慰労の場
イカルガの内部に入った僕らは我が目を疑った。
だってそこは洋上の街だったから。
エントランスホールは見上げるほど天井の高い作りになっていて天井からは太陽と人工の光の両方が降り注いでいた。
あちらこちらに樹が茂っていて、ベンチなども置かれている。
「ここには二万本を超える木や花々が咲いております。沿道にそってお進みください」
セーラーSの案内でカラフルな模様の道を進むとお店が軒を連ねている場所にやってきた。
「こちらはショッピングモールとなります。世界(異世界)の有名ブランドが誇る衣料、貴金属、香水、化粧品、時計、酒、タバコなどが魔石を使って召喚できます」
「つまり、お客さんは魔石でこれらの品を購入できるの?」
「さようでございます。召喚のための最低価格は決められておりますが、上限はありません。価格は船長が自由に変えることができます」
「だったら魔石を儲け放題じゃない!」
叫んだのはルネルナさんだ。
「これだけの品はそうないわよ。欲しがる人はたくさんいると思うわ」
ルネルナさんの興奮をなだめるようにセーラーSは続ける。
「商品の在庫は無尽蔵ではございません。売り切れになった場合は次の商品が召喚可能になるまでお待ちいただかなくてはなりません」
一つの商品につき最低1個から100個くらいしか在庫はないようだ。
一点物の貴重なアイテムもあれば、小物や化粧品などはたくさんの在庫があるとのことだった。
ショッピングモールを抜けると広い劇場やスケートリンクなどがある場所へやってきた。
こちらのリンクは氷冷魔法を利用して氷を張るようになっている。
他にも遊園地や広いプールなどを見て目が回りそうだった。
「ところで、この船の貨物室はどうなっているの?」
「貨物室は低層部にございます。乗組員専用エレベーターで行くことができます」
「次はそちらに案内してもらえるかな?」
船長としては貨物室や機関室も見ておきたいからね。
貨物室は予想通り広いものではなかった。
この船は交易船ではないのでとうぜんなのだけど、僕としては残念だ。
「やっぱりか。この船でファンローへ納品に行こうと思ったけどこれじゃあ無理だな」
そもそもが積み荷を運ぶのに向いている構造じゃないのだ。
「当り前じゃない。これは客船として使うにきまっているでしょう」
呆れたようにルネルナさんが声を上げた。
「でも、どうせなら交易船としても使いたかったんですよ。船外機付きボートの納品も遅らせたくないですし」
「それはレニーに頑張ってもらうわ」
「僕に?」
「レニーがイワクスで飛び回って、現地で積み荷を積んだ輸送客船を召喚すれば問題は解決よ。あなたの時間は無くなってしまうけど」
そうすれば魔石の節約にもなるんだよね。
ただそれをやると僕の時間が皆無になってしまうのだ。
まあ、今はわがままを言えないか……。
「それはそれとして、この大型クルーズ船でルギアからファンローまでの航路を開きましょう。きっとすぐに定員に達してしまうわ」
「そうでしょうか? 危険な海に乗り出す人なんているのかな?」
「カガミゼネラルカンパニーの船は今や世界一信頼度が高いのよ。レニー・カガミが船長を務める船ならみんな安心して乗りたがるわ。そしたら大儲けよ!」
大勢のお客さんをのせて海を行くのも楽しそうではある。
防衛には騎士団を一個中隊と魔導機銃、セイリュウやゲンブを積めば事足りるだろう。
「それではやってみましょうか」
「ええ。さっそくこの船をルギアやコンスタンティプルでお披露目して乗客を募りましょう」
ルネルナさんはやる気を見せているけど、その前に僕はやりたいことがあった。
「でもそれは、もう少しだけ待ってください。明日は大切な日なので」
「明日?」
「はい。この船に招待したい人たちがいるのです。ねっ、アルシオ陛下」
アルシオ陛下に問いかけると、陛下もはっとした顔つきになって、僕の言わんとするところをわかってくれたようだった。
「そうだな、明日は彼らが……」
僕らは一つの計画を胸に、船の見学を進めた。
翌日、ロックナ王国本土の方からイワクス1がベッパーに帰還した。
従来なら輸送艦のヘリポートに着陸するイワクス1だけど、今日は特別にイカルガへ直行してもらっている。着陸したイワクス1からは驚きの表情で辺りを見回す騎士の一団がおりてきた。
「長期任務、ご苦労であった」
「アルシオ陛下! それにカガミ伯爵!」
声をかけた陛下と僕を見て一斉に敬礼したのは、ロックナ本国の内情を探るためにずっと任務をこなしてくれていたフェニックス騎士団の潜入部隊だった。
「そなたたちのおかげでロックナ本土における捕虜たちの行方、敵の物資など様々なことが分かった。よくやってくれた」
潜入部隊は地味だけど危険な任務だ。
そして戦略や戦術を計画するのにはなくてはならない存在でもある。
彼らの仕事の成否が勝敗を分けるといっても過言ではないのだ。
「陛下……」
まさか主君に直接労いの言葉をかけられるとは思ってもみなかったのだろう。
騎士の中には涙ぐむ人さえいた。
「本日より三日間、カガミ伯爵が新たに召喚したこの大型クルーズ客船で任務の疲れを癒すとよい。家族や恋人を呼んでくれても構わん。存分に楽しんでくれ」
陛下の言葉に歓声が上がる。
「すぐにでも船内を案内したいのですが、まずは特殊医務室へ行きましょう。そこで任務で受けた体と心の傷を治療します。僕についてきてください」
特殊医務室はイカルガにも設置できるので、最初にここで治療を受けてもらうことにした。
敵地での潜入任務は肉体と精神が摩耗するほどきつい仕事だから、特殊医務室でその緊張を解きほぐしてもらいたかったのだ。
イカルガの船内に入っていくと後ろから騎士たちの感嘆の声が聞こえてきた。
「船の中に街が……」
「俺たちは任地で死んで夢をみているのか?」
「どの酒も飲み放題らしいぞ。見たこともない瓶ばかりなのだが……」
「泡の出る広い風呂や、マッサージルームというのもあるらしい。そこのゴーレムが教えてくれたぞ」
「それより食事がしたいわ。メインダイニングではミーナ総料理長のスペシャルディナーが食べられるそうよ!」
騎士たちのこわばった顔が少しずつほころんでいる。
コンスタンティプルやルギア、果てはファンローでもお披露目をしたいので三日間しか解放してあげられないけど、機会があれば定期的に功労者などをここで慰問するのはいい考えだと思う。
「皆が喜んでいるようで良かった」
臣下思いのアルシオ陛下も嬉しそうだ。
「本日必要となる魔石は私の方に請求してくれ。こちらの会計で何とかする」
「いけません。僕はこれでもエディモン伯爵ですよ。陛下のご負担の半分は背負わせていただきます。僕だってみんなが喜んでくれて嬉しいのですから」
「すまんな、レニー」
真横に立っていたアルシオ陛下が少しだけ手を伸ばす。
その拍子に互いの小指が一瞬だけ触れ合った。
陛下はそれだけで少し赤くなられてしまう。
これは近頃、僕らの親愛の情を示す秘密めいた儀式みたいになっていた。




