紫金宮へ
カイ隊長が戻ってくるのを待っている間にも街は騒然としてきた。
さっきから武装した兵士の一団が通りを走り回っている。
市民には戒厳令が出されたようで、人々は慌てて家路についているみたいだ。
この様子ではカイ隊長は戻って来られないかもしれない、そんな気がした。
いっそ僕の方から出向いてみようか?
忘れていたけど僕だって鶴松大夫の身分を持つんだ。
宮廷第三門の内までは自由に入れる。
ローエンのことが気になるし、何か力になれるかもしれない。
僕は皇帝陛下より賜った金亀符という身分証明を首から下げた。
これは黄金でできていて亀の形をかたどってある。
甲羅の中央には緑色の宝石がはめ込まれていてかなりゴージャスだ。
素材は純金らしくずっしりと重い。
これさえつけていれば街路を見回っている兵士たちに叱られることもないだろう。
でも鶴松大夫なのに、なんで亀の身分証?
まあいいや。
僕は船長服に騎士のマント、形見のナイフを身に着けた正装で宮廷へと歩き出した。
身分証のおかげか、はたまた子どもが歩いているだけと認識されたのか、僕は誰にも咎められずに宮廷の前までやって来た。
だけどやっぱり大正門は物々しい厳戒態勢になっている。
前に来たときは開け放たれていた大門が今日は閉ざされ、300人くらいの兵士が槍を手に厳めしい顔で警備している。
城壁の上には弓兵まで配置される厳重ぶりだ。
「鶴松大夫レニー・カガミが通る」
僕は通用門に回り、作法通りに名乗った。
普段ならこれでフリーパスなんだけど、今日はそうもいかないようだ。
「お待ちくださいませ、カガミ大夫!」
しれっと中に入ろうとしたんだけど、やっぱり止められてしまったか。
ちなみに通用口と言ってもやたらと広い通用口だ。
どれくらい広いかと言えば、大きな馬車が余裕で通過できるくらいに広い。
そう説明すればこの大正門の大きさがわかってもらえるかな?
「どちらへ参られますか?」
門番は疑うような目つきで僕の金亀符を見つめている。
偽物ではないんだけどね。
「ローエン皇子のところへ。ご依頼されていた品物が手に入ったのでお届けに参った」
「さようでございますか……」
疑わしいのだけど、あからさまに咎めることもできないといった態度だね。
失礼があった場合は厳しく罰せられるから兵士も慎重になっているようだ。
「あの……」
門番はすまなさそうに質問を続ける。
「どうしましたか? 何か不審な点でも?」
「いえ、どうして徒歩でいらっしゃったのかと、不思議に思いまして。それにお供の方もお連れでないようで……」
しまった、偉い人は馬車で移動して、家臣やなんかを連れているものだ。
前回来たときはお姉さんたちと馬車できたのをすっかり忘れていたよ。
このままではローエンに会えなくなってしまうかもしれないぞ。
何とかしなきゃ!
「あ~、馬車ならここに……えい!」
切羽詰まった僕はその場に水陸両用の装甲兵員輸送船を呼び出してしまった。
「うおっ!」
いきなり現れた船に兵士たちは驚いている。
「これが馬車? 馬がついていないようですが……」
「これは特別製で馬がいなくても動く馬車なんです。馬車というか船ですが……」
船を呼び出すなんて余計なことをしなければよかったかな?
でも警備兵の隊長はそれで僕を思い出したらしい。
「船を召喚できる大夫……。思い出した! ロックナ王国のレニー・カガミ伯爵!」
「あ、そうです……」
「失礼いたしました。ところで……お供の方はこの中に?」
え~と……。
「はい、その通り……」
僕は兵員輸送船の後部ハッチを開ける。
「ピポッ!」
中では急遽召喚された四体のセーラー1がアームを持ち上げて門番たちに敬礼をしていた。
「これが……お供?」
こうなったら開き直っちゃえ。
「エディモン諸島ではこれが普通なんです。あの、通ったらダメですか? なんならローエン皇子の護衛隊長であるカイさんに身分を照会してもらっても構いませんが」
「……いえ、失礼しました。どうぞお通りください。ただ、今は紫金宮のある四門は封鎖されております。いかなる身分の方も取次すらできないのでお気を付けください」
むやみに近づくと、どんなに身分が高くても捕えられてしまうそうだ。
ローエンは紫金宮にいるから本当はそちらの方に行ってみたいんだけど、騒ぎを起こすわけにもいかないね。
とりあえずはローエンの宮へと行ってみることにした。
第三門までは何とか通過することができた。
ローエンの宮を守るのは僕の顔をよく知っている白狼隊だから、ここまでくればもう大丈夫だろう。
宮へ到着すると僕を見知った白狼隊の隊員がすぐに建物の中に招き入れてくれた。
「カガミ様、よくぞおいでくださいました」
「ローエン皇子はまだ紫金宮の中ですか?」
「その通りです。カイ隊長がおそばについておられますので大丈夫かと思いますが……」
白狼隊の兵士はやはり心配そうだ。
「皇帝陛下がお亡くなりになられたのは知っていますが、随分と物々しい警戒ですよね。いったいどうしたというのですか?」
「それですが……」
ローエンの宮にいるというのに白狼隊員はさらに声を落としてささやくように説明してくれた。
「どうやら第二皇子のコー殿下がこの機に謀反を起こされたようです。すでにリーアン皇太子殿下は監禁されたという噂が伝わってきております」
「なんだって! ローエン皇子は無事なの?」
「わかりません。紫金宮は第二皇子の後ろ盾であるフォン家の手勢で固められています」
なんてことだ。
コー皇子といえばずっと皇太子であるリーアン皇太子と世継ぎを争っていた人だ。
ローエンは常々、自分は帝位を継承しないことを公言していたし、次代の皇帝が決まったら自分は冒険の旅に出るとまで言っていたから身の危険は少ないと思う。
だけどそれだって完全じゃない。
僕は『地理情報』に意識を集中してみるけど、わかるのは建物の配置と大まかな人の流れだけだ。
ローエンがどこにいるのかまでは把握できない。
だが、このまま手をこまねいて待っているだけでいいのだろうか。
いや、ローエンを死なせるわけにはいかない。
天涯孤独の僕にやっとできた兄弟なんだから。
いざとなったら装甲兵員輸送船にゲンブを艦載して呼び出し、紫金宮に突っ込むことだって辞さないぞ。
そんな決意を胸に秘め、僕は再び『地理情報』に集中する。
ん?
こちらに向かって小集団がやってくるな。
もしかして、ここを封鎖するコー殿下の手のものか?
締め付けられるような緊張の中で様子をうかがっていると、戻ってきたのは護衛に囲まれたローエンだった。




