どストライク
海の魔物が曳く船は時速20㎞で進み、2時間後には絶海の孤島に到着した。
ごつごつした岩ばかりが目立つ島で、居住可能面積や耕作可能面積は少なそうな場所だ。
実際に魔族たちの住処は大きな岩山をくりぬいて作ってあるようだ。
船は岩塊に穿たれた洞窟の中へと入っていった。
「洞窟の中にドックがあるのか。これいいなあ……」
思っていることがつい口を突いて出てしまう。
「何か言ったか?」
「いえ……」
危ない、危ない、不審な言動は慎まなきゃね。
でも秘密基地みたいで羨ましいんだよね。
フィオナさんならこのロマンをわかってくれると思うんだけど……。
洞窟内の水路は50m以上続き、やがて船着き場に到着する。
松明の炎が揺らめく中で奴隷にされている人たちが荷物の搬出を始めだした。
僕も船をおろされ、今度は洞窟の真上と続く長い階段を歩かされることになった。
洞窟内には大小さまざまな部屋があるようだ。
きっと連れてこられた島民もこのどこかに詰め込まれているのだろう。
人質さえいなければすぐにでも暴れ出したい気持ちだけど、まずは冷静に内部の状況を探らなくちゃ。
僕は促されるままに奥の方へと進んでいく。
そして巨大な両開きのドアのところまでやってきた。
「この奥でガドンマ様がお待ちだ。失礼のないようにな」
「はあ……」
「ガドンマ様は魔王軍第四辺境派遣軍、未開地駐屯隊の隊長だ。無礼は許さんぞ」
それってものすごく閑職なんじゃないの?
未開地駐屯隊の任務が何かは知らないけど、こんなところに送られてくるのは左遷と一緒のような気がするぞ。
魔族に背中を押されて大広間のような場所へと入っていった。
あれが、ガドンマ……。
部屋に入ると巨大な寝椅子にふんぞり返った、締まりのないオークが虚ろな目で何かを食べていた。オークって筋肉質だと思っていたけど、そうじゃないのもいるんだね。
いや、似ているけどオークじゃないのかな?
よく見ると頭頂部から首の後ろにかけて緑色のとさかがたくさんついていた。
口の端からよだれが垂れているのだけど、本人はまったく気にしていないようだ。
ぼんやりとしながらクチャクチャと口に含んだものを咀嚼している。
ところが、そんな胡乱な魔族が僕の姿を認めたとたん、カッと目を見開いた。
「おお! お前が新しい側女にょ?」
にょ?
変な言葉遣いだな。
「こっちに来てよく顔を見せるにょ。ほれほれ」
ガドンマが分厚い手で僕を手招いている。
「早くいかんか!」
手下の魔族に小突かれて、僕はガドンマの前へと進み出た。
「うにょおっ~! 近くで見るとこれまたかわいらしいではないか」
え、もしかして人間好きの魔族?
そう言う奴は珍しい……。
「食ってもうまそうだし、別の意味で食っても美味しそうだにょ」
結局食べるのかよ!
でも別の意味って何だろう?
ガドンマは舌をベロベロさせて、よだれがますますこぼれている。
「ほれほれ、こっちに来て早く酌をするにょ」
テーブルの上のお酒を注いでやるとガドンマは一息に飲み干してしまった。
「うまい! うまいにょ。それにしても綺麗な指だにょ。白くて……、ん? 意外とゴツゴツしているにょ?」
「キャッ!」
僕は恥ずかしがるふりをしてサッと手を引っ込めた。
毎日の訓練では拳を使った打ち合いだってやるのだ。
さすがに修行の痕は化粧でも隠せない。
「初いにょ、初いにょ! 恥じらう姿がたまらんわ。ほれほれ、もう一杯酒を注げ」
新しい酒を注いでやるとガドンマはまたまた一息で飲み干してしまった。
「くーーーっ、もうたまらんにょっ! こっちへ来い」
ガドンマが僕を引き寄せようと手を伸ばしてくる。
反射的にその手を取って――
「にょっ? うにょおおおおおっ!?」
関節を決めて投げちゃった……。
「な、何をする!?」
お付きの魔族が剣を抜きながら駆け寄ってきた。
「つ、つい……」
やっちゃったよ……。
人質の居場所が分かるまでおとなしくしてようと思ったんだけど、ガドンマの舌が僕の首筋を狙ってきたから条件反射で技が出てしまったのだ。
「ついではないぞ!」
魔族は攻撃態勢に入っている。
だけど、そんな魔族をガドンマが制した。
「よいよい、抵抗された方が興奮するというものにょ。くくくっ、お前が悪いのだにょ。儂の心に火をつけてしまったにょだから!」
ガドンマが両手をワキワキしながらにじり寄ってくる。
コイツ、僕を食べる気か?
