白狼隊到着
海底遺跡の調査を前に、僕らはてんやわんやの大騒ぎをしている。
「レニー、防水仕様の魔石探知機が完成したぞ! 実地テストをするからセイリュウの使用許可をくれ」
フィオナさんがあわただしく執務室へやってきた。
「了解です。探知機の対水圧テストも忘れないでくださいね」
「おう、今日はセイリュウで300m地点まで潜ってくるかな」
「変な魔物を連れて来ないでくださいよ」
「わあってるって。んじゃ、いってきま~す!」
慌ただしく出ていくフィオナさんと入れ違いに、ミーナさんがやってくる。
「レニー君、探検のおやつは何がいいかしら?」
ミーナさんは海底遺跡の調査をピクニックと同レベルで考えているみたいだ。
「日持ちのする物なら何でもかまいませんよ」
「そうねえ、今回は高速輸送客船が使えないからちょっと不便よね」
輸送艦はベッパーを守らなくてはならないし、輸送客船には交易の仕事がある。
僕らはイワクス1でセイリュウと共に現地へ飛んで、現地で装甲兵員輸送船を召喚する予定だ。
兵員輸送船にギャレー(調理場)はついていないから、調理を担当するミーナさんはやりにくいだろう。
「ご飯のリクエストがあったら今のうちに言ってちょうだい。後で買い物に行ってくるんだから」
「ミーナさんにお任せしますよ。あ、でも夜は温かいスープが欲しいですね。それからアップルパイも」
リンゴの季節にはまだ早いけど、ファンロー帝国でもらった食材の中に貴重な早生リンゴが入っていた。
アップルパイは僕の大好物だから、これを使ってぜひ作ってもらうとしよう。
「わかったわ。魚介は豊富にとれるんだから、ブイヤベースでも作りましょうね。アップルパイはこっちで焼いたものを持っていくしかないか……」
頭の中で献立を考えているのだろう。
ミーナさんは難しい顔をしながら執務室を出ていく。
すると今度はシエラさんがやってきた。
「レニー君、万が一の時のためにゲンブを持っていく許可をくれ」
「ゲンブをですか? セイリュウがいればじゅうぶんだと思いますが」
セイリュウは陸上戦には向いていないけど、少々の襲撃なら跳ね返して余りある性能を持っている。
「今回は船に泊まれないから陸でキャンプを張るんだろう? だったら拠点防衛のためにもあった方がいいと思うのだ。わ、私が乗りたいから言ってるんじゃないぞ!」
どうみてもゲンブに乗りたいだけのような気がするんだけど……。
「わかりました。ゲンブは装甲兵員輸送船でもぎりぎり艦載機にすることができます。必要ならば召喚しましょう」
「そうか、楽しみにしているよ!」
楽しみって言っちゃったよ。
シエラさんって嘘がつけないんだよね……。
「カガミ伯爵!」
今日は入れ代わり立ち代わり人がやってくるな。
今度は秘書官をしている騎士が慌て気味に入ってきたけど、用事はなんだろう?
「哨戒に出ていたイワクス2から連絡が入りました。ファンロー帝国の軍船10隻がベッパーに近づいてきています」
「ファンローの船? ひょっとするとローエン皇子の援軍かもしれないな。わかった、すぐに輸送艦に向かうよ」
僕とシエラさんはそろって高機動車に飛び乗り輸送艦へと移動した。
ファンローの軍船から降りてきたのは僕もよく知っている人物だった。
「カイ隊長! お久しぶりです」
「カガミ伯爵、わざわざのお出迎えいたみいります。ローエン皇子の配下、白狼隊2千名、微力ながらロックナ解放戦線にご助力いたしたく参上いたしました」
「ありがとう、カイ隊長。でもカイ隊長はローエン皇子の護衛隊長でしょう? 皇子の元を離れて大丈夫なんですか?」
ローエンにとっては腹心の部下なのに、こんな遠方に寄こして大丈夫なのだろうか?
