遺物
海の中はここで戦闘があったことが信じられないくらいに静かだった。
どこから現れたのか大きなタコが僕を横目で眺めながら泳いでいる。
ミーナさんが見たら喜びそうだ。
あの人は倒したクラーケンさえも料理しようとしたもんな。
イカはイカなんだけど、何かが違うと思う……。
そういえばじいちゃんの秘密のレシピにたこ焼きというのがあった。
みんなに作ってあげれば喜ぶかもしれないけど、たこ焼きソースを作るのが難しいのだ。
こんどミーナさんに相談してみるとしよう。
シエラさんと戦った魔物が出てきた場所なのだろう、遺跡の上部にはぽっかりと大きな穴が開いていた。
こうしてみると案外こじんまりとした建物のようだ。
神殿というよりは大きめの祠といった印象を受ける。
『地理情報』によると内部には土砂に埋もれていない空間も確認できているので、侵入してみる価値はありそうだった。
「遺跡の外壁に取り付きました。魔物の巣の横から進入できそうなので行ってみます」
(崩落に気をつけて。決して無理はするんじゃないぞ)
シエラさんの声が緊張を帯びている。
海では無双のセイリュウも大量の土砂がなだれ込んできたらひとたまりもないだろう。
「了解です。ところでフィオナさんはどうしています」
「ここでいまだにしょげかえっているよ」
「だったら伝えて下さい。遺跡の壁なんですけど、ただの石じゃないですよ」
使われている建材は見たこともないような代物だ。
切り出されたように凹凸のない表面をしているけど普通の石とは質感が何か違う。
じいちゃんのいた世界ではコンクリートというものがあったそうだけど、この石も人工的に作られたものじゃないかな?
「どういうことだ、レニー⁉」
あ、さっそく立ち直っている。
「おそらくですが、天然素材じゃないですね。つなぎ目が全く見当たらないんです」
(っ!! サンプルを……。サンプルを取ってくるんだ、レニー。そしたらお姉さんがどんな願い事でもかなえてやるからな。一生お前を養う!)
「わかりましたから落ち着いて下さい。崩落部分から簡単にサンプルは取れそうですから」
フィオナさんの機嫌が直ってよかった。
僕はスピードを落としてゆっくりと穴の内部へと侵入していった。
遺跡の内部は魚たちの住処にもなっていたようだ。
色とりどりの魚が目を楽しませてくれる。
クローで瓦礫をかき分けながら進むと、やがて広いロビーのようなところへ出た。
「遺跡の下の奥へ到達しました。聞こえますか?」
(な……とか聞こえ……て……よ。慎重にな)
土砂で埋もれた部分だから音声も良好ではなくなっているか。
ん? 奥の方に大きな出入り口があるな。
扉は朽ちてなくなっていたけど、金属製の蝶番が赤茶けて壁にぶら下がったままだ。
この建物で一番広い部屋のようだから、きっと礼拝堂か何かなのだろう。
「うわあっ!」
セイリュウのサーチライトに浮かび上がったものを見て、僕は腰を抜かすほど驚いた。
(なにが……った!? レニー君、大……夫なのか!?)
「問題ありません。ここに祭られていた神像の頭部を発見しただけです」
(神像?)
「たぶん元は10m以上あったんでしょうね。今は崩れて目の前に大きな頭が転がっているんですよ」
(像はバラバラ……のか?)
「残念ながら……って、これは!」
神像の頭部を観察していたらとんでもないものを発見してしまったぞ。
(どうし……レニー君?)
「神像は金属製の冠をかぶっているのですけど、これもオリハルコンじゃないかと……」
(なんだと!)
だとしたらもの凄い成果だ。
ひょっとしたら他にも何か見つかるかもしれない。
僕はセイリュウで瓦礫をひっくり返していくことにした。
壁などに掘りつけてある文字から、神像はネピュラスという海の神だとわかった。
ここはもともと山の頂に建っていたようだ。
きっと地形の変化で海の底に沈んでしまったのだろう。
「さっきから何度か『ミャウ』という単語が出てくるんですが、どうやら古代文明の首都のようです」
(おい、レニー! そのミャウがど……にあるのかわ…るか?)
