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書籍化・コミカライズ

追放聖女の働き方改革

作者: 辺野 夏子

「救国の聖女ですが、国外追放されちゃいました~!? アンソロジーコミック」に収録されました。ありがとうございます!

「聖女フィオナ! お前との婚約を破棄し、この国から追放する。この偽聖女め!」


 朝の祈りの最中に執務室に呼び出され、何事かと思って駆けつけたところ、突然そんな事を言われた。


「え……偽聖女、ですか?」


 18年の人生で初めて聞きましたよ、その言葉。


 私は聖女である。小さな掌に「聖石」を握って生まれてきたからだ。


 そのせいで親元から引き離され、ずっと聖女としての教育を受け、なんとか職務をこなせる様になってきた矢先なのだが……。


 ダリル王子は一体どういうつもりなのだろう。しげしげと眺めてみるが、よくわからない。というより、全くわからないと言った方が正しい。


 彼は私の婚約者である。この国の王族は、緑や青が混ざり合い複雑に輝く不思議な虹彩を持っている。聖女はその「星の瞳」を持つ男性と結婚し、子孫を残さねばならない。


 国が決めた事なので、お互いに好意がないことはわかり切っている。他に恋人がいるのは知っていた。不誠実だなとは思うけれど、私も人のことは言えない。


「お前はこの聖女エスメラルダの持つ聖石を盗み出し、自らの物として聖女を騙り、我々を騙していたな?」


「……はあ」


 ダリル様の膝に乗った伯爵令嬢のエスメラルダ様は、不敵に笑った。なぜそんなに自信満々なのかわからない。もしかして愛の力があれば何でもできる、のかもしれない。


「エドガー様は……所長は、この事をご存知なのですか?」

「あんな下賤な血の混じったやつに、偉そうに指図されるいわれはない。俺は第三王子だぞ?」


 少なくとも、ダリル様よりは私と一緒に仕事をして、聖女に関する論文を書いている「聖女管理局」の所長、エドガー様の方が詳しいと思うのだが、王子が言うなら仕方がない。エドガー様は朝が弱いし、今日は遅番なのでまだ寝ているだろう。


「何とか言ったらどうだ」


 何とか。と心の中で返事をして、これは一体、どういう状況なのかと考えてみる。


 しばしの思考ののち、私は一つの結論にたどり着いた。



 ダリル様は私を「解放」しようと考えてくれているんじゃないか? という仮説だ。



 私はダリル様と深い仲ではない。


 一応、交流を持つための時間などは設定されているのだが、特に話すこともないので、大体いつも聖女の仕事は大変だ、と愚痴をこぼしていた。


 それを気の毒に思い、自分が悪者になってまで私を「追放」することで自由を与えようと思ってくれているに違いない。


 それ以外で、こんな荒唐無稽な事を言い出す理由がない。うん。いくら何でも、すべてを超越したアホってことは、ないですよね?


「聖石さえあれば、祈りぐらいエスメラルダにもできるはずだ。さあ、そのペ……」


「は……はい。申し訳ありません、つい出来心で……赤ちゃん時代に、盗みを働いてしまいました。確かに、この聖石のペンダントはエスメラルダ様のものです。私は偽の聖女でした……」


「え?」

「え?」

「え?」


 私が小芝居に便乗したことにより、王子のお付きの人たちからもツッコミが入ったが、聖女たるもの簡単に嘘をついてはいけない。やり遂げるのだ。


「生活が貧しく……聖女になればいい暮らしができるのかと……」


「な、なるほど。腐っても元聖女。その辺は潔いな」


「い……今まで、大変申し訳ありませんでしたぁ。どうぞ命だけはお助け……いえ、このまま五体満足で解放してくださいますか? あと装飾品も、記念に持って行っていいですか?」


「あ、ああ。大人しくするなら、命までは取らない」


 ダリル様は「解せぬ」と言った顔をしながらも、頷いてくれた。やっぱりそうだ。よくわからないけど、いい人に違いない。


「それでは、こちらの聖石はお返しします! あとはよろしくお願いします!」


 私は二人に駆け寄り、エスメラルダ様の首にペンダントをかけて一目散に走り出した。


 後ろから「お、お待ちください! じょ、冗談ですよね!?」とお付きの人が私を呼ぶ声がしたが、王子が「偽聖女」と言ったのだから、私が偽聖女に違いない。



 やった。やった。やった。


 何だかわからないけど、ここから逃げられるっぽい!



