21 公爵様は独占欲が強い
外に出てもいい、と言われたのに、おかしい。
なぜ私はまだクロウウェル様のお邸にいるのかな。その上うちの邸からドレスから装飾品から私の私物がいつの間にかお引越しされていた。はい、軟禁されていた間に。
せっかくウォークインクローゼットに改修したのに殆ど使わないまま、公爵邸にある備え付けのウォークインクローゼットがある部屋が用意されている。当然、私の部屋より断然広く調度品の質もいい部屋が。
婚約はしました。普通、結婚するまで通います、よね? いや、貴族の本来の普通がわからない。貴族のお友達がいないもので。
まして筆頭公爵の嫁になるなら、やっぱりもっと教養が必要ということでしょうか。それならまぁ、住んだ方が便利だと思う。いちいち通うより。
アニーもついてきてくれたし、私はもう諦めとなんとなくの納得でされるがまま公爵邸に住むことになっていた。
「お嬢様~、私いじめられませんかね? こんなはすっぱだし、公爵家でやっていける自信無いんですけど」
「私が公爵様の婚約者になったのよ? 大丈夫でしょう」
「それもそうですね!」
ですね! じゃない。フォローのつもりだったけど、そこはもっとこう、違う言葉があっただろう。
アニーのこの遠慮のないところが、私は好きだからいいけどね。だからアニーも引き抜いてくれたことは感謝してる。これも前に、アニーがいなきゃ化粧ができない、と言ったことを覚えていてくれたのかな。
そして、住んでみて、こうして邸内を好きに歩き回れるようになって、クロウウェル様がどれだけ忙しいのかがよく分かるようになった。
ご両親がいた時はよく一緒にお茶をしてくれていたけれど、お誘いする暇もないし、向こうから誘われることもない。
執事に私の予定を聞いてみたところ、一応私が暇にならないように時間割を組んでお勉強させてはくれるようだ。
マナーやダンス、会話に問題無しと言われているので、公爵家として必要な教育を受けることになる。
……が、2週間ほどたったころだろうか。教師の方が根を上げてしまった。
私は予算を組むのも計算をするのも物流を覚えるのも苦じゃない。どちらかと言えば好きな方だ。親が楽しそうに……というと語弊があるが、精力的に仕事をしていて、私は社交界から逃げて実家に帰っていたから、手伝うことも多かった。
何も知らない子に教えよう、というレベルの教師では務まらず、別の教師を探すことになったらしい。すみません、楽しそうなことは何でも好きなんです。
私の苦手なことって何だろうな、と思うとやっぱり化粧だろうか。一応チャレンジは続けているのだが、アニーに「顔をキャンバスにした前衛芸術ですか? 高い化粧品なんだからもうダメです」と止められて、やっぱり上達しないままだ。
あぁ、あと歌ったり楽器の演奏もできないな。絵も苦手。刺繍は狙ったところに針を指すというのが楽しいけれど、絵って自由すぎて良し悪しがわからないし。歌も楽器も同じ。詩を読むのはいいけど、音曲はまぁ……ずっと楽譜を見てるのは好き。
意外と、決められたルールで遊ぶ(やる)、というものが好きなんだな、と自分を見直す時間にもなった。
そんな頃、一通の手紙が届く。ベラ王女が、そろそろ遊びに行ってもいいですか? と聞いてきたのだ。
私は公爵邸に(いつのまにか)住んでいるし、一存でオッケーとも言えないから、忙しいのはわかっていたけどクロウウェル様に聞いてみた。手紙を添えて。
「………………ずるいですね」
「はい?」
「私は、まだ、こんなに仕事が残っていてなかなかリナと過ごせないのに。ベラ王女は2人でお茶をするなんて。……これ、受けなきゃダメですか?」
私は目を丸くした。
一応王女様から遊びに行っていいか、と聞かれているのだ。オッケーですよ、以外の返事なんて考えられない。
なのに、クロウウェル様は私と2人でなかなかお茶をする暇もないのに、と拗ねている。そう、拗ねているのだ、この方。
「ふ、……あの、クロウウェル様?」
「はい、なんですか」
「では、毎日私がクロウウェル様に日に3回、お茶を持ってきますから、この日だけベラ王女とお茶してもいいですか?」
「……! そ、そういうことでしたら、いいですよ」
分かりやすく嬉しそうにした後、咳払いをして取りつくろう様がかわいくて。
「もちろん、ベラ王女にお茶を淹れたりしませんから。私のお茶は、クロウウェル様だけのものです」
「………………、仕事が手につかないほど浮かれてしまったので、何か落ち着くお茶をお願いします」
「はい、わかりました」
このヤキモチ焼きなクロウウェル様は可愛いが、私も食事時以外に日に3回、会いに行けるのは嬉しいです。
お茶を淹れてから、ベラ王女に返事を書いて、その日の段取りを決めようかな。
公爵家でも、私は意外と楽しく暮らせている。