レニーの決断
涙ながらに娘を助けてくれと訴えるお母さんの話をまとめるとこうだった。
この島には一年前から月に一度の頻度で魔族が来るようになったそうだ。
魔族は月ごとに家畜や人間を差し出せと要求して、言うことを聞かなければ島の住人を根絶やしにすると脅しているらしい。
先ほどの老人は島長で説明の補足をしてくれた。
「もう十人以上もの人間がガドンマに連れていかれております。その大半は生きてはいないでしょう……」
ガドンマという魔族は他の魔族と同じように人間を食料にしたり奴隷にしたりしているようだ。
「ガドンマというのはどんな奴ですか?」
「身の丈は見上げるほど大きく、緑色でウナギのようなスベスベした肌をしています。顔はアンコウみたいでして、その……醜いです。柄の太い三又の槍を武器にしています」
多彩な攻撃パターンを持つ強力な武器だ。
その分だけ修練は難しいそうだけど、ガドンマとやらの実力はどうなのだろう?
「実際のところそいつは強いのでしょうか?」
「それはもう。かつてこの島にボンという血気盛んな若者が一人おりました。自分こそが横暴な魔族を討ち取ってやるとガドンマに挑みましたが、あえなく返り討ちにあい、一撃のもとに首を落とされてしまったのです」
それなりの実力はあるということか。
「それに部下の魔族を数人と、100を超える魔物を従えているのです。お恥ずかしい話ですが、先ほどは呪い師様を部下の魔族の一人と勘違いしてしまった次第です」
仲間が多いというのは厄介だけど、さてどうしたものだろう?
僕は言葉がわからずにポカンとしている仲間たちに事情を説明した。
「なるほど、騎士としては見過ごせぬ事態だな。いたいけな少女が連れ去られるのを黙ってみているわけにはいかん」
さすがはシエラさんだ。
「レニー、ルマンド騎士として退くことは許されない戦いだぞ」
「はい、僕もそのつもりです」
ルネルナさんもカイ隊長も協力してくれると言ってくれた。
この4人が力を合わせれば100人くらいの敵でもどうということはない。
いざとなれば装甲兵員輸送船にゲンブやセイリュウを搭載して呼び出すことだってできるのだ。
僕は島長に魔族討伐の意思を伝えた。
「我々が魔族をやっつけましょう」
「ほ、本当にガドンマを討ち取ることができるのでしょうか?」
最初は島長も喜んだのだが、すぐに不安そうな顔になってしまう。
島民の中からも失敗を憂う声がいくつも上がった。
「もし討ち漏らしたら仕返しをされるんじゃないのか?」
「これ以上生贄を求められたら島はもう……」
これまでひどい目に遭っていたせいで、島民はみんな悲観的になっているようだ。
そりゃあ、いきなりやってきた旅人を信用しろと言っても難しいか。
「わかりました、ではこれを見てください。召喚、装甲兵員輸送船!」
現れたのは魔導機銃と魔導グレネードを装備した水陸両用の船体だ。
「うおおおお⁉」
突如現れた大きな船に島民は驚き、その場に立ち尽くす人、逃げ出す人、腰を抜かす人と様々だ。
「大丈夫ですよ。これが僕の船長としての能力です。今からこの船の実力を皆さんにご覧にいれます」
僕はみんなをなだめてからシエラさんに向き直った。
「お願いします。機銃とグレネードで沖の岩礁を吹き飛ばしてください」
「心得た!」
シエラさんはさも嬉しそうに船へと躍り上がり、定位置となっている銃塔へと滑り込む。
「ちょっと大きな音がしますけど、大丈夫ですからね。今からあの岩を攻撃します。よく見ていてくださいね!」
シエラさんの手から魔力がほとばしり、グレネードが連発される。
一発でいいんですよ、シエラさん!
ズドーン! ズドーン! ズドーン! ズドーン! ズドーン! ズドーン!
