皇帝ロキ
時は西暦2020年5月17日。現在世界中を感染症が襲っている真っ只中である。
「さて、今日も見て回るとするか」
そう言いながら、次世代型VRマウントデバイスを着ける中年の男性。
彼の名は水中一郎。VRMMORPGフェイトワールドの開発責任者兼ゲームマスターの男だ。
「ログイン」
一郎がそう呟くと、一郎の意識はゲーム内へと入っていく。
ゲーム内での彼の名前は「ロキ」。
見た目は10代後半といったところだろうか。
黒いマントを身に纏い、腰には日本刀を携えている。
フェイト内での彼の役割は、「皇帝」である。
最終的にプレイヤーがたどり着くいわばラスボスである。
しかし、現時点ではそこまでたどり着くプレイヤーがいないため、定期的にゲーム内の見回りをしているというわけだ。
「よし、バグもないし順調のようだな」
ロキはそう呟きながらゲーム内を見て回る。
(しかし、在宅勤務というのも退屈だな。こうしてプログラムのバグがないか見回るくらいしか仕事がないのだから)
そして、ダンジョン内を歩いている時のことだった。
ロキの足元に魔法陣が出現した。
「なんだ!?こんなの作った覚えはないぞ!!」
そう叫んだ時、辺りは白い光に包まれた。
「うわぁぁぁ!」
そして、光がおさまりロキが目を開くと、洞窟のダンジョンだった風景が一瞬にして森の中になっていた。
「ん・・・なんだここは・・・とりあえずログアウトするか」
そう言って手をかざし、メニューウインドウを出す。
「なに!?ログアウトがない・・・だと?」
メニューウインドウは出たものの、そこにはいつもならあるログアウトの項目がなかったのだ。
「いったいどうなってるんだ?」
とりあえずロキはメニューウインドウからステータスを確認してみる。
「ステータスは変わらないみたいだな」
レベル1
HP 120000
スキルポイント 30
と表示されていた。
「ストレージオープン」
ロキがそう呟くと、メニューに所持しているアイテムが表示された。
その中から『水』をタッチすると、ペットボトルに入った水が出現した。
それを開け、一口飲むとロキが呟く。
「アイテムはそのまま使えるようだ。フェイト内ではHPを10しか回復しないゴミアイテムだが、ちゃんと飲めるな」
次にアイテム欄から『ただのガム』をタッチした。
名前の通り、何の効果もないただのガムだ。
それを口に放り込み、噛みながらロキは今の状況を考えていた。
(どうやらこれはラノベとかでよくある異世界転移というやつか。しかし、誰が何の為に・・・。まずはこの世界のことを知ることが優先だな)
すると、森の中から少女が走ってきた。
「そこのあなた!逃げてください!!」
少女はそう言いながら彼の横を走り去っていく。
「なんだ?いったいなにが・・・」
ロキが見た先には、こちらへ向かい飛んでくるドラゴンがいた。
「なんだ?トカゲ風情が私に勝負を挑むか」
するとドラゴンは炎のブレスをロキに向けて吐いた。
しかし、ロキの前に光の壁が現れるとそれを防いだ。
「どうやらキサマのレベルでは私にダメージを与えることはできぬようだな」
ロキは右手を突き出し、
「迅雷!」
そう叫ぶと、ロキの手のひらから電撃が飛び出しドラゴンに直撃した。
そして一瞬にしてドラゴンは絶命してしまった。
「ふん、一撃でやられるなんて面白くもなんともないな」
すると、先程まで逃げ回っていた少女が傍へとやってきた。
「あの、あなたさまは一体・・・。エンシェドラゴンをああも簡単に倒してしまうなんて・・・」
「私の名はロキ。キミにいくつか尋ねたいことがあるんだが、いいかね?」
「は、はい!私でできることならなんなりと!」
少女は慌てながら答えた。
「まず、ここはどこだろう?」
「ここですか?ここはディアグランド国の郊外の森の中ですけど・・・」
「ディアグランド・・・そんなの作った覚えはないな・・・」
「え?作った?」
「いや、なんでもない。で、さっきのドラゴンはなんだ?」
「あれは、エンシェントドラゴンといいまして、この地一体を支配するドラゴンです。私はその生贄に差し出されたのです」
「生贄だと?」
「はい。私達の村では年に一度エンシェントドラゴンさまに生贄を差し出すことで、村には手を出さないという契約がかわされているのです」
「なるほど。まぁしかしそのエンシェントドラゴンが死んだ今生贄はもう必要ないだろう」
「は、はい。ありがとうございます。あの、一つよろしいでしょうか?」
少女が少し申し訳なさそうにロキに尋ねる。
「ん、なんだ?」
「あの、ロキ様はこの国に詳しくないようですのでよろしければ私が案内しましょうか?」
するとロキは少し考えていた。
(ふむ。どうやらここはフェイトワールドの世界とは違うようだし、この少女を連れて行くのが得策か・・・)
「わかった。キミが構わないのであればお願いしたい」
すると少女は不安そうな顔から喜びの表情に変わった。
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「いや、何故キミが礼を言うんだ?頼んでいるのは私なのだが」
「あ、すみません。実は私、生贄に出された時点で村に住む資格を失っておりまして。行くあてがないんです」