 私は元聖女である。今は元偽聖女かな?


 とにかく、子供の頃に連れてこられてからずっと、聖女の訓練を受け、たまたまこの時代に他の聖女がいないからと、毎日朝・昼・晩に休みなく祈りを捧げてきた。


 でも、それももうおしまいだ。


「追放」されるのだから、こことはおさらばだ。お別れが言えないのは悲しいけれど、仕方がない。聖女でなければ、私はあの人とは何の関係もないのだから。


 身の回りのものはほとんどない。小さめのネックレスとか、ギリギリ地味そうな服をカーテンで包んで背中に背負う。


 番兵の人たちが引き止めてきたが、聖女には乱暴どころか、婚約者以外の男性は触れてはいけない。


「私に乱暴してみなさい! 呪いますよー!」


 この一言で、だーれも手出しはできないのだ。勇気のある人がいても「私は偽の聖女です!」と「王子が私を追放しました!」と言えばなんとかなった。


 せめて馬車で送らせてくれと言うので、ありがたく乗せてもらい、王都を脱出する。行きたいところがあるのだ。



 私は港街にやって来た。エドガー様の出身地。生まれて初めて海を見た。


 とりあえず、街をぶらぶらする。すぐ食べられそうなものがたくさん売られている。


 聖女は殺生が禁止と決まっているので、魚を食べた記憶はもう、ない。物心ついてからずっとパンと野菜だけ食べて生きてきた。


 祈りの最中に「別にそんなことしなくていいんだよ?」と声が聞こえる気がするのだが、何百年も前から決まっていることで、私の意見は取り入れられなかった。


 魚のフライなるものを買ってみる。串がついていて、立ったまま食べられる。熱い。


「んまーい」


 聖女はそんな言葉使いをしちゃいけないんだけど、小さい頃の記憶がそう言わせた。



 午後の祈りの時間だ。この国を覆う結界が、ほんのちょっと、髪の毛の一本ぐらい弱くなったのを感じる。


 まあ、でも大丈夫でしょう。頭の中で軽く祈りを捧げてみると、簡単に結界を復元することができた。


 どうやら、私はあの聖石と離れても繋がっているらしい。


 エドガー様の研究の通りである。私は力が強いから、離れていても結界を維持できるんじゃないか? と言う仮説がある。


 しかし、伝統的なやり方を変えるのは、反発がものすごいのだ。私が大変でも、だれも困らないしね。


 これならあのまま、エスメラルダ様が聖女ってことでなんとかなるんじゃないかな? とぼんやり思う。


 さっきと同じ屋台で、おかわりをした。夜は肉を食べよう。


 エドガー様は私に気を使ってあまり話をしてくれなかったが「ビーフシチュー 」と言う料理が好きらしい。私もそれを食べてみたい。


 海を眺める。小さい島がたくさん見える。無人島かな? それとも、人が住んでいるのだろうか。どこまでいけば、この国ではなくなるのか、私は知らない。


 各国の聖女によって、国境線が保たれている──私はこの国の聖女なので、他の国に行ってしまうと力が発揮できなくなるらしい。つまりは完全に一般人ってことだ。


「よーし、試しに船に乗って違う国に行ってみよう」


 船着場でチケットを買ってみる。出発は15時らしい。



「ま、待て! 待て待て待て待て頼むから待ってくれ」