いや、こうなることは容易に予想できたはずなのに注意を怠った僕が悪いか……。
次々と爆音が響き渡り、必要以上の攻撃を受けて波間の大岩は粉々に崩れていく。
「撃ち方やめえええええいっ!!」
手を挙げて号令を出すと、シエラさんはぴたりと砲撃を中止した。
人々は沈黙し、辺りに聞こえるのは潮騒と風の音だけだ。
「いかがでしょう? これが僕たちの持つ魔道具の力です。これなら魔物を討ち取れると思いませんか?」
人々はそれでもまだ沈黙したままだった。
きっと兵器の破壊力に理解が追い付いていないのだろう。
だけどそのとき、女の子のか細い声が僕の耳に入った。
「私、生贄にならないですむの?」
そうだと言ってくれとばかりに、訴えかけるような視線で僕を見つめてくる。
「もう大丈夫だよ。きっと僕が守るからね」
「うん……」
やがて周囲で歓声が沸き上がり、僕らは熱狂的な喜びに包まれていった。
実力を認められた僕らは島長の家に招かれ、当地のお茶やお菓子などをふるまってもらった。
お茶は緑色をしていて若々しい香りがしている。
お菓子はパンを油で揚げてきび砂糖とシナモンを振りかけてある感じでとても美味しかった。
珍しい食感だから、ミーナさんがいたらきっと喜んだだろうな。
一通りの歓待を受けると、島長は難しい顔で話を切り出してきた。
「カガミ様の実力はよくわかりましたが、一つ問題があります」
「なんでしょうか? 敵が魔物を百体連れてきても、僕らはそれを撃退する自信があります」
「いえいえ、お力を疑っているわけではなないのです。問題はガドンマが直接この島にやってはこないことでして……」
島長の話によれば、ガドンマが姿を現したのは最初に島へやってきたときだけだそうだ。
それ以後は部下の魔族が一人、数体の魔物を連れて生贄を受け取りにやってくるだけらしい。
「奴らの根城がどこにあるかも我々にはわからないのです。ただ、東の方へと去っていくことだけは確かです」
連れ去られた人はまだ生きているかもしれないので、やつらの拠点は何としても突き止めなくてはならない。
「それでは人質を受け取りに来た魔族を倒すだけではだめか。次にやつらがやってくるのは明日でしたよね?」
「はい。今回は年若い娘を差し出すように言われておりまして、その期日が明日になっております」
生贄を渡してこっそりと追跡するという手もあるけど、それではあの子に危険が及ぶかもしれない。
だったら――。
「僕が生贄の役をやりましょう」
「ダメだ!」
「ダメよ!」
「いけません!」
いいアイデアだと思ったのに、シエラさん、ルネルナさん、カイ隊長に否定されてしまった。
「なぜですか?」
「危険すぎる。生贄の役は私がやろう」
「シエラさんではお姉さん過ぎますよ。僕ならちょうどいい年齢だし、背格好も先ほどの子と同じくらいですから」
僕だってシエラさんとの訓練をずっと続けてきている。
その辺の魔族に後れを取るとは思えない。
「だがしかし、レニー君は男の子じゃないか。魔族が要求してきているのは年若い乙女だぞ」
「そんなの、女の子の服を着れば誤魔化せますよ」
「なっ!! なん……だと……」
「そこまで驚くことですか?」
シエラさんとルネルナさんは目を見開いてお互いに見つめあっている。
そしてひそひそ話を始めてしまった。
きっとお姉さん同士で僕が任務を遂行できるかを話し合っているのだろう。
まだまだ頼りないところはあると思うけど、僕としてはやり遂げる自信はある。
「(ど、どうするのよ、シエラ?)」
「(レニー君の女装……、見たくないわけがなかろう!)」
「(そうよね。尊すぎるわよね)」
「(ああ、あまりの可愛さに悶え死なないように気をつけなければ……)」
「(でも危険じゃない)」
「(実力的に言えば、最近では私と同等かそれ以上に腕を上げている。身体強化魔法の使い方が段違いに上達しているのだ)」
「(じゃあ……)」
「(うむ……)」
何やら話し合いは終わったらしい。
「コホン……、今回は特別だぞ、レニー君」
「任せてください!」
ついに僕もお姉さんたちに実力を認められたような気がして嬉しかった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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