帰らないわけ
「フィン様も食べます?」
今まさにパンにかぶりつこうとした手を止めたレンはバスケットのからもう一つのパンを取り出すとフィン様に差し出す。
「何これ?」
味付けのされていないパンは二つに切られていて、その間には具材が挟まっている。
具材が挟んでいる点ではサンドイッチに似てなくもないが別物だろう。
「カツサンドです。あ、副料理長が作ってるので味は保証しますよ。監修は俺がしましたけど」
「ふーん。毎回よく思いつくものだね」
レンからパンを受け取ったフィン様は、レンの対面に座る。
頑固な料理長からは全く相手にされていないが、副料理長はレンの話を聞いて興味が湧いたらしく、よくレンの断片的な料理の記憶から試行錯誤を繰り返して形にしているらしい。
「思いつくというより思い出しですけど、まぁそろそろ故郷の味も恋しいですから」
頰をかいて笑うレンはそういって一口カツサンドを齧る。
本当は自分で作れたらいいんですけどねと言うレンは、誰も知らないような知識があったりもするが、大体の知識が中途半端なのだ。
料理については包丁の持ち方や焼く、煮る、炒めるなど料理法はわかっているようだが、素人に近い。
「そういえば、フィン様。何か用があったのでは?」
思い出したようにレンがフィン様に尋ねる。
「ん?なんだっけ」
忘れたようでフィン様は思い出そうとしたが諦めたようで、レンのマネをしてカツサンドにかぶりつく。
咀嚼したものを飲み込んで、フィン様が口を開く。
「そーいや、もうすぐ長期休暇の時期だけどレンはどうするんだ?」
レンから記憶喪失ではないとは聞いているが、故郷の話は料理についてばかりだ。
「んー、行く場所も帰る場所もないですからね」
「家族は寂しがったりはしないのか」
「それは、ですね〜〜」
困惑しているかのような顔をしたレンは一つため息をつく。
「弟と友人が一人、心配はしてると思いますけど、それ以外は――」
サラリとレンの方から溢れた言葉にフィン様は驚く。
孤児院の子供たちとも違う感じである。
「そんな家なので、帰る必要性を感じませんし、そもそも帰る方法がなさそうですし」
「そう、か。……弟がいたのか」
恨んでいる様子もなくけろっとしているレンに、どう声をかけていいかわからなくなるフィン様は少し悩んで言葉を出す。
「はい。あの子が慕ってくれてなければ中学を卒業直後に追い出されたかもしれないですね」
当時を思い出すように、レンが言う。
わからない言葉もあるが、大変さは伝わってくる。
「だから、シエルなんかの扱いが上手いんだな」
「そうですね、あの懐いた犬みたいなとこは似てると思います」
レンは最後の一口を飲み込んで大きく伸びをする。
「フィン様はフィン様で友人に似てるんですよね。全く違うのに、なぜか」
そういって、レンはフィン様にはにかんでみせた。