「なるほどな。まぁ、キミにも事情が色々あるのだな」
「イリアです」
「ん?」
少女の発言がよく分からずロキが聞き返した。
「私の名前です。イリア・アシュフォードと申します」
「そうか。ではこれからよろしく頼むぞ、イリア」
「はいっ!」
そして、ロキはイリアを仲間に加えて元の世界に帰るため旅立つのだった。
森の中を歩くロキとイリア。ロキはふと考えていた。
(しかし、どういうことだ?言語が同じというのは・・・一つ試してみるか)
ロキは歩みを止め、手をかざしメニューを開いた。
「あの、ロキ様。どうなさったんですか?」
イリアが不思議そうな顔をしてロキに尋ねた。
ロキ以外の人間にはメニューウインドウは見えておらず、ただ手をかざして何かしているようにしか見えていなかった。
「いや、ちょっと待っていてくれ」
「は、はい」
ロキはアイテム欄から『手帳』と『ペン』
をタッチすると、手元に現れた。
これは攻略のメモを書くために全プレイヤーに配られている初期アイテムだ。
「わっ、ロキ様!突然本が現れました!これはいったい・・・」
目の前で起きた不思議な現象にイリアは戸惑っていた。
「まぁ、気にするな。イリア、キミは字は書けるか?」
「はい。書けますが、それが何か?」
そして、ロキは手帳とペンをイリアに差し出した。
「これに自分の名前を書いてみてくれ」
「わ、わかりました」
イリアは手帳とペンを受け取ると、手帳を開き『イリア=アシュフォード』と記した。
「これでよろしいでしょうか?」
イリアが手帳をロキに見せる。
(文字も一緒か・・・)
「ああ、ありがとう」
そう言いながらストレージに手帳を戻した。
「ロキ様、もしかしてそれは収納魔法というものですか?」
イリアが尋ねる。
「魔法だと?この世界にはそんなものが存在するのか?」
「え?は、はい。私は少ししか使えませんが」
「そうか。これは魔法ではない。まぁ、特殊能力といったところか。ところで、今はどこへ向かってるんだ?」
「とりあえずは王都ディアグランドに向かってます」
(なるほど。まずは大きな町で情報を集めるとするか)
そして、しばらく歩いていると森を抜け大きな平原に出た。
「ロキ様、この付近には盗賊がよく現れるのでお気をつけください」
「そうか。では少し探ってみるか。ソナー!」
ロキはそう叫ぶと目を瞑り、探知スキルを発動した。
半径5kmに存在するプレイヤーを探知できるスキルだ。
「1キロ先に動く人影が4人、さらに1キロ先にじっと動かない人影が10人か。この動かない人影が盗賊だろうな。とりあえず確認してみるか。ちょっと失礼」
そう言いながら、ロキはイリアを脇に抱えた。
「えっ!?ロキ様?」
突然のロキの行動にイリアは唖然とした。
「ちょっと走るから、舌を噛むなよ」
そしてロキはイリアを抱えたまま走り出した。
すると凄まじいスピードで、目標の人影の場所へとたどり着いた。
そこには馬車がいた。
ロキの気配に気づいたのか、馬車が止まり、中から人が出てきた。
「何者だ!?キサマ、盗賊か!」
出てきたのは、剣を構えた若い男だった。
「こんな、少女を抱えた盗賊がいると思うか?」
ロキはイリアを地面に降ろしながら答えた。
「どうせどこかから誘拐してきたのだろう?」
男は剣を抜き、ロキに向けて構えた。
「ほう?私に向けて剣を抜いたからには私も黙っているわけにはいかなくなったな」
ロキが男に向けて手をかかげた時だった。
「お待ちください!このお方は盗賊なんかではありません!私の命の恩人なのです!どうか剣をお納めください!」
イリアがロキの前に立ち、両手を広げながら叫んだ。
すると男は剣を鞘へと収めた。
「そうか。それはすまなかったな。なんせこの道は通常は商人か、それを狙う盗賊しか通らないものでな」
「まぁ、わかればそれでいい。私はロキ、こっちの少女はイリアだ。王都に向けて旅をしている」
ロキが男に名乗った。
「俺はルークだ。ハンターをしている」
「ハンターとは何だ?狩りでもするのか?」
ロキは聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「ハンターを知らないだと?あんた何者だ?」
「いや、私は少々このあたりの常識に疎くてな」
ロキは正直に答えたところで信じるわけがないと考えて適当に誤魔化すことにした。
「ハンターってのは、ギルドから依頼を受けてクエストをこなしていく職業だ。今はこの馬車の護衛の依頼を受けている最中だ。王都に向かうんなら一緒に乗っていくかい?なぁ主人よ、別に構わないだろ?」
ルークは馬車の手綱を握っていた男に尋ねた。
「わしは別にかまわんよ。好きにするといい」
男がそう答えた。
「そうか。それは助かるな。よろしく頼む」
そう言って、ロキとイリアも馬車の中へ乗り込んだ。
馬車の中には若い女性が2人座っていた。
「話は聞いていたわ。私はサファイア。ルークと同じパーティーのハンターよ」
そうロングの髪の女性が話しかけてきた。
続いて隣に座っていたセミロングの女性も口を開いた。
「同じくハンターのルビーです。サファイア姉さんの妹です」
(ルビーにサファイアって、宝石かよ!)
