9 猿にも衣装
「うん、とても似合っている」
「…………あのぅ、クロウウェル様?」
笑顔で「さすが私の天使、なんでも似合うね」じゃない。
今、私とクロウウェル様は5日後に迫った夜会のための衣装を買いに街に来ている。えぇ、見事にはめられて。
気分転換に街に行かないか? と誘われたので、初めてのデートだ、と胸をときめかせ、昼間外出する用の、少し軽装のドレスで、クロウウェル様もラフにタイを締めずジャケットの前を開けた格好で迎えにきてくださり、街中に出かけた所……馬車は、入ったこともないような高級ブティックの前に停まり。
嫌な予感はしていたけども。まさかまさかと。だって、家には袖を通していないドレスがまだ! 山のように! えぇ本当に重ねたら山になる量が眠っているわけで!
このブティックの店主は私の採寸をしてくださったお一人だったので、今日は完全に仮縫い段階。というかほぼほぼサイズの微調整でしたが、揃いの衣装がいいというクロウウェル様のリクエストによって、またこの世に私だけがぴったりサイズのドレスが生まれてしまった。溢れてるのに。
裾は紺に近い深い青で、胸元に向かって白くなっていく濃淡のある染物の一点生地に、星のようなラメを散らしてあり、片側だけ肩が剥き出しになるマーメイドラインのドレス。私のスタイルは確かに引き締まってはいますが、こうも体の線が出るのは落ち着かない。
腕には共布で仕上げられた、ラメの散りばめられた白い長手袋で、上の部分にレースがあしらわれている。着る時に穴を開けないか心配だ。
しかし、クロウウェル様の格好は実に素敵で眼福だったので、来てよかった。
私のドレスの一番濃い紺に合わせた色の、男性なので少し硬い生地に銀の細いストライプが入った細身の盛装。細身のパンツに黒い革靴と黒に薄らと青のドルマン模様が刺繍されたカマーベルト。シャツもタイもチーフも白なので引き立ちますね。
お揃いの衣装で並んで鏡の前に立ってみると……、とても、とても素敵なんだけど。クロウウェル様があまりにも完璧な美だとしたら、私は猿にも衣装というか……。
落ち込んでいると、クロウウェル様が、見て、と鏡を指差します。
「リナ嬢と初めて出る夜会では、絶対に君の瞳の色に合わせた衣装がいいと思っていたんだ。ここに宝飾品を合わせるけれど、それも青にする。私の大好きな君の瞳の衣装をお揃いで着られて嬉しい」
……音が出たのではないかという勢いで、私の顔が真っ赤になった。
まさか、こんな素敵な衣装が、私の瞳のモチーフだなんて誰が思うかと。でも、言われてみれば確かに色彩はしっくりと馴染んでいて。
「クロウウェル様……」
「ん?」
あまりに無邪気に喜んだ顔で振り向かれたので、私は嬉しいのと恥ずかしいのが入り混じった、変な顔になってしまい。
「あまり、喜ばせないでください。……こんなの、はじめてのことで……、私、混乱しすぎると固まってしまうんです」
「そこも可愛らしいよ、私の天使」
「~~っ!」
コホン! という店員さんの咳払いによって2人の世界から現実に引き戻された私たちは、顔を見合わせて照れ笑いをすると、着てきた服に着替えて今度こそカフェや雑貨屋などを巡るデートに出かけた。