「実は先日の襲撃事件で私の不手際を弾劾する動きがありました。ほとぼりが冷めるまでカガミ様のところでかくまってもらえ、とローエン殿下から言いつかってきたのです」
港の襲撃ではローエン自身が大けがを負ってしまっている。
誰かが責任を取らざるを得なかったということか。
カイ隊長を華の帝都から激戦が予想される同盟国へ派遣して、左遷という体裁を取り繕ったのだろう。
僕はカイ隊長を輸送艦の応接室へと招いた。
「とてつもない軍船ですね。こんな……」
カイ隊長は続く言葉が見つからないようだ。
大きさもそうだけど、金属製の船というのがまた珍しいみたいだ。
各種計器やクルクル回る魔導レーダーも見慣れないだろうしね。
「今のところこれがベッパーの守護神みたいな船ですよ」
「今のところ……?」
「僕の船は進化するんです」
「進化……。先ほど見た空飛ぶ箱も船が進化したものなのですか?」
イワクス2のことかな。
「あれは、艦載機と言いまして、船に付属する機体ですね」
「はあ……、もう驚きすぎてうまく頭が回りませんよ。馬のつかない馬車が走り、箱が空を飛んでいるのですから、ベッパーはまるでおとぎ話に出てくる超古代文明のようなところですね」
カイ隊長は興奮を鎮めるかのようにテーブルの紅茶を一息で飲み干していた。
「そうそう、超古代文明といえば、海底で遺跡を発見したんです」
「ええっ!? 海底ってどうやって……」
「簡単に説明すると海に潜れる艦載機があります。魔導モービルって言うんですけどね。それを使って沈没した船から財宝を引き上げていたんですよ。そしたら古代文明の痕跡を見つけましてね」
僕はオリハルコンの盾を見つけたいきさつをカイ隊長に話してあげた。
「ね、夢のある話でしょう? あとでカイ隊長もオリハルコンの盾をご覧になりますか? 大きくてびっくりしますから」
カイ隊長は驚きに目を見張り僕の顔をじっと見つめていた。
「あの、なにか?」
カイ隊長の目があまりにも真剣で気まずくなってしまう。
と、いきなりカイ隊長がその場で平伏した!
なにごと!?
「カガミ伯爵、この通り伏してお頼み申し上げます! なにとぞこのことはローエン殿下には伝えないでください!!」
「ど、どういうこと?」
「海底遺跡の調査などということを聞けば、殿下はすぐにでも皇位継承権を投げ出してカガミ伯爵に合流されてしまうかもしれません!」
あっ、いきなり納得。
でも、ローエンはあれで責任感はまあまあある方だとは思うけど……。
「大きな声では申し上げられませんが、今帝国は跡目問題で揺れております。皇太子のリーアン様と第二皇子のコー様が争われていらっしゃるのです。今ここでローエン皇子が身を引けば微妙なバランスで成り立っている権力構造が音を立てて瓦解するかもしれないのです」
「ローエン皇子にはもう少し頑張っていてもらわないといけないってことですね」
「はい。ですが殿下は自由を愛する気質にございます。義兄弟たるカガミ様が海底遺跡の調査をしているなどと知れば……」
「たぶん、ずるいぞっ! とか叫んでベッパーまでやってきそうですよね」
「それです。今の時期に長らく帝都を留守にするわけにもいきませんので」
カイ隊長や周りの人に迷惑をかけるのはよくないな。
「わかりました。ローエン皇子にはしばらく内緒ということにしておきましょう」
「よろしくお願いします」
あんまり刺激しない方がいいということか……。
ローエンは冒険とか探検に目がないから、すぐに政務をほっぽりだそうとしちゃうんだよね。
あっ、僕もか……。
いや、これはベッパーのため、ひいてはロックナ王国のためになることなんだ。
そう自分に強く言い聞かせた。




