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2、錬金術師と呼ばれる侯爵

書いているはずの作者も疑問に思う事があります。

(主人公のフルネーム、いつ分かるのかしら……?)



一級建築士が内装にまで拘ったその応接室では、一対のソファーの片方に、超絶笑顔の糸目の男が、報告書片手に座っていた。何があったのかはしらないが、ご満悦である。

もう片方では対照的に不機嫌そうな令嬢が、ソファーの上に運ばせたお気に入りのクッションにもたれかかりながら、恨めしそうに男を見ている。


「いやぁー、ほーんと、辺境伯の娘さんが有力かと思いきや!ここで隣国の騎士を味方につけるとは!リィーちゃんはやんちゃだねぇ」

「……お父様、やんちゃしたのはお兄様の方です。私、領地に行ってません」

「えっ、あ、あー。そそそそーだねぇ!リィーちゃんはそのお隣に、調査に行ってくれたんだった!ありがとー!お父様、リィーちゃんのこと大好きだよーー!!」


……男は、名前をセオ・シルバーコート。侯爵位を持つ、歴とした侯爵である。かつて学生の身でありながら、果物一つ買えないたった一枚の銅貨を僅か半月で、大金貨数百枚と言われる超一級建築家の最高傑作の建物にかえた。


"錬金術師"と持て囃され、他にも数々の逸話を持つが、家での気の抜けた姿は、贔屓目に見ても、ただ娘に甘いだけの親である。


「お陰で確信が持てたよ。今回は見送りだね!

ヴィルよりもリィーちゃんの方がうまくやるのは分かってるけど、今回は息子を信じてリィーちゃんに一仕事してもらって正解!僕英断!ミュエンもきっと褒めてくれるね!」


……ついでに、妻にもベタ惚れである。


普段は何を考えているのか分からない笑顔を張り付け、冷静に、狡猾に、薄く開いた目蓋の奥からその時最も利益ある手段を選び取る冷徹な男と言われている。


彼に付けられた"錬金術師"と言う呼び方は、確かに大成功を収めた故の賞賛のように聞こえる。


しかし実のところは、セオを妬んだ貴族たちが公然と、ただし表立って馬鹿にしているように見せないために付けた渾名である。

多分に孕んだ悪口としては、"守銭奴"、"成金"、"詐欺師"あたりだろうか。

……彼は気にする様子もなく、寧ろ態々敵だと判断する材料の一つをくれてありがとう、とご満悦であるが。


「夜会のことは、まあお疲れ様。今回の事を僕から報告した上で、"次はない"って言っておいたから、今度は土壇場でキャンセルなんてされないよ。

それから次、もしやるのなら各界の有識者とその配偶者や期待の騎士たちを招待する夜会にしようね。馬鹿は入り込む前に潰してしまおう!」


セオはご機嫌ナナメな娘に対して、頑張ったご褒美と言った。令嬢はちらっと父親を見て、その手元にあるリストを睨みつけた。


「次の"仕事"が届いてるよ。

最近王子が懇意にしてる伯爵家で、身内だけのパーティーがあるようだから、行っておいで」

「……ご褒美と言うならせめてイリス様の姿絵くらい用意してくれてもいいと思います」

「娘のお願いは極力叶えるけどそれは却下。……僕のかわいいかわいいリィーが夢中になってるだなんて羨ましすぎるんだよ。

姿絵あげたらそればっかり見てお父様のこと見てくれないでしょ!絶対やだ!!」


親バカを晒している姿からは、普段の侯爵の様子が全く把握できないが、本当に本当に、この男は有能なのである。だから命令を受け密書を持ち、頻繁に国内外を飛び回っているのだ。

……そのついでに行なっている投資やその他諸々が彼の錬金術師の名を知らしめて、いいカモフラージュになっているのだが、それを知る貴族はほぼいない。


「リィーちゃんが冷たいよ、ローグ……」

「いい加減になさいませ旦那様。お嬢様は今回とても頑張ったのです。報酬が目の前で水の泡になりましたがやり遂げました。そんなお嬢様にご褒美と称して更に"仕事"を押し付けるなど……流石ですね」


今僕、暗に鬼畜って言われてる?とセオが言うと、執事は何のことだか。と笑う。


「で、でもでもこれ本当に、本当にご褒美なんだよ!?"仕事"したら、次の王家主催のパーティーに、王子が護衛騎士を連れて、最初から最後まで、絶対に途中退場なんてせずに、その場にいる事を誓ってくれたよ?!」