 後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。


 この声は「聖女管理局」の所長、エドガー様の声なのだ。全力で走ってきたのか、メガネがずれている。


「所長、おはようございます」

「昼だ! むしろ午後だ!」


 エドガー所長は真面目なのだ。悪く言えば頑固で融通がきかない、よく言えば誠実で親切で責任感があって頑張り屋さんで信用のできるひと。


 私がへらへらしていたので、エドガー様は眼鏡を拭いてかけ直した。かわいいね。


 狭い世界のことしか知らないけれど、今まで見た男性の中で一番この人が可愛いと思う。今日街に出てきて、それを再確認できたのはいいことだ。


「フィオナ、一体何を考えているんだ!?」

「愛について」


 私がカッコよく返答したので、エドガー様は言葉に詰まった。


「……その。君の怒りはもっともだ。あいつがあんなにも馬鹿だとは思っていなかった」

「怒ってないです」


「大変申し訳ないのだが、国のために戻ってきてほしい。婚約は解消させるが、いくらなんでもこの状況はまずい」


「いいですよ」


 私がすぐ返事をしたので、エドガー様は少し意外そうな顔をした。私がブチ切れていると思っていたのかもしれない。


「だって、所長。そんなに必死に追いかけてきて、責任を追求されたんでしょう。今日は遅番だったのに叩き起こされたんですよね?」


「叩き起こされはしたが……ここには自分の意思で来た。君が心配だったんだ」


 私が自由になって、エドガー様が責任を追及されるのはとても気の毒である。この人は突然現れて驚くべき速さで所長に就任したあと、私に何かと気を使ってくれたのだ。


 もしエスメラルダ様を膝に乗せ「この偽聖女が!」と罵ってきたのがエドガー様だったら、私はこの国を呪っていただろう。


 よくしてくれた。本当に、良くしてくれたのだ。


 聖女だから、できて当たり前。やって当たり前。祈るだけであとは何もしなくていいなんて、恵まれた身分。


 聖女は怒らない。嫉妬しない。恨まない。か弱きものを見捨てたりしないし、婚約者がいる身で他の男に横恋慕したりしない。いつも微笑み、すべての国民のため、いつか魔力が尽きるまで祈り続ける。


 私の人格なんて必要ないのだ。ただ、無心で祈っていればそれでいい。


 そう思っていた私に「それは違う」と言って、こっそり色々取り計らってくれたのがエドガー様だった。


 自分も君ほどじゃないが、望まない場所で生きる事を強要されてきた──と、一度だけ聞いた事がある。


 この人を困らせたくはない。王宮に、戻ろう。でも、一つだけお願いを聞いてほしい。


「ねえ、エドガー様……私のこと、必要ですか?」

「ああ」


「それなら、きちんと定年まで勤め上げてくださいね。先に結婚とかしたら、恨みますから。聖女の呪い、怖いですよ?」


「ああ。誓う。君が望むなら、喜んでそうしよう」


 それなら。それなら頑張れる。でも、それだとエドガー様が結婚できなくて、孤独な老後になってしまったら申し訳ないな……と、私は自分で呪うと言っておいて、ちょっと落ち込んだ。


