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プロローグ

 12時間のフライトから解放され、コペンハーゲン空港で乗り継ぎ便を待っている。座り心地の良いリクライニングチェアーの上で、今日から始まるトリップに胸を弾ませずにはいられない。窓の外で待機している飛行機の機体には「初期衝動」の文字が描かれている。けれど空港内の人魚の銅像は笑っていない。どうしてだ。別に構わないけど。

 アムステルダムまでのフライトの記憶が消えた。カールスバーグのせいではないようだ。とにかく今僕はアムステルダムに着いたのだ。騒がしい中央駅を出ると、外は想定外の雨。時刻は午後9時。そしてものすごく寒い。ホント、やれやれですよ。120番地には、あるはずのホステルはなく、代わりに小さなバーがある。ホステルに電話をかけ、住所が118番地であることを聴いた。

 チェックイン後、疲労で重たい体で部屋に入った。7人部屋には僕の他に5人いた。トニとその彼女、グザイエ、ジェレミ、ギリアム、そして僕の6人はその晩、小旅行に出かけた。僕はトリップの途中で睡魔に襲われ赤ん坊のように眠りに落ち、何とか部屋に戻り、ベッドに倒れ込んだ。床に散らかった煙草の灰とテレビの音が妙に愛おしく感じた。

 運河もチューリップもゴッホも僕の気をひくことはできないようだ。次の朝、小舟の中で、ギリアムに借りたiPodでbirdy nam nam をひたすら聴いた。僕はざらついた何かを見つけてしまった気になった。彼らの奏でる音は僕の脳のある部分をピンポイントで刺激した。僕はこの運河の水を飲み干すことは出来ないが、この中に飛び込むことならきっと出来るだろう。お金さえ頂ければね。

 その日、ギリアムとジェレミが帰国し部屋には僕を含め4人になった。その夜4人でお茶をして帰って来ると、部屋には新しく2人の可愛らしい女の子が到着し疲れ果てて眠っていた。そのうちの一人は僕の真横のベッドで寝ていた。少しだけ意識したが、それよりも早く眠ってしまいたかった。楽しいのだが、意味のないしこりのような物が胸につっかえている気がした。この街のことはとても好きなんだけど、長居する気には今はなれない。次の日アントワーペン行きのバスの切符を購入した。移動は明日だ。今日はこの街で最後の夜。午後11時頃、特に好きでもないバンドのギグに行き、好きでもない曲で踊った。

 アントワーペンは雪が降っていた。決してお気に入りではない厚手の少しださいロングコートの出番だ。この国には300種類以上のビールがあるらしく、それを試さないわけがあるだろうか。幸いホステルから少し歩いたところに何件ものパブを発見することが出来た。僕のお気に入りは黒系のやや苦め。leffeの茶色は十分僕を満足させた。

 僕はきっと何かしらのハプニングとアバンチュールを期待している。それは確信できる。でもそれが心のモヤモヤの正体ではない。モヤモヤはもっとっもっと深い所に棲息しているはずだ。そいつはたくさんの名前を持っている。そいつは気まぐれだが、憎めないのはそいつのフォルムが抜群にセンスが良いからだ。僕はそいつと接触する方法を何となく知っている。そいつの餌はビールと煙草だ。 パブで売った煙草の利益は大したことはなかったが、ブリュッセルまでの電車賃としては十分だった。二等席に腰掛け、Daft punkの「Human after all」を聴いた。 約一時間でブリュッセルに着いた。外はまたも雨だったが気分はそれほど悪くはなかった。宿は街の中心にあり観光客で溢れている。普段ならうんざりする光景だが今日はなぜか許せた。パーカーのフードを被り、その上からコートを羽織り僕は街を散策することにした。人、人、人、雨、雨、雨。濡れた石畳の路面はクールだった。特に買い物することもなく街を一周し宿に戻った。

 同室のフランス人のエミリオンの鞄にはジャグリング用のボールが数個入っていた。彼はジャグリングを極める為にこの街の専門学校に入るのだそうだ。僕らは近くのキオスクでビールを買い、Birdy nam namを爆音で聴きながら飲んだ。しばらくして同室のマルティンとマイコンが帰ってきた。軽快なトークが弾み、気分を良くしたエミリオンが僕らの前でジャグリングを披露した。僕は芸術という陳腐な言葉があまり好きではないが、初めてそれを目の当たりにした気分になった。ボールと一緒に僕が見ている景色もくるくる回った。そして電気を消した後、あのざらついた感触が再び現れた。眠りにつくことで、そいつから離れることが出来た。 翌日ブリュッセルを去りケルンに向かった。相変わらず天候はさえない。ケルンに着くと僕は自分の目を疑った。コスプレをした大勢の人々が昼間から酔っぱらって行進しているのだ。今日はカーニバルらしく、道路には割れたビール瓶の破片、赤い顔のフーリガン達が大声で叫び、踊っている。中には際どいセクシーな衣装に身を包んだ可愛い女の子達もいる。キオスクで1ユーロのビールを買い、急いで飲み干した。その輪の中に一秒でも早く入りたかった。すごい熱量の人の輪はとても居心地が良さそうに見えた。しかし、いくらアルコールを摂取しても、いくら煙を入れても酔いばかり回ってハイにはなれなかった。

 再び僕は「そいつ」の存在に気づいた。「そいつ」は斜め上から僕を見下ろしている。僕が必死に隠している僕の中の膿のような物を「そいつ」は簡単に取り出す。ホントに厄介な存在だ。10分ほど楽しい演技をした後、どうしようもないような嫌な気分になったので、すぐにホテルに戻り毛布を被って眠りに逃げた。粉々になった瓶の破片をいっそのこと口の中に入れてしまいたいと思った。

 凍てつくような寒さの中、震える左手で煙草を吸いながらライン川と十字架をしばらく眺めていた。フーリガン達の姿は今日はない。彼らは日常に戻っていた。ベルリンに行こう。

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