14 山猿姫の本能
あれから1週間、秋の日差しの眩しい日に王宮に招かれた。今日は私一人、ベラ王女の開催するお茶会に出席するためだ。
アニーは最近ますますヘアメイクの腕を上げている。少し賃金を見直す必要があるかもしれない。今まではそんなに私を着飾る必要はなかったけれど、王都に来てからは毎日のように着飾るところから肌のケアまでされている。
今日は淡い青緑のドレスに、ペリドットの宝飾品を着けている。お茶会なんて、公爵家でしかした事がないから不安だけれど、ベラ王女が私に嫌な気持ちを抱いている様子は無かった。
その辺、私は人より少し聡いらしい。本能というべきなのか、山猿姫の野生の勘、などと言われるのだが、他人の感情や体調の機微にはかなり敏感だ。
だからお茶会の会場に着いて、すぐに分かってしまった。
この会場に集まった方々は、ベラ王女以外、私をよく思っていない、と。
大方クロウウェル様の御心を射止めたのが子爵令嬢の、しかも山猿姫と呼ばれて王都から逃げ出したはずの私だというのが気に食わないのだろう。
ベラ王女には親切で優しいが、この人たちは身分で私を見ている。もしくは、嫉妬、妬み、八つ当たりなんかもあるかもしれない。
予測しておくべきだった。バレル公爵家の方々と王家の方々が特殊なだけで、本来社交の場はこういう所で、ましてクロウウェル様は美丈夫な上に仕事ができて身分も高い、超、超、超優良物件であることを。
(無事終われるかしら……ベラ王女がいるから下手な事にはならないだろうけれど)
「本日はお招きありがとうございます、ベラ王女様。お友達の輪に加えていただけて光栄です」
「こちらこそ、また会えたら仲良くしたいと思っていたの。お礼も言えてよかったわ、座ってちょうだい」
ベラ王女は賢い方で、上座と下座を作らない丸いテーブルをいくつかサロンに並べて、今日は10人にも満たないお茶会だった。
それぞれ自己紹介を済ませて、やはり話題は私の婚約話になってしまった。いつ攻撃されるかと冷や冷やしながら、私はなるべく掻い摘んで馴れ初めを話した。木登りしていた事はもちろん省く。
「本当に羨ましいですわ、バレル公爵様は誰にもなびかないで有名な方でしたの」
「えぇ、その上、昔からお気持ちを向けてる方がいたとかで……それがリナ様でしたのね」
その辺、もう少し詳しく聞きたい。
クロウウェル様はそういう話になりそうになると、私の天使、と呼んではなにかと話を逸らしてしまうのだ。
「どうしても公爵になってからじゃないと迎えに行きたくない、と言って、前バレル公爵様と取引なさったんですよ」
「あぁ、確か。公共事業を立ち上げて、陛下の認可を受けてスラムになっていた所を改修なさったんですよね。上下水道と働けない者のための施設を作って、あとは簡単な計算や書き取りを教える場所を作られて」
「あれは素晴らしかったですわ。お陰で治安も良くなりましたし、王都ではまず仕事にあぶれるという者はいなくなりましたわ。働けない者も寝床と食事、そして進んで文字や計算を覚えて子供たちに教える事で給金をもらっているとか」
クロウウェル様は自分のことは何も話されないので、つい熱心に耳を傾けてしまった。
最初こそ資金は出して設備を整えたのだろうが、この仕組みならある程度お金は健全にまわる。
働けない、というのは平民の仕事は主に肉体労働になりがちなので、立てない者や、病で体力の落ちている者でも、子供の識字率を上げる事に役立っている。将来その子らは、商家や貴族の下働きとしてその知識が役に立つ。
私も含めてだが、貴族は平民にそこまで関心を持たない。一応平民のための学校や図書館はあるのだが、それだって裕福な家の子が通ったり、そもそも文字が読めなければ利用する事もできない。
子爵領でも、基本は農民が大半を占めている。代々仕えている文官の家系の子が、教育を受けて我が家の領地の運営や事業を手伝っている。
公共事業として貧民街を健全な場所にして識字率を上げ、職業選択の幅を広げる。うーん、クロウウェル様、もう少し私に自慢してくれないかな。
こうして他人から聞くの、嬉しいけど何も知らなくて恥ずかしくなってしまう。
私は少しお花摘みに行かせてもらう事にして席を立った。
ここは王宮だから、しかもベラ王女のお茶会だからと油断していたかもしれない。
使用人にお手洗いの場所を聞いて、戻る途中、いきなり後ろから顔に布を当てられた。
ツン、と鼻の奥に刺激臭を感じた時にはしまったと思ったが、もう遅い。
(意識、が……)
私は真昼間の王宮で、襲われてしまった。