すっかり復活したフィオナさんが興奮している。
「あいにく地図のようなものはありません」
(探す……だ! 私を何回でも分解してい……からっ!)
元気になったらなったでちょっと面倒だよ……。
(バカッ! フィオナの戯言など……うでもいいから、そろそろ上がってき……まえ。セイリュウの活動限界が近づいているぞ)
シエラさんに指摘されて残り10分であることに気がついた。
危ない、危ない。
僕も自覚している以上に興奮していたんだな。
「一旦、岸に上がります」
僕はネピュラスの頭を抱え上げ、ゆっくりと海面に上がった。
海上に出ると浮力を失った神像の頭部が重たくなったけど、セイリュウの外骨格フレームはやすやすと重量に耐えている。
そのままホバーリングで進み、僕は皆が待つ海岸へと上がっていった。
「おかえりレニー君。これが古代神殿の海の神か……。なかなか風格のある顔をしているな」
太陽の光の下で濡れたネピュラスの顔部が輝いている。
豊かな髭を蓄えていて威厳のある顔つきだ。
びっちりと生えた海藻が、むしろ海の神らしさを引き出しているような気さえした。
「次はアタシが潜るよ! 自分の目で確かめなきゃいられないからね」
「わかりました。ただ、魔道具の残骸なんかはどこにもありませんでしたよ」
「それでも潜ってみるさ。諦めきれないからね」
自分の目で確認するまで納得できないのだろう。
こうなっては好きなだけ調査してもらうしかない。
「わかりました。魔力の残量には気をつけて下さいね」
「了解だ。魔石の補充が終わり次第、出発するよ」
フィオナさんはさっきまでの態度が嘘のようにイキイキとセイリュウの点検を開始した。
その後、フィオナさんシエラさんの順番で探索は続けられ、今はミーナさんが海底にいる。
フィオナさんは新たな石板を見つけ、シエラさんは古代の装身具の一部なんかを発見した。
「レニー、これは何と書いてあるんだ?」
「え~と……『頭上注意』と書いてあります」
「そっかぁ……」
そんなに落ち込まないでほしい。
シエラさんが見つけてきた装身具はネックレスで、金の鎖に長い管状の飾りがたくさんぶら下がっているものだった。
中心には大粒のエメラルドもはめ込まれている。
「汚れを落としたらさぞ美しかろうな」
「ええ、シエラさんにも似合うんじゃないですか?」
「私にか? 私は武骨な女だから、こんなアクセサリーなど……」
「そうかな? ミステリアスな感じがして素敵だと思いますよ」
「バ、バカなことを言って年上をこ、こ、こ、困らせるものではないぞ」
「え~、きっと古代の巫女様のように見えると思うんですけど」
「もう許してくれ……、恥ずかしくて死にそうだ。このまま海に還りたい……」
シエラさんは照れ屋さんだな。
(レニー君!)
おっと、ミーナさんからの通信が入ったぞ。
「どうしましたか、ミーナさん?」
(探していたものが見つかったわ!)
「探していたもの?」
(ほら、前にオリハルコンの盾が見つかったじゃない? 私、あれはきっと神像が持っていたものだと推測したの。だから探せば絶対に剣も見つかると思って)
「まさか」
(うん、オリハルコンの剣が見つかったわ。装飾的な物らしく刃はついていないけど、3mを超える長剣よ!)
「とんでもない発見じゃないですか! やりましたねミーナさん」
「今夜はお祝いのパーティーをしなくちゃいけないわね」
「はい。慎重に上がってきてください」
冠に続いて宝剣まで見つかるとは思わなかった。
そういえば、古代文明の遺跡ってほとんどがアドレイア海のほとりに集中しているんだよね。
ひょっとするとアドレイア海のどこかに古代文明の遺跡が眠っているのかな?
石板にあったミャウという王国の首都も海中のどこかにあるのかもしれない。
今はそれを探している暇はないけど、いつかは探検してみたいと思っている。
僕の船長としての力が上がればいつかは……。
そのためにも、今はこの遺跡を徹底的に調べてみよう。