「いや……待てよ?」

「?」


 エドガー様は急に、空を見て何かを考え始めた。ちょっと期待する。こうやって考え込むときは、何か素晴らしい事を思いついた時なのだと、私は知っている。


「もしかしなくても、先ほど、ここから結界の調整をしたな?」

「はい」


「いいことを考えた。ちょっと付いてきなさい」


 私はエドガー様に連れられて、街をいろいろ見て回った。どうやら、住むところを探しているみたい。


「エドガー様のおうちはないんですか?」

「あるが、母親と同居したくはないだろう」


「えっ、そんなことないですよ。お母さん、見たいです」

「意気投合されたらかなわん」


 いろいろ見て回って、やっと小さな白い家にたどり着いた。


「とりあえず、ここに住みなさい」

「帰らなくてもいいんですか?」


「いい。俺が説得する。大体、別に聖女と婚姻をするのはダリルじゃなくてもいいわけだ。何でこんな簡単なことに今まで気がつかなかったんだ?」


 何だか急に気持ちが落ち着かなくなって、自分の頬を撫で回してみる。エドガー様はまだぶつぶつ文句を言っていた。


 ごほん、と咳払いをして、エドガー様は真面目な顔でこう言った。


「今日から、ここを聖女管理局の出張所とする。私が所長と庶務と警備員と料理長を兼任する。お付きの女官は用意できないから、君も自分のことは自分でするように」



 数日間、私はワクワクしながら「実験」していた。この位置から、1日1回祈りを届ける。


 王宮に、私がここからでも「祈り」ができる事を証明できれば、この「出張所」が認められるかもしれない。


 そうしたら、エドガー様もこちらに「異動」してきてくれるのだ。


 それは左遷ではないのか?と尋ねると「ずっと仕事を辞めて故郷に帰りたいと思っていたが、心配で出来なかった」と答えてくれた。


 今まで「婚約者のいる身で他の男性と話すのは、はしたない」からあまり話すことができなくて、何年もの間繋ぎ合わせた情報だけでやってきた。


 でもこれからは、なんでも質問していいのだ。戻ってきたら何を聞いてみようかな。


 待っている間、エドガー様のお母様がやってきた。美人だった。


 昔、お城でメイドをしていたらしい。お父様の事は少ししか教えてもらえなかったけど、王都にいるらしかった。



 数日後、本当にエドガー様は戻ってきてくれた。私服姿を初めて見た。かわいい。仕事服の方が賢そうに見える。


「実験の結果、やはり祈りは1日1回で、肉も魚も食べて良く、場所は王宮でなくても問題ないことが立証された。いままでの仮説が認められただけなんだがな。なんというか、皮肉だ」


 私は拍手した。これで私の後に聖女をやらされる子がいても、ちょっとはマシな生活が送れるだろう。


「ただ、聖女がここにいることを知られてはいけない。市民が気を使ってしまうからな」


 エドガー様は、ものすごく、ものすごーくかしこまった顔をした。


「いいか、フィオナ。俺たちはこれから先、夫婦として振る舞い、隠し通す。できるか?」


 私は力強く頷いた。


「いつまでですか?」

「死ぬまでだ」

「狭くなったら、お引っ越しできますか?」

「もちろんだ」

「晩ご飯は、ビーフシチューが食べたいんですけど」


「今からか……善処する」


 夜は本当にビーフシチューを作ってくれた。こんなに美味しいものは初めて食べたと思う。


「煮込み時間が足りない。もっと上手くできる」

「明日も食べられますか?」

「他にも色々作れる」


 明日は何が出てくるのか楽しみである。食後のお茶は、私が市場で買ってきたカップに入れてもらった。


「そういえば……思い出したんですけど、ダリル様とエスメラルダ様はどうなったんでしょうか?」


「愛があればなんとでもなるさ。この国には王の血を引く奴なんて沢山いる。一人や二人、いなくなったところで変わらんよ」


 いなくなった。と言うのは……彼もどこかに追放、ないしは左遷されたらしい。


 何だかちょっと気の毒な気がした。他にも意地悪な人は沢山いたし、結果的にダリル様は最高の仕事をしてくれた訳だからね。


 まあ、夫となる人の前で元婚約者の事を考えるのは不誠実だから、やめておこうかな。


 ランプの光が揺らめいて、眼鏡越しにエドガー様の瞳が輝いた。


「星の瞳」だ。思わずじっと眺めると、ばつが悪いのか、ちょっと気まずそうな顔をした。やだ、カッコいい。


「まあ、そう言う事だ」

「はい」


 今まで知らなかったエドガー様の秘密を知ってしまった。明日はどんな真実が明らかになるのか、非常に楽しみだ。

お読みくださり、ありがとうございました。他にも色々投稿していますので、もし良ければそちらもお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] どんな秘密が出て来るのかこの先が楽しみだ(笑)
[気になる点] 石はかえしてもらえたのか?
[一言]  良いと思うものの、短いです。
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