冷たい恐怖と忘れたい過去
その日は親子で参加するお茶会の日で、フィン様からすれば苦手な日だった。
王太子に確実になるであろうされる第一王子のフィン様には婚約者はいない。
そして、両親の国王と王妃はフィン様にその気がなければ動くつもりもないようである。
そのため、様々な思惑からフィン様に自身の娘を売りつける親たちが多く、整った容姿からフィン様にお近づきになりたい令嬢たちにまとわりつかれるからだ。
「毎年、この日だけは仮病でも使いたくなるな……」
心底嫌そうにフィン様が呟いて、レンが乾いたような笑みを浮かべる。
「それだけ期待されているということになるんですかね」
「だといいけどさ。なぁ、レン」
「なんでしょう」
フィン様がふと浮かんだ疑問をレンに投げかける。
今日が親子でのお茶会ということもあったかもしれない。
「お前の両親ってどんな人なんだ」
「そうですね、あまりフィン様に――」
レンが口を開いた直後に、扉がノックされザックが入ってくる。
「フィン様、お時間です。それとレン、こういう場に慣れるように見学しておきなさいとフリーズ様からの伝言だ」
「え?あー、はい」
会場で先輩たちのそつのない動きを眺めながらレンは裏方で細々とした仕事をしながら、視線を貴族たちに移せば壁際に人だかりが出来ていた。
「……大変そうだなぁ」
おそらく、あれはフィン様を囲んでいるのだろうと結論づけたレンは他人事ようの呟いて、近くまで来た先輩使用人に尋ねてみる。
「ジル先輩、あれはいいんですか?」
「お助けはしたいが私たちは手を出せないからな。オーガスト様とフリーズ様頼みだ」
「大変ですね。あと二時間も」
おそらく、フィンは人気者ねくらいにしかオーガスト様もフリーズ様も思っていないだろうと想像がつくのでフィン様は終わるまであのままだろう。
「そうだな。だから予定は調整してある」
「勉強も休みになってるのはそのためですか。納得です」
フィン様にとって苦痛のお茶会が終わり、わりと力尽きているフィン様は会場近くでレンを連れ休むことにする。
「逃げ場がなくて大変でしたね。今度から目立たない感じにしてくれってお願いしてみては?」
「そうする」
少しでもキラキラしいオーラが消えるといいですねとレンは言いながら、変わらないだろうなと表情にでている。
――パリン‼︎
ガラスの割れる音が響いて、フィン様を守るように立ちながらレンが辺りを見渡すと、今日のお茶会の参加者だろう父娘がいる。
ここはひっそりとした場所で向こうからは見辛いのでこっちには気がついてないようだ。
「なんで出来ないんだ⁉︎お前はぁ」
声を荒立て何かを言っている。
レンには聞こえているらしく、わずかに顔をこわらばせている。
令嬢が父親に突き飛ばされ、また一つグラスが音を立てて割れた。
すぐには誰も来ない、だからこそだ。
レンは無意識に足が下がりそうになって、うずくまりそうになるがフィン様から声にハッとする。
「レン?」
「フィン、様。そう、ですよね」
独り言のように喋り、一度目を閉じて深呼吸をするとレンは意識を切り替える。
フィン様は心配そうな顔をしてレンを覗き込む。
「フィン様、少しそばを離れますね」
「俺も行こうか?」
フィン様の言葉にレンは首を横に振る。
「いえ、今、姿は出さない方いいです」
フィンが出れば余計な面倒なことになりかねない。
父娘を落ち着かせ、遅れて来た使用人に令嬢を医務室に案内するようにレンは頼んで、割れたグラスを破片を拾い上げる。
レンの後ろにフィン様が近づいてくる。
「そうですね、あんな感じですかね」
「……うん」
「それこそ、子供に聞かせる話ではないですけど」
フィン様は何も言わない。
けれど、話の続きを待っているようだ。
「暴力こそ振るわれませんでしたけど、自分の理想通りなら溺愛して、理想と違えば怒られて暴言を吐かれ、部屋に閉じ込められるなんてこともありましたね。あの日も確かそうでしたし」
「そっか。通りで居着いたわけだ」
「もう、なんですかそれ。人を犬や猫みたいに」
レンは呆れたように笑って、空を仰いだ。




