22 山猿姫は公爵様の天使です
ベラ王女とのお茶会はとても楽しかった。
クロウウェル様はこれと決めた事はやり遂げる精神のお方で、言い換えれば頑固。
実はベラ王女との見合いはどうか、と陛下直々に言われたことがあるらしい。ベラ王女は恋愛なんて考えていないし、嫁ぎ先によっては色々な力関係が変わる事も理解しているから、妥当なのかも、と思ったそうだ。
「そしたらバリス公爵子息だったあの方、私は天使と結婚するので失礼ながら丁重にご遠慮させていただきます、から始めて、お父様……陛下に逆にお説教しだしたの。ご存知のこととは思いますが筆頭公爵家にこれ以上力をつけさせてどうするつもりですか、貴族の心が離れれば平民の心もやがて離れますよ、なんて。お父様もたじたじ、立場が逆よね」
「まぁ……。クロウウェル様は怖くなかったのかしら、不敬罪にならないなんてすごいわ」
「でも当時のバリス公爵に、その後思いっきり怒られていたけどね。絶対譲らなかったの。だから鋼の公爵様、と呼ばれていたのよ」
ベラ王女とのお見合いすら断ったのだ、並の令嬢がいくら粉をかけたって靡くそぶりすら見せなかったろう。
それが、公爵になって私を迎えに領地に来てからというもの、ずっとにこにこして私に甘いものだから……恨みも買うだろうなぁ。主に私が。なんだか悔しくなってきた。
そんな話を聞いて、その後も楽しくお茶をした後、今度はまた王宮に2人で来てと言われてベラ王女を見送った。
その日の夜、部屋にクロウウェル様が来た。珍しいこともあるな、と思ったけど、婚約者だし一緒に暮らしているから別にあり得るな、と招き入れる。
まだ寝支度をしていない、お茶会をした盛装姿そのままだったのだが、クロウウェル様もいつもの身なりながら少しかっちりとした姿に見える。
「立ってくれるかい?」
「はい」
ソファの端に詰めたものの、それを見て立ってくれと言われたので立ち上がって近づいた。
部屋の燭台はまだ灯されていて明るい。外には丸い月が出ていて、今日は一際明るい。
私が近づくと、流れるようにクロウウェル様は跪いた。私の右手をとる。
「これは、……極東の国の習わしらしいのだけれど、私はとても素敵だと思う。それに、天使につけるおもりにはちょうどいい重さかな」
私の右手の薬指に、何の石もはまっていない、それでいて細かな細工の施された細い指輪がはめられた。
それは確かに飾り気のない指輪だったけれど、よく見ればクロウウェル様の右手の薬指にも同じものがはまっている。
「そして、私が君のそばにいるという証でもある。……結婚する時には、今度は左手の薬指らしいけれど」
そのまま私の右手の甲に唇を落とすと、綺麗なエメラルドが私を見上げる。
「婚約して、君と一緒に過ごす日々は本当に彩り豊かで楽しい。これからも、私のそばで、私に楽しいことを教えてくれるかい? 私の天使、リナ」
言葉に詰まってしまう。
木の上から落ちた私を受け止めた時と変わらない、柔らかく微笑むエメラルド。
「もちろんです、クロウウェル様」
「私と結婚してほしい」
「あら……」
私が即答しなかったことで、クロウウェル様が少し不安そうな顔になる。
「あなたの天使は、あなただけの天使ですよ。もうとっくに。——結婚しましょう、クロウウェル様」
「リナ!」
笑顔で応じると、立ち上がったクロウウェル様に強く抱きしめられる。
——山猿姫と呼ばれた私を、ずっとずっと私の天使と呼び続けてくれた人。
私は、他の誰かには山猿姫であったとしても、あなただけの天使です。
これからずっと。
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今夜から『真実の愛を見つけたから婚約破棄、ですか。構いませんが、本当にいいんですね?〜王太子は眠れない〜』が始まりますので、軽い気持ちで読んでいただけると嬉しいです!応援よろしくお願いします!