10 この人に聞かれたくなかった
家格の高いお家のパーティーだろうと思っていたけど、元筆頭公爵夫妻と筆頭公爵が揃って出席するなら可能性は考えておかなきゃいけなかった。うかつ。あまりにも、うかつ。
公爵家の迎えの馬車に乗り、先に向かったというご両親のお話をされて、クロウウェル様に「ところでどこに向かっているのですか?」と聞いたところ、あそこだよ、と示されたのは……王宮。
帰っていいですか? と5回ほど聞いたのですが、もちろん却下だった。
(王宮のパーティーなら……口さがない人もいないだろうし、私の事なんて忘れているはず……)
山猿姫、と私が笑われる事は……胃がぎゅっと痛くなりますが我慢できる。ですが、クロウウェル様まで笑われたらと思うと……なんだかんだ言っても、私はまだ社交界が怖い。
顔色を悪くして俯いている私の手に、クロウウェル様の大きな手が重なる。ふと顔を上げると、優しくも真剣な顔で私を見つめていて。
この美しい人は、どんな言葉にも傷つかない。私が平民でもよかった、というこのバリス公爵家の方なら、私ごときの噂など、きっと気にも留めない。
大丈夫、と笑い返して、馬車を降りてパーティー会場にエスコートされて入る。
何かこう、視線を感じるな、と思いましたがそれはそうだ。この若き筆頭公爵様のスペックを思えば視線を感じない方がおかしい。
今日は、先日仕立てた一式に、同色のマントを羽織っていらっしゃって、本当に高貴な方をそのまま形にしたようで。いや、高貴な方なんだけど。
麦のような濃い金髪に、エメラルドの瞳、背は高く造作がよく、仕事は当然できて、人当たりもいい。偉ぶったところはないが、この方は滲み出る自信がある。
今更ながら、私はこのクロウウェル様の婚約者であることを自覚せざるをえなかった。
姿勢も動作も会話もお墨付きだ。堂々として笑っていようと思い、隣の方を見上げる。
「私の天使は本当に綺麗だ。他の方と踊ってはいけないよ?」
「クロウウェル様も、どこにもいかないでくださいね?」
「……、もちろん」
珍しいものを見た。私がちょっとわがままを言ったら、目を丸くしてから照れて顔を逸らすという。
ふだん私の天使、などと呼ぶのに、こんな事くらいで照れるなんて。可愛い人だな、と、造作や私への愛の言葉よりも、こちらの方が私には嬉しくなり。
「できれば、リナ、と呼んでください」
「……今日の君は、大胆だね」
「クロウウェル様。リナ、です」
陛下への挨拶の列に並びながら、そんな会話をしているうちに列が進み……バリス元筆頭公爵ご夫妻は陛下たちの隣に椅子が設けられて座って談笑されている。すごい。
「リ、リナ……」
「はい? ……あ。ふふ、これからも、そう呼んでくださいませ」
「……はしたない事をしそうになるから、あまり人前で……こう、喜ばせないでくれ」
はしたない事とは?
顔を赤くしてふいと前を向いたクロウウェル様にこれ以上お尋ねするのもなんだと思い、笑って流して陛下への挨拶まであと少しという所で、唐突に声が聞こえてしまった。
「あらやだ、獣くさいと思ったら山猿姫じゃない」
「本当だわ。公爵様はとうとう猿回しをされるようになったのね、綺麗な服まで着せられて」
「公爵様を侮辱するのはよくないわ。——あら、山猿姫のお顔がいよいよ真っ赤になったわね。お山にお帰りなさいよ、身の程知らずね」
聞こえていたのは私だけではないだろう。
私は顔を真っ赤にして、俯いて震えていた。こんな、こんな所でまで。今になってなお、まだ、言われる。
私は私が恥ずかしくて仕方ない。
クロウウェル様がどんな顔をしているのかを確認することもできず、エスコートの腕を解いて休憩室の方へ逃げ出した。