こうなったら仕方がない。
ここは奴に一撃を食らわせて撤退するか……。
それにしても着物が邪魔だな。
一番上に来ている裾の長いのは脱いでしまおう。
そう考えて油断なく着物を脱いでいくと、ガドンマが手をたたいてはしゃぎだした。
「ほうほう、観念したかにょ。いい心がけだにょ。よしよし、こっちへ来て一緒に座るにょよ」
あれ、捕まえて食べるんじゃないの?
「おい、お前らは邪魔にょ。全員出ていくにょっ!」
ガドンマが命令すると部屋にいた魔族や魔物はみんな出ていってしまった。
何だか知らないけどラッキーだ。
「さあ、お愉しみの時間にょ。ここへくるにょ」
ガドンマは自分の太ももをぺちぺちと叩いた。
僕を膝に乗せるってこと?
「あの、何をするんですか?」
「決まっているにょ。男と女の夜の営みにょっ!」
夜の……ええっ!?
「そ、そんな、僕には無理だよ」
いくら人質のためとはいえそこまで犠牲を払うことはできない。
「うにょっ! お前、実はボクっ子だったにょか? どストライクにょっ!」
そんなこと知るか!
どうせここには誰もいないんだ。
こうなったらガドンマをやっつけて、ばれないうちにみんなを探し出してやる。
「ふんっ、残念ながら僕は女の子じゃないよ!」
「なんだと!?」
「お前を倒すためにやってきたんだ。覚悟しろ」
ロングヘア―のかつらも脱ぎ捨ててやった。
「まさか男にょ……?」
「その通りさ。驚いたか?」
「お……お……」
ふん、びっくりして声も出ないか。
「男でもかまわんにょおおおおおっ!!」
ええっ!?
僕の方がびっくりだよ。
迫りくるガドンマをさばいて右の死角に回り込む。
そこから身体強化魔法で威力を増幅したパンチをあばらに叩き込んだ。
「うにょおおおお……」
手ごたえが鈍い。
分厚い脂肪のせいで骨まで拳が届かなかったか……。
「痛いにょ! 痛いにょ!」
ガドンマがうるさく騒ぎ出した。
これ以上大声を出せば外の連中に気づかれてしまう恐れもある。
武器があればよかったけど、あいにく僕は素手だ。
こうなったら絞め技で決めるか。
まだわき腹を押さえて苦しんでいるガドンマの後ろに回り込んで、首に腕をまわした。
パワーはありそうな相手なので身体強化魔法を使ってがっちりとホールドする。
相手の戦意が喪失するまで絞めて、最後は首の骨を折って決めるつもりだ……。
(ためらうなよ、レニー君)
師匠であるシエラさんの声が聞こえた気がした。
「にょぉ……」
首を絞められたガドンマは苦しそうな声を上げながら必死で身をよじっている。
ぶよぶよの手が僕の腕をつかんで何とか引きはがそうとするがそうはいかない。
僕も体内の魔力をフル循環させて、腕の力を高めていく。
もう少し……、もう少しで落ちるはずだ。
そう考えていた直後だった。
「熱っ!」
僕は腕とお腹のあたりに火傷のような痛みを感じて、絞めていた首を思わず離して飛びのいてしまった。
何が起こった?
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
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