ロキは心の中でつっこみを入れた。
「私はロキ、こっちはイリアだ。よろしく頼む」
そして馬車が走り出したところでロキは本来の目的を思い出した。
「ああ、そういえばこの先におそらく盗賊であろう集団がいるぞ?」
「え?なんだって!?ルビー、サファイア!戦闘準備だ!」
ルークがそう叫ぶと、ルビーとサファイアは杖を握った。
「私も手伝うか?」
ロキはルークに向かい尋ねた。
「いや、あんたはこのまま中にいてくれ。これは俺達ハンターの仕事だ。事前に知らせてくれただけで十分だ。準備ができたからな」
「そうか。ではこのまま見学させてもらうとしよう」
しばらく馬車が走っていると、突然止まった。
外を見ると、武器を構えた男達に馬車は囲まれていた。
「大人しく積荷をよこしな!そうすれば命だけは助けてやる」
盗賊の男が主人に向けて叫んだ。
すると、ルーク達は馬車を降りて盗賊に向かい構えた。
「ちっ、ハンターがいやがったか。しかしこの人数相手に勝てるか?やっちまえお前ら!」
男が叫ぶと、盗賊達は一斉にルーク達に襲い掛かってきた。
「神速剣!」
そう言いながらルークが剣で盗賊に向かい一瞬で5人を斬り倒した。
そしてルビーが杖を構えた。
「灼熱の炎よ、骨まで焼き尽くせ!ファイヤーブレイズ!」
そう叫ぶと、杖の先から炎が現れさらに盗賊2人を倒した。
「私だって!」
サファイアがそう叫ぶと、サファイアも杖を構えた。
「冷気よ、一瞬にして凍てつかせよ!フリーズエレメント!」
すると、盗賊2人が完全に凍りついた。
「よし、あと1人!」
ルークが残りの1人に剣を構えたその時だった。
「くそ!このままやられるくらいなら」
男がそう言いながら天に手をかかげ、何やら唱えはじめた。
「この身を捧げ、力となして召喚せん。いでよ、サタニバル!」
男はそう叫ぶと、自らの心臓にナイフを突き刺した。
すると男の体から黒いオーラが現れた。
「こ、これは、召喚魔法!?」
そうルビーが叫んだ。
そして、黒いオーラはやがて巨大な悪魔へと変わった。
「あれは、まさか悪魔!?あんなの人間が勝てるわけない!」
サファイアが叫ぶと、悪魔が口を開いた。
「ほう、まさか我が人間ごときに呼び出されるとはな・・・せっかくだ。久しぶりに恐怖に怯える人間の悲鳴でも聞いておくか」
悪魔がそう言いながら、両手を突き出すと、黒い光の玉が現れた。
「ダメ!あれは防御できない!」
ルビーが叫ぶと同時に、黒い光の玉がルーク達に向かって飛んできた。
しかし、それはルーク達に当たることはなく、光の壁に弾かれたのだった。
「なんだと!?」
悪魔が見た先にはロキが立っていた。
「やれやれ、ドラゴンの次は悪魔とか、フェイトよりゲームっぽいな」
「ロキ、あんたはいったい・・・」
ルークが呟いた。
「まあ、馬車に乗せてもらった礼くらいはさせてもらおう」
ロキはそう言うと、空に浮いている悪魔めがけて飛び上がった。
「ふっ、人間ごときが我に向かってくるか。これでもくらえ!」
悪魔がそう言いながら、さっきよりも大きな玉を作り出し、ロキに放った。
しかし、先程と同じように光の壁に弾かれるのだった。
「悪魔もたいしたことはないな。絶剣!」
ロキが刀を抜き、一瞬で悪魔の右腕を斬り落とした。
「ぐあぁぁぁ!な、なんで人間ごときが・・・っ!」
悪魔が悲鳴をあげた。
「ククク、痛いだろう?今楽にしてやる」
ロキが刀を納め、右手を突き出した。
「ま、待ってくれ!!何でもするから命だけは!」
「今まで散々殺してきたのだろう?たまには殺される側にもなってみるのもいいぞ?メルトダウナー!」
すると、ロキの手からビームのようなものが飛び出し悪魔に直撃すると、悪魔は爆発し、一瞬で粉々になった。
「ふん、汚い花火だ」
ロキが呟いた。