地下空洞
未知の反応に戸惑いながらも、慎重に謎の地下トンネルを下りた。
トンネルの先は広い空洞になっていて、反応はそこに集中している。
僕は岩陰に隠れながら中の様子をうかがった。
「ええっ!?」
隠れていなきゃいけないのに驚きの声が漏れてしまった。
地下にいたのは身長が60㎝にも満たない1000人の小人たちだったのだ。
全員がとんがり帽子をかぶり、革のブーツを履いている。
ひょっとして……あれはノーム?
じいちゃん所有の図鑑で見たことがあるぞ。
ノームは大地の妖精で地下に住んでいる。
知能が高く鉱脈に詳しい。
また、手先が器用で金属の道具を作り出すのが得意だそうだ。
未確認情報ながらマッシュルームとワインが大好きとも書いてあった。
ノームたちは大地にうずくまり一生懸命土を掘り返している。
よく見ると土魔法を使って何かをしているようだ。
「ピッピッピィイ!」
「ピピ、ピッピッピィイ!」
叫び声を上げるノームの手から魔力がほとばしり、大地に変化をもたらしている。
どうやら土から金属を取り出しているようだ。
集めた金属は魔物が回収しているのか……。
でもノームは妖精であって魔物の仲間ではない。
文献には妖精と魔物は反目しあっていると書いてあったけど、それなのにどうして?
理由はすぐに判明した。
天井からつるされた檻に女性のノームが閉じ込められている。
図鑑にはノームは女王を中心とした社会を築くとも書いてあったな。
きっとあれがノームの女王なのだろう。
ノームたちは女王を人質に取られて強制労働をしているに違いない。
そうと分かれば話は早い。
ついでにノームたちも助けてしまおう。
僕は檻のそばにいた魔物を一気に排除する。
向かってきた魔物も大剣で一撃のもとに返り討ちにしてやった。
「ふぅ……。今おろしてあげますからね」
「ピ……?」
ノームたちは怯えた目で僕の一挙手一投足を見守っている。
突然現れた闖入者に敵か味方かの判別がついていないのだろう。
天井から吊り下げられた檻をゲンブの力で地上に引き戻した。
もちろん、中の女王がけがをしないように気を使ったよ。
それから僕はゲンブから降りてオリハルコンナイフを抜く。
「ピィイイイイイイイイ!!!!」
周りから悲痛な叫び声が上がったけど勘違いしないでほしいな。
僕が切り裂くのは扉の鍵なんだから。
ナイフの一振りで鍵はあっけなく切断できた。
じいちゃんの形見は相変わらずの切れ味だ。
刃こぼれ一つしていない。
「さあ、どうぞ」
怖がらせないように優しく声をかけて女王を扉の外へ導いた。
「ピ……(助けてくれるのですか……)?」
すごい……。
『言語理解』のスキルはノーム語までわかっちゃうの!?
かなり驚いたけど、これならノームとのコミュニケーションも簡単に取れて便利だな。
「ピッピ(お怪我はありませんか)?」
「ピピィ(ええっ)!? ピピッピ(私たちの言葉を話している)!!」
ノーム語で話しかけるとその場にいたノームたち全員が驚愕していた。
僕だってかなり驚いているよ。
これはつまり、言語をもつ種族なら異種族コミュニケーションがとれるってことだよね。
古文書や外国の書籍だけではなく、異種族の本だって読めるんだろうな。
存在するのならノームの本とかも読んでみたい。
地底のこととかに詳しくなれそうじゃない?
僕と女王はノーム語で状況を確認しあった。
「お助けいただき、ありがとうございます! 貴方は大地神のお遣いであらせましょうか?」
「大地神? いえいえ、通りすがりの人間の船長です」
「船長……」
ノームたちは僕が人間であることをなかなか信じてくれない。
「でもあれは、伝説に出てくる大地神の鎧ではありませんか?」
ノームが言っているのはゲンブのことだ。
「あれは魔導モービルといって、なんていうか……乗り物の一種です」
「乗り物……。つまり貴方は本当に人間?」
「はい。ところで皆さんはここで何をさせられていたんですか?」
「ガドンマという魔族に脅されて金属を集めておりました」
やっぱりそうか。
「私たちはこのミストラ島で平和に暮らしていたのですが、ある日突然ガドンマたちがやってきて……」
もともとガドンマたちは未開の土地を開拓するためにやってきていたらしい。
その際、たまたま水を補給するために立ち寄ったこの島でノームと鉱脈を見つけてしまったというのだ。
ここは鉄だけじゃなくて金や銀も産出される。
魔族も武器を作るために必要とするので金属はいくらあっても困らない。奴らはすぐにノームたちから搾取することにしたそうだ。
「ガドンマはせっせとインゴットをため込んでいました。これで中央に復帰できるが口癖でしたよ」
あいつはやっぱり左遷させられていたんだな……。
「とにかくこれで一安心です。お礼と言っては何ですが、ガドンマがため込んでいたインゴットをお持ちください」
「いいんですか!?」
魔導エンジンの製作があるから、僕らだって金属はいくらでも欲しいのだ。
「あんなにたくさんのインゴットを私たちは使いませんよ」
ノームの平均身長は60㎝ないくらいだもんね。
「それじゃあ、ありがたくいただいちゃおうかな」
ノームたちは僕をインゴットが積まれた倉庫に案内してくれた。
「うわあ……。これ、どれくらいあるんですか?」
「さあ、私たちにはたくさんあるとしか……」
倉庫には大量のインゴットが積まれている。
高速輸送客船でも1回では積みきれない量だろう。
安全マージンを考えたら、最低でも三往復はしないとダメだな。
「今回は小さな船しかないので、また取りに来てもいいですか? これだけあるとすごく助かるので」
「それでしたら、さらに採掘しておきましょう」
「え、そんな、悪いですよ」
「ですが、他にお礼の方法を思いつきません」
図鑑には書いてなかったけど、ノームは義理堅いようだ。
「でしたら買い取らせてください。これだけ良質のインゴットならいい値が付くと思います」
「私たちは島を離れないので、人間のお金は必要ありません」
それは困った。
他に何か……そうだ!
ノームの好物は――。
「でしたら、ワインとマッシュルームはいかがですか?」
「ピッ!」
「他にも必要な物があれば運んできますよ。僕は船長ですからね」
「大変ありがたいお申し出です。食料と鉄を交換していただけるなんて!」
この島は食糧生産には向いていなくて、作物はあまりとれないそうだ。
山ブドウから作る少量のワインが数少ない楽しみのひとつなんだって。
そんなささやかな楽しみでさえ、ガドンマが来てからはできなかったらしい。
(レニー君、時間がかかっているようだが、何かあったのかい?)
心配したシエラさんから通信が入った。
「地下の魔物を排除していました。城内の魔物はすべて倒したので、もう人質を移動させても大丈夫ですよ。瓦礫の撤去を始めましょう」
僕は再びノームの女王に向きあった。
「僕は上に戻ります。瓦礫の撤去をしなくてはなりませんので」
「瓦礫ですか?」
「魔物が入れないように、壁を壊して通路を塞いでいたのです。魔物はすべて倒したので必要なくなりました」
「それでは私たちもお手伝いしましょう」
ノームは土魔法が使えるので、そういった作業は得意なのだそうだ。
ありがたく手伝ってもらうことにして、僕らは一緒に七階へと向かった。




