8 レッスン開始……終了?
楽しいお茶会から数日。しばらくは邸に滞在されるというご両親がいる間に、パーティーにご一緒する事になった。
筆頭公爵家が出席するパーティーとなると、相当私より家格が上の方ばかり集まるはずだ。パーティー本番の2週間後までに、多少でもマナーやダンスを上達させたいとお願いした所、毎日盛装して通っておいで、とクロウウェル様に言われた。
公爵家の方が選んだ方に指導されるなら間違いない。ここからが私の苦労の始まりだわ、とアニーが日々街に赴いては仕込んでくるヘアメイクを施されて、私は気合いたっぷりに公爵家に通いはじめた。
感想。拍子抜けした。
たしかに我が家は子爵家ではあるけれど、長く続いている家系ではあるし、マナーもダンスも一通り習ってはきた。まさかそれが公爵家で通用するなどと誰が思うだろう。
マナー講師は私の姿勢の良さと歩き方は褒めちぎり、逆にテーブルマナーは少し手直しをされたくらいで。マナー講師は伯爵夫人だったのだけれど、いわく全ての基本は姿勢にあるらしく……運動神経だけはいいと自覚してはいたけれど、指先まで神経の通っている素晴らしい動作だと褒めてくれたので、あとは会話面の練習と称してカトリーヌ様を交えたお茶会になる日々だった。
ダンスの方も、踊ったことのないステップではあったのだけれど、これもまた姿勢から運動神経のよさが幸いして、厳しい指導とはならなかった。ダンス講師はバリス公爵家の執事さんで、クロウウェル様のご指導もなさっていたとか。
薄汗をかくことも無く、次々に新しいステップを覚えるのは楽しく、その楽しいが笑顔に繋がっていて表情も完璧だと褒められた。
しかし、さすがに怪しい。
これこそ仕込みでは無いだろうか? もしかして、私、今猿回しの猿のように踊らされているのでは? ダンスだけに。
マナーもダンスも問題ないからと、これまた練習が終わるとクロウウェル様やご両親とのお茶会。毎回美味しいお茶とお菓子が出てきて、私は当日までに太りはしないかとヒヤヒヤした。買ってもらったドレスは、まだ新品のものが山ほどある。
しかし、仕込みは仕込みでも、このお茶会こそが本当の仕込みだったらしい。
「君はよく勉強している。男性の会話に入っても違和感なく話せる女性はそういない」
「本当よ。それにちゃんと流行も抑えているのね。女性の会話でも困ることはないでしょう」
お茶会こそが本当の訓練だったようだ。
私はただ、穀倉地帯で育ったために、どの土地でも重宝される麦が、どの土地の何と交換されているのかを大雑把に覚えていて。父が事業をしていたから、事業経営の知識も多少知っているくらいで。もちろん自分が事業できるような知識はない。けれど、ダリアン様が振ってくださる話には確かについていけた。
流行はアニーが毎日お喋りして教えてくれているし、あの魔の10日間で最新のドレスはどんなものか、宝飾品は、靴は、とプロの売り込みを耳にタコができるほど聞かされたので、もちろん嫌という程理解させられていた。
は、と思ってクロウウェル様をみる。悪戯がバレたように笑っているが、少なくとも流行については、ドレスを贈ると言ってくれた時には予測していた事だったのだろう。
女性が男性と対等に事業や政治について話す必要はないが、ある程度理解して話を続けられるというのは社交という場では必要だ。相手を楽しませるのに、馬鹿でいてもいいのはもっと若い子だけだろう。
そして、女性の流行というのは移り変わりが激しい。雑誌を読んでいるとかならともかく、私はそれより外を歩き植物の知識をつけたりする方が好きだから……、見た目でも知識でもちゃんと恥をかかないように、クロウウェル様は仕込んでくださっていたようだ。
ここまでよくされて、パーティーでクロウウェル様に恥をかかせる訳にはいかない。
私はソツなく「ありがとうございます」と答えながら、寝る前にアニーとのおしゃべりの時間をもう少しもうけようと思った。