令嬢と執事は2人揃って胡乱な目を向けた。

セオは心外だとかなり衝撃を受けている。だが、2人がそんな目をするのには理由がある。


単純に、あの王子はドタキャンが大得意だからである。誓いなんぞ数秒で忘れる人間だと2人は思っていること。

そしてもう1つ理由。セオが嘘をついている可能性があるからだ。"命令"であり"仕事"である以上、やらないわけにはいかない。それは分かっているため、セオは娘のやる気を引き出すために、口から出まかせを言っている可能性が拭いきれないのである。


「宣誓書もちゃんと書かせたよ!」

「「先にそちらを出してください」」

「はい……」


……何度も言うが、この侯爵は一応、家の外ではもっとしっかりしている。

セオは落ち込んだ様子を見せつつ、一枚紙を出した。

令嬢と執事は内容を読んで、確かに穴や抜け道がない事を確認、王子直筆のサイン、そして王の認印まである事を確認した。


「確かにこれなら反故には出来ないでしょうな。しっかり内容まで作り込み、王にまで見せて逃げ道をなくす手腕。流石でございます」

「それほめてる?」

「ベタ褒めだよー。ありがとうお父様」

「わあ本当!?リィーちゃん嬉しい!?」

「うんうん嬉しいですー。準備があるので失礼します」

「物凄く棒読みな気がするけどリィーちゃんが嬉しいならいいや!」


令嬢は宣誓書はその場に残して、リストだけ持ち、応接室を出て行った。これからやる事があるのだ。


因みに、宣誓書の内容を要約すると、とある伯爵家の身内だけのパーティーに、お手伝い要員として参加。その様子を事細かに報告をすれば、月末に控えた王家主催のパーティーに、必ず護衛騎士を引き連れて参加します、というものだ。もちろん護衛騎士は名指しで指定してある。イリス、と。


ここまで書いてあってやっと信用するあたり、令嬢は相当用心深い。というか、疑り深い。父親譲りと言われれば否定できないが、悪化させたのは多分王子のドタキャン癖である。


ともあれ、親の前では澄ましていたものの、嬉しいのはバレバレであった。

例えば跳ね気味な足音や、明るめの声。つい先程まで不機嫌を隠しもしなかったのに、打算とはいえ笑顔を見せる程の余裕も出ている。


「(王家主催のパーティーという名のイリス様の鑑賞会のため)頑張るぞー!」


元気になったお嬢様の姿に、使用人たちも安心したのだった。

それを見送った侯爵は宣誓書をしまうため、鍵付きの金庫を開く。


「ローグ、リィーは本当にあの護衛騎士を好いているんだよね?何で私に相談しない?私が家格が合わないから反対すると思ってる?」

「いえ、お嬢様曰く、恋人や婚約者の関係性になるには余りにイリス殿が眩しすぎて、正気でいられる自信が無いそうです」

「リィーちゃんは恥ずかしがり屋さんだものねー。かわいいし、嫁に出したく無いからそのまま隠れんぼでも私は構わないけど……」

「旦那様?お嬢様をオールドミスにするのはミュエン様も望まない事でしょう」

「まあ、そうだよねー……」


宣誓書と共に、もう一枚の宣誓書を金庫の中に仕舞い込む。勿論宣誓書のサインはセオがしたものでは無い。させたと言うか、自分からセオの噂を知っていて叩きつけて来たようなものだった。


"シルバーコート侯爵は、どんなガラクタも金に変える錬金術が使える。

一粒の砂を大輪の薔薇に、

一枚の紙を金の櫛に、

一銭の硬貨を白金の鉱石に変える。


彼は無価値を価値へ変える天才なのだ。


しかし、だからこそ、彼は価値ある"得難いもの"を寵愛する。

得易い価値あるものを得て来た彼は、得難いものがいかに"得難い"のかを知っている。


彼は多少の得易い価値あるものを掠め取られるくらい、庭に猫が入り込むのと同じと考えて野放しにする。


だが、僅かにでも、覚悟のない者が彼の"価値あるもの"に触れれば、その者の価値は永遠に失われるだろう。


何故なら彼は錬金術師。

価値あるものを生み出すが、

その逆だってお手の物"


侯爵は閉まっていく金庫の扉の隙間から、宣誓書の名前を、その細い瞼の奥に隠れた瞳で見つめていた。


「さあ君は果たして僕から"宝石"を奪えるのかな」


読了ありがとうございます。

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