12 意外な特技ひとつ、意外な側面ひとつ
「できたよ。目を開けて」
「…………どこで覚えられたんです?」
化粧は涙でどろどろになってしまっていたはずだが、まるで来た時のように綺麗に直されていた。
クロウウェル様に化粧の心得があるとは思わず、あまりに意外な特技にお礼を言う前に疑問をぶつけてしまう。
曖昧に笑って彼はまくった袖を戻してカフスを留め直している。
深くは聞かないでおこう。ちなみに、私は化粧が下手だ。ヘアメイクも苦手。何度も練習したけれど、髪をハーフアップにするのすら、何故か左右どちらかに偏るし、編み込みなんて途中でこんがらがる。化粧品は……1度でアニーに取り上げられた。以来、ずっとアニーがしてくれている。
「手袋は外して。リナの手は綺麗だからあまり晒したくなかったけれど仕方ない」
「そうですね、帰ったら綺麗に洗っておきます」
「……パーティーが終わるまでここにいようか?」
「いえ……、でも、クロウウェル様、お茶を飲んでいきませんか?」
私は手袋を外すと、それはクロウウェル様のジャケットのポケットにしまわれた。帰りの馬車で返してもらおう。
私はソファに彼を促すと、保温容器に入ったお湯の温度をそっと触って確かめ、陶器のティーポットに茶葉を入れてお茶を淹れる。
「君は……お茶が淹れられるのか」
「運動神経とお茶を淹れるのだけは、私とってもうまいんですよ。……楽しそうだったんです、メイドがお茶を淹れる姿が。せがんで教えてもらいました」
少し茶葉を蒸らしてから、好みの濃さに抽出して茶器に注ぐ。彼の前に置いて、私も自分の分を手に取り向かい側に座った。
なんでも、楽しそう、で覚える癖がある。木登りも川釣りも、実は庭造りも好きだし、刺繍もお茶を淹れるのも好き。
そんなことを話しながらお茶を一杯飲み終わる頃にはすっかり気分も落ち着いていて、クロウウェル様もほっとしたように笑ってくれて。
戻ろう、と立ち上がった。
彼の腕に手を乗せ、私は綺麗に引き直して貰った紅を引いた唇を一文字にすると、やはり改めて言っておかなければと思った。
「クロウウェル様もお聞きになったと思いますが、私は山猿姫と呼ばれています。笑いもの……です。本当に、いいのですか?」
「リナ、私の天使。……そんなことは、とっくに知っていたことだよ。私はそんな君がよくて、君を迎えに行ったんだ」
まさか、知っていたとは思わなかった。
私は子爵の娘だから、公爵家の方が出るようなパーティーに出るお家の方とはあまりお付き合いがない。社交界の噂の広まり方とは、こんなにも早いものなのか。
「心配しないで。リナ、君は山猿ではない。今の君を見てそう言う人は、目が何かで曇っている、相手をする必要のない人だ。……それでも、君を傷つけるのなら」
「……クロウウェル様?」
「その言葉に君が傷付くなら、私が全て塗り替えよう」
それは、どういう意味だろうか?
ちょっと怖くて聞けない。でも、今日ここに来てよかった。
クロウウェル様と私、まだまだ知らないところがいっぱいあると知れたから。