岩壁を下る
ガドンマから飛びのいて確認すると、奴と密着していた部分の服が白い煙を上げて溶けていた。
「これは!」
僕は慌てて着ていた服を脱ぎ捨てる。
「むひょおおおおおお! いいにょ、いいにょ、全部脱いでしまうにょっ!」
脱ぐ隙に乗じて攻撃してくるかと思ったけど、ガドンマは目を細めて僕の体を見ていた。
なんなんだ、こいつは……。
「クックックッ、儂は苦しくなると超酸性の汗をかいてしまうにょよ」
言いながらガドンマも自分の服をすべて脱ぎ捨てて裸になっている。
奴の服も自らの汗であちこちに穴が開いてしまったようだ。
「どうだ、これで攻撃できまいにょ。攻撃すればお前の拳が溶けてしまうにょ」
僕の着ていた着物はかなり厚手の生地だった。
それをいともたやすく溶かしてしまうとは、恐ろしい汗だ。
素手の攻撃は無理だな。
どこかに武器があればいいけど……。
「武器を探してるにょか? この部屋にはないにょ。男と女の営みに無粋なものはいらないにょ」
「だから僕は男だって!」
「どっちだってかまわんにょ! きれいなアンヨにょ……ハァハァ……。体の動きを奪ったらたっぷりとかわいがってやるにょおおおお!」
興奮したガドンマが一直線に襲い掛かってきた。
こうなったら仕方がない。
履いているブーツはダメになってしまうと思うけど、一撃必殺の大技で決めてやる。
僕はタイミングを合わせて右足を高く上げた。
「うにょおおおお!」
どういうわけかガドンマは僕の脚の付け根に釘付けだ。
そんなところを見ていて大丈夫かい?
攻撃はここから――
「セイッ!」
気合一閃、僕は自分のかかとをガドンマの眉間へと打ち下ろした。
ミシッ!
嫌な音を立ててガドンマの頭骨が割れる。
そしてガドンマはそのまま床に沈んでしまった。
もう動かないよね……?
「うわっちっ!」
予想していたけど、やっぱりブーツのかかとが煙を上げて溶けだしている。
もったいないけど、これは両足とも廃棄処分だな。
ガドンマ、ある意味で強敵だったよ……。
今や僕は下着だけの姿になってしまった。
寒くないから大丈夫だけど、どこかで服を調達しないといけないな。
僕は入り口に忍び寄って、そっと外の様子をうかがう。
戦闘ではそれなりに大きな音を出してしまったけど、異変を気づかれていないかな?
ん?
手下の魔族たちが話している声が聞こえるぞ。
「お? やっと静かになったぞ。どうやら一回目が終わったな」
「人間のメスを抱くとは、ガドンマ様もゲテモノ好きだな」
「バカ、ガドンマ様のお耳に入ったら殺されるぞ」
「おっと……。どうする、落ち着いたみたいだから様子を見に行くか?」
「よせよせ、どうせすぐに二回戦だ。今日も朝までずっとだろう」
「はっ、俺ともあろう者があの人間の娘に少し同情しちまうよ」
「ちがいねえ」
僕は扉からそっと体を離した。
なにかと勘違いしていて、魔族たちは戦闘には気が付いていないようだ。
話の様子では朝までここには入ってこないらしい。
僕は念のため扉に閂をかけた。
こうしておけばさらに時間は稼げるはずだ。
今のうちに窓から抜け出して、島にいるはずのシエラさんと合流してしまおう。
窓を開けると、そこは岩山の頂上付近だった。
来るときに見えていた月が西の水平線近くに残っている。
おかげで視界は悪くない。
もっとも、月明かりのせいで魔物に見つかる恐れもあるんだけどね。
僕は岩伝いに壁を移動していく。
途中にいくつかあった窓を覗いてみると、魔族が居眠りをしている部屋や、魔物がひしめく部屋なんかがあった。
部屋の中には獣の骨や人骨らしきものもあって気分が落ち込んでしまう。
なるべく早く人質を救出する必要がありそうだ。
おや?
やけに殺風景だけどこの部屋はなんだろう?
ここは他とはちょっと違っていて、ずいぶんと小さな窓しかついていない。
体の小さな僕でも通ることはできなさそうだ。
部屋の中はと言えば、むき出しの岩壁に鉄格子がはめられている。
中にいるのは人間ばかりで、中年のおじさんたち6人が狭い部屋に押し込められていた。
ひょっとすると連れてこられた島民たちだろうか?
周囲に魔物はいないようなので、床で寝転がっているおじさんたちに声をかけてみた。
「こんばんは~」
窓越しにあいさつしたけど、おじさんたちは死んだように眠っていて起きやしない。
「こんばんは!」
少しだけ大きな声を出すと、中の一人が目を閉じたまま文句を言いだした。
「いいかげんに寝ろよ。明日の朝も早いんだぞ」
「お疲れのところをすみません。ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」
おじさんはうるさそうにしていたけど、何人くらいの人がどこに捕まっているかを確かめておきたい。
「うるせーなー、何だよ訊きたいことって」
おじさんは目を閉じたままだ。
「ここには何人くらいの人間が捕まっていますか?」
「あ~ん、たしか今は82人だったかな……」
思ったより多いな。
きっと他の島からも連れてこられているんだろう。
「その人たちはどこにいるか分かりますか」
「あ~、なんでそんなこと聞くんだよ?」
「みなさんをお助けしようと思って」
「助けるう? バカ言え、声から察するにお前はガキだろう? ガキに何ができるって……んっ!」
おじさんがガバッと起き上がった。
「おい、この部屋には大人しかいないはずだぞ。女子供は下の階にいるはずなのに」
「下の階ですか。情報をありがとうございます。できればもう少し詳しい場所を知りたいんですけど」
起き上がったおじさんはきょろきょろと周囲を見回していた。
「ここですよ、ここ。上の窓のところ」
声に導かれておじさんは僕がいる方を見た。
「あっ!」
「しーっ! 大きな声を出さないでください。魔物が来るかもしれませんから」
「おまっ……。なんでそんなところに」
「島長に頼まれてみなさんを助けに来たんですってば」
「だからって……ここは八階だぞ……」
ということは女性や子どもたちは七階にいるわけだな。
「男性は全員この階に?」
おじさんは窓のところへにじり寄ってきて小声で話し始めた。
「そ、そうだ。夜はこの区画に並んでいる牢に押し込められてる」
「夜は全員牢の中なんですね?」
「ああ」
だったら救出はやりやすいかもしれない。
「日の出には魔物たちがやってくる。それまでに何とか逃がしてくれ。頼む、この通りだ!」
「わかりました。必ず助けますのでそれまで静かにしていてくださいね」
僕はそっと窓から離れて、一つ下の階も確かめておいた。
おじさんが言った通り女性や子どもたちがいくつかの部屋に分かれて捕まっているようだ。
人質がいる場所さえつかめればこちらのものだ。
具体的な救出計画はシエラさんと一緒に練ることにしよう。
『地理情報』に全神経を集中してシエラさんの位置を探る。
………………いた!
海岸の岩場に潜んでいるようだ。
岩の尾根を伝い、木の枝を飛び移り、音を立てないように海岸へと降りていった。




