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5)さらなる惨劇

 その日の朝、小姓達が朝食を食べていた部屋で、悲劇が起こった。

「誰か、誰か来て、早く、誰か、手が足りない」

最初に異常に気付いたロバートが叫び、大人達が駆け付けた。倒れた小姓達や小姓見習いたちを、大人達は吐かせた。

「ジャック、吐いて、ちゃんと吐くんだ、お願いだから吐いてくれ」

ぐったりとしたジャックを吐かせようとするロバートを、護衛は羽交い絞めにした。

「ロバート、お前もだ。ちゃんと吐いたか。一度でどうにかなると思うな」

護衛は、ロバートに無理やり水を飲ませて吐かせた。

「ジャックが」

「あきらめろ。身体が小さい。人のことを気づかっている場合か」

「嘘だ、嫌だ」

「うるさい、飲め、吐け」

「ジャックを助けて」

「言うことを聞け」


 騒ぎに気づいたアレキサンダーは部屋に入ろうとしたが、止められた。飛び交う怒号から、廊下の先の部屋が修羅場と化していることは容易に想像できた。


 暫くして、かけつけた医者は、ジャックを含めた数人が既にこと切れていることを宣言した。アレキサンダーは、ようやく息のある数名の顔を見ることが許された。亡くなった者達の遺体は棺に納められ、棺の蓋にはくぎが打たれた。毒に侵された遺体は危険だからと、顔を見せてもらうことはできなかった。

 悲劇の原因はすぐに判明した。食事に毒が混ぜられていたのだ。


 翌朝、その部屋にいた者の中で、息があるのは、ただ一人、ロバートだけになっていた。

ジャックも含め小柄なものは即死、他のものも次々息を引き取った。年長のローワンは助かるかと思われたが、朝を迎えることはなかった。

「なぜ、こんなことになるんだ」

眠り続けるロバートの枕元で、アレキサンダーは頭を抱えていた。アリアが死に、小姓と小姓見習い合わせて5人が死んだ。

「なぜ、こんなことがおこるんだ」

たった一人生き残ったロバートに、なんといえばいい。ロバートは母を喪ったばかりだ。ロバートに、自分以外の小姓が全員死んだ。一番かわいがっていたジャックも助からなかったなど、どうやって言えばいいのか、アレキサンダーにはわからなかった。

「どうして、こんなことになるんだ」

館にいた誰もが、答えを持ち合わせていなかった。平穏だった日々が、突然変わるなど誰も予想していなかった。


 答えはすぐに、王都からもたらされた。

 王妃が子を腹に宿したのだ。先に腹に宿した子らは、生まれることなく天に還ったあとだ。

 アレキサンダーは、王妃にぜひ、異母弟を産んでほしいと願っている。このまま住み慣れた、この地で暮らしていたい。王都になど行きたくないと思っている。だが、権力を欲するものは、王族に生まれ権力を手にできるアレキサンダーが、そんなものを欲しないということが、理解できないのだろう。


 誰かが、アレキサンダーが生きていることを望んでいない。王妃の腹にいる子を、確実に王位につけるために、アレキサンダーの命を狙っているのだ。アレキサンダーを殺すのに邪魔になる者の中で、比較的容易に殺せる、乳母のアリア、小姓達が狙われたのだ。屋敷では突然、物々しい警備が始まった。


 ロバートが目をあけたのは、そんなころだった。

目をあけたロバートが、アレキサンダーを見、その隣にいる見慣れない男をみて動こうとした。

「ロバート、この男は護衛だ」

何か言おうとしたようだが、ロバートの喉からは息が漏れただけだった。


 医者と弟子がロバートを助け起こし、薬湯と白湯を飲ませた。

「アレックス、何が、」

いいかけたロバートの目が周囲を見た。自室ではないことに気づいたのだろう。

「ジャック、ジャックは、フレディは、ジェフは、アルは、ローワンは」

ロバートは、アレキサンダーにつかみかからんばかりの勢いだった。


 アレキサンダーは心を決めた。残酷だが、事実を告げなければならない。アレキサンダーは、亡くなった彼らの主なのだ。生き残ったロバートの主でもある。

「皆死んだ。助かったのはお前ひとりだ」

「そんな」

ロバートの顔から表情が消えた。ゆっくりと目を閉じ、そのまま頽れた。

「ロバート、おい、ロバート」

アレキサンダーが声をかけ、ゆすってもロバートは目を開けなかった。


 その日の昼、もう一度目を覚ましたロバートに、アレキサンダーは何があったかをわかっている範囲で説明した。ロバートは無表情にアレキサンダーの話を聞いていた。

 ロバートが何を感じているか、アレキサンダーにはわからなかった。

 アリアの葬式の翌日、鏡の中で普段と全く同じ自分と目が合ったときと、同じ違和感を感じた。鏡に映っているロバートに話しているような気がした。


 少なくともロバートは助かった。アレキサンダーが安堵したのはつかの間だった。

 ロバートが食事を受け付けなくなった。無理をして食べても吐いてしまう。水を飲むのが精いっぱいだった。同時に、ジャックに会わせてくれと、懇願するようになった。

 周囲の大人たちが宥めても、会わせてくれ、きちんと吐かせた。死んだはずがない、会わせてくれと繰り返すだけだった。青白い顔で、ひたすらジャックに会わせてくれと繰り返すロバートに、アレキサンダーも大人達もどうしたらよいかわからなかった。


「お前が歩けるようになったら、ジャックに会わせてやる」

誰がそんな無責任なことを言ったのかわからない。ただ、ロバートはその言葉を信じた。壁に縋り、足を引きずり、わずか数日で歩けるようになってしまった。

「無責任なことを言ったやつは誰だ」

アレキサンダーの言葉に、護衛の一人が手を挙げた。

「一日暇をください。約束通り、ロバートをジャックのいるところに連れて行きます」

意味が分からずにいるアレキサンダーに護衛が言った。

「ジャックの両親は、この近くに住んでいます。近くの教会に墓もある。墓を見せればロバートも納得するでしょう」

残酷だが、必要なことだ。アレキサンダーは許可した。


 護衛と共に馬で出発したロバートを見送ったアレキサンダーの胸中には不安が渦巻いていた。馬にのったロバートの背が、壊れてしまいそうに見えた。

 無事に帰ってくるか、不安だった。

 ロバートに、必ず帰ってくることを誓わせなかったことを、アレキサンダーは心底後悔しながら、ロバートの帰りをひたすら待った。

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