース様にとっても憧れてたの!こんな所でお会いできるなんて夢みたい!」


キラキラしと瞳でこちらを見る緑の目と、暗褐色のふわふわした髪に、エルイースは懐かしさを覚えた。


「私リーリア・ボルコフ、あちらにいるのはローレンス先生よ。あ、先生って言うのは、私の魔法の先生なの」


「やはり、あなたはボルコフ卿のお嬢様だったのですね。こちらこそお会いできて光栄です、リーリア嬢」


父である、アレクセイ・ボルコフ伯と同じ髪と目の色をした可愛らしい少女に、私は微笑んだ。


確か7歳になる、ボルコフ卿と、亡き奥方の間に生まれた一人娘であるリーリア・ボルコフとは赤ん坊の頃会ったきりだ。


あの赤ん坊が、こんなに大きくなったのかと懐かしく思った。


笑顔になったのは、剥奪と言われて以来始めてかもしれない。


「やっぱりピッピの言うとおり、こっちに来てよかった!ね、先生、言った通りでしょ」



リーリアがそう言うと同時に、背中から小さな白い生き物が「キュイ!」と鳴き声を上げて飛び出した。


先生と言われた男は、「ええ、」とかたをすくめてリーリアの言葉に同意すると、こちらに向き直り、


「エルイース様、先程は無礼な態度をとってしまい、申し訳ありませんでした。私は、ローレンス、ボルコフ卿の所でご厄介になっている魔術師です。どうぞよろしく」


ローレンスと名乗った男は、優雅に頭を下げた。


「いえ、こちらこそ。こんな格好をしていては、怪しむのは当然のことです」


ローレンスの立場だったらああした態度をとって正解だ。


「ごめんなさい、エルイース様。先生って少し意地悪なところがあるの。でも悪い人じゃないのよ」


リーリアが、フォローになっていないフォローをする。


「歌劇が最高に盛り上がっている途中で馬車に戻りたいだなんて言いだして、何事かと思いましたよ。リーリアがカーテンコールまで観ていなかったと知ったら、ボルコフ卿は悲しみますよ」


「だって、ピッピがあっちで呼んでるって言うんだもん。お父様が最後にちゃんとお顔を出すところ見たかったけど…、でもエルイース様に会えたんですもの!お父様も喜ぶわ」


リーリアの周りをそのピッピキューキューと鳴きながらグルグル回った。


「不思議な生き物ですね、精霊か何かですか」


耳が大きく、胴体の長い姿をしているピッピを見て私は言った。


リーリアによく懐いているピッピは、愛嬌があるが、どことなく神秘的な顔をしている。


「ピッピはね、私の使い魔なの。一番の友達なのよ」


「さあさあ、もうすぐ歌劇も終わります。こんな外で話すのもなんですから、馬車の中へどうぞ」


白い顔のローレンスが、馬車の中へ誘った。


気がつくと、花火も終わり、馬車の周りは暗がりに戻っている。


「さあ、どうぞ」


軽々飛び乗ったリーリアに続き、馬車の中に入ったローレンスが手を差し伸べてくる。


少し迷った後、その手をとる。


冷たいと思った手は思いの外温かかかった。


ボルコフ卿の馬車の中は広く、重厚な革とベルベットで覆われている。


向かい合わせの革張りの席は座ると程よい弾力があってフカフカだ。


ずっと馬の背でかけ通しだった身にはこの弾力はありがたい。


「ねえ、エルイース様、どうしてお父様に会いに来たの?白銀の鎧を着ていないのは何故?なんでそんな格好をしていらっしゃるの?」


馬車の中に座ると、リーリアは私の隣にきて、矢継ぎ早に質問してきた。


「リーリア、そんなにいっぺんに質問をするものじゃありませんよ、エルイース様が困ってしまいます」


ローレンスがやんわりたしなめる。


「だってだって気になるじゃない!あ!エルイース様、アンリ大公のパレード見に来たのかしら。だったら貴賓として来ればいいのに、なんだかこっそりいらしたみたい」


私は思案した。どこまで話していいものか、と。


どのみちボルコフ卿にはすべてを話すつもりだが、リーリアはともかく…。


私は向かいに居るローレンスを見た。


穏やかな目を向けてくるが、その透明な瞳にはすべてを見透かされそうで、少し怖さを覚える。


私は決意してこれまで起こったことを話し始めた。




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