4 王都の屋敷に連行されます
「荷物は最小限で構わないよ。うちに通ってもらう事になるだろうから、こちらで何十着か着る物や装飾品は仕立てさせてもらうからね」
さらっと、何十着、と仰られましたが、さて、私はまだ木から落ちた時のショックから抜け切れていないのかな?
今は応接間で、明後日には帰られるというので、詳しく予定を打ち合わせていた所で。彼は何事も簡潔に、そして私には反論できない形で話を進めていく。私は、はぁ、とか、まぁ、とか、えぇ、とか言ってばかりだが、楽しいだろうか?
我が家は子爵家だが、領地の運営と発展はつつが無く行われている。お父様も事業をなさっているのでそこまでお金に困っている家でもなく。が、筆頭公爵様のお邸にお邪魔するとなれば、恥ずかしいものは着ていけない。
果たして私の手持ちで恥ずかしくないものと言ったら……そうだな、2~3着と言ったところかな。
ここはお言葉に甘えておくのが賢明だろうな……、と、私はありがとうございますと頭を下げる。
バレン公爵様はそんな私に、受け止めてくれた時のように触れはしない。けれど、どこか愛おしそうに目を細めて眺めてくる。
「……? 何か?」
「いや、本当に婚約者になったのだな、と……嬉しくて」
そう言って端正な顔の口元を片手で覆うと目を逸らされた。私は元々表情が薄いという訳でもなく、感情も顔に出やすい方だから、彼がどれだけ嬉しいのかはその仕草に嘘っぽさがないせいで分かってしまう。
やめて欲しい、私はまだ何故婚約を申し込まれたのかも分かっていないのに、無闇に照れてしまう。
麦の穂に似た濃い金髪は耳の後ろからうなじまで綺麗に切り揃えられ、横を向くとそれがサラサラと流れる。それがいちいち光に反射するものだから、見ていてちっとも飽きない。
綺麗な川の深いところにも似たエメラルドの瞳が、喜びに和らいでいる。この領地の景色にも似た色彩の彼が、比べればごく平凡の域を出ない私を望んだことがまだ信じられない。
(でも、こんなに望んでくださる方はもう出てこない気がするし)
公爵様の婚約者になるとなれば、今までのようなゆるい花嫁修行ではまず済まないだろう。まして筆頭公爵様ともなれば、こうした各直轄地の視察も仕事に含まれる。
もっとちゃんと、勉強しておけばよかったかもしれない……とはいえ、公爵様は一人で仕事をこなされているし、私が同じことをできなくてもいいだろう。
そんな不安が顔に出ていたのか、いつのまにか応接間の机に乗り出してバレン公爵様が私の顔を覗き込んでいた。
びっくりして目をまん丸にして、なんとか飛び上がらずにすんだ。心臓がバクバクする。
「大丈夫です、私の天使に無理はさせません。……君はただ、私の隣で笑っていてくれればいい。できるなら、心から」
「は、い……バレン公爵様」
「ふ……、でもよければ、婚約したのだからクロウウェルと呼んでくれたら嬉しいよ、リナ嬢」
とろけるように笑って名前を呼ばせようとしないでほしい。逆らえない……、いえ、逆らう気はないんだけど。
心臓はビックリを乗り越えてからもトクトクと早い。私の顔が赤くなるのがわかる。
「ク、クロウウェブ……ル様」
噛んだ。
体を動かす方は臨機応変だとか反射神経には優れているけれど、頭の方はよく回らなくなったり、分からないことがあると固まってしまったりする。失礼な上に恥ずかしいので、私は思考が停止してしまった。
そんな私の様子も愛しいとでもいうように、今度は手を伸ばして頰に指先が触れる。固まっているので避けられないし、やめてくださいとも言えない。
「……あんまり愛しい真似をしないで欲しい。私は長い間、君を待っていたせいか……少々、気が急いでいる。君に嫌われたくはないから、我慢するけれどね」
そう言って私の薄い茶色の髪を一房取ると、ガラス細工にでもするように唇を寄せてから離す。その間、ずっとエメラルドの瞳と私の青の瞳は視線を交わしていた。
「君の父上と話してくるよ。支度を進めておいて」
彼がそう言って立ち去ってからも私の硬直は続き、暫くしてから全身がカッと熱くなった。
(な、な、な、あれ、何、なん、え、待って、むりむりむり)
これが、王都に行ったらずっと続くのだろうか。心臓が先に壊れるか、私の脳が処理しきれなくて動かなくなるのが先か。
それでも私はアニーを含むメイドたちに手伝ってもらい、身の回りの世話をしてもらうのにアニー一人を連れて、数日後には王都に連行された。王都まではそこまで距離がある訳ではない。途中の街に1泊して2日の距離だ。
さすがに食事や宿(部屋は当然別ですよ!)は一緒に行動したが、心底、馬車は一緒じゃなくて、よかった。