ボートレース
お姉さんたちと揃って夕飯を食べるときも、話題は明日のボートレースのことでもちきりだった。
「だけどさぁ、褒美があった方がアタシも張り合いもあるんだけどな」
そんなことを言い出したのはフィオナさんだ。
「賞金でも用意しましょうか?」
稼いだ稼いだお金はベッパー復興で端から消えていくけど、まったく余裕がないわけじゃない。
今日だけでボートの注文は23艘にもなっている。
明日になれば売り上げはさらに伸びるだろう。
日頃お世話になっているお姉さんたちのために少々の賞金をつけたって惜しくはない。
「コラッ! レニー君に迷惑をかけるんじゃない」
「いいんです、シエラさん。それくらいでやる気を出してもらえるのなら。5万ジェニーくらい用意しましょうか?」
そう提案したけど、フィオナさんはチッチッチッと指を振って拒否した。
「いやいや、アタシだっていたいけな少年から小遣いをせびるつもりなんてないよ。それよりも一等になった人のお願いをレニーがなんでも叶えてくれるっていうのはどうだい?」
「なん……だと……」
迷惑をかけるなと言っていたシエラさんが黙っちゃった!?
「わらわに異存はないぞ。わらわが望むのは一つだけだがな……」
「はい、これで陛下の夢が成就されます」
なんかアルシオ陛下とアクセルさんが頷き合っている!?
たかがレースで僕の将来を決めようとしていない?
「あんまり、重いお願いはなしにしてくださいよ」
「私もそれでいいかな。ちょっと欲しいものがあるからレニー君に頼んじゃおっと」
そうそう、そういうのですよ、ミーナさん!
「いいわね。私はレニーとの一日デート権にしちゃおうかな」
ルネルナさんとデート?
どこへ行ったらいいんだろう……?
「なんだと!! そのような大それた望みでも構わんのか!?」
シエラさんは大袈裟すぎです……。
それにしてもこの中で勝つのは誰だろう?
度胸ならシエラさんが一番だけど、フィオナさんは魔導エンジンのことを知り尽くしている。
体重が軽くて小さいのはルネルナさんで、風の抵抗を受けにくいからその分有利に違いない。
アルシオ陛下だって伝導の儀式で操船のエキスパートになっている。
それに誰よりも目つきがギラついているんだよね。
ちょっと怖いくらいに……。
誰が勝っても不思議じゃないけど、アルシオ陛下は結婚のことがあるし、フィオナさんも無茶なことを言い出しそうで気になる。
魔導モービルの重力制御コアユニットを分解させてくれとか言いだしそうなんだよなぁ。
僕はちょっと不安な気持ちになりながらレース当日を迎えた。
レース会場となる河口ではエンジンの爆音が重なって響いていた。
レースを目前にしたお姉さんたちが自分のボートの最終チェックをしているのだ。
セミッタ川の河口は一番広いところでは40㎞にも達するので、場所に困ることはない。
コースは直線やカーブ、ジグザグなどを取り入れて全長を2400mに設定している。
こうしておけば観客に魔導エンジンを積んだボートの機動性を十分アピールできるはずだ。
どのボートのエンジンも調子の良さそうな音を立てているからトラブルはなさそうだ。
みんなの前で故障する姿だけは晒したくない。
ん? 変だな、なんか一艘だけエンジン音が違う気がするんだけど……。
「フィオナさん」
「よう、レニー。アタシの応援に来てくれたのかい?」
「それもありますけど……、このエンジン、なんかおかしくないですか?」
「そ、そんなことないだろ? みんなと同じ80馬力エンジンだぜ……ホントに……」
フィオナさんが視線を合わさない。
あきらかに挙動不審だぞ。
しかもこの魔導エンジンは確実に他より力強い唸りを立てているのだ。
「エンジン音が違いませんか?」
「それは……あ〜自分用にちょろっとだけカスタマイズを……」
よく見るとエンジンの横に見慣れない装置がついている。
「それは何ですか?」
「そ、それはたいしたことないんだ……」
「何ですかって訊いているんです」
ジト目で睨むと、ついにフィオナさんは白状した。
「マ、マジックチャージャー……」
「マジックチャージャーって?」
「実は先日思いついたばかりなんだけどさ、排気の流れと風魔法を利用して、エンジンが吸入する空気の密度を高くする過給機なんだよ。これによって火炎魔法の燃焼エネルギーを大きくするんだ。すごいアイデアだろう?」
やっぱりフィオナさんは天才だな。
「確かにすごいアイデアです。だけど不正はいけません。普通のボートに乗り換えてくださいね」
レースでマジックチャージャーの性能を見たいのはもちろんだけど、それはまたの機会にしなくちゃね。
「そんな。アタシが優勝できなくなっちゃうじゃないか!」
「それはやってみなければわかりません」
「ああ……レニーと二人でクルージングに行きたかったのに……。二人で釣りをして、クルーザーでフィッシュアンドチップスを作ったりして、夜は無人島でテントはってさ……」
そんなささやかなお願いだったの?
しかもすごく楽しそう。
それなら時間ができ次第叶えてあげられるのに……。
いやいや、ここでお姉さんを甘やかしちゃだめだな。
「とっても楽しそうですね。フィオナさんが優勝したら僕もキャンプファイヤーとか、じいちゃんに教わった異世界の料理とかを振舞いますよ。だから頑張ってくださいね」
「はあ……しょうがない、真面目に頑張ってみるか」
フィオナさんはしぶしぶ普通のボートの調整を始めた。
バレないと思ったのかな?
マジックチャージャーに関してはテストを繰り返して、次回のモデルチェンジの時に実装できたらいいなと思った。
風魔法を使った警笛音とともにレースは始まり、スタートダッシュでフィオナさんが抜きんでた。
これは不正でもなんでもない。
エンジン性能を知り尽くしたフィオナさんが絶妙の回転数でスタートを切ったからだ。
同時に最初の直線では予想通り体の小さなルネルナさんのボートもグングンとスピードを上げていく。
「いいぞルネルナ! そのまま逃げ切るんだっ!」
ニーグリッドさんが嬉しそうに声援を送っているぞ。
普段は見せない父親の顔をしていて、なんだかホッコリしてしまった。
レースは最初のコーナーへと差し掛かる。
ここでテクニックを見せたのがシエラさん、アルシオ陛下、ミーナさんだ。
特にミーナさんのコース取りは上手く、無理のないスムーズなコーナリングをしていた。
シエラさんやアルシオ陛下も上手いんだけど、無理をしすぎている気がする。
これは本当に予想外で、ミーナさんが一番落ち着いて操縦できていた。
メンタルの問題かな?
シエラさんとアルシオ陛下は必死すぎるというか……。
結局、ミーナさんが一等賞でレースは幕を閉じた。
ちなみに2位以下の順位は、シエラさん、アルシオ陛下、フィオナさん、ルネルナさんとなった。
「爺、予定していた婚約発表会見は中止だ……」
「無念でございます、うぅ」
陛下はそんなことまで用意していたの!?
「レニー君と一緒の射撃旅・夢気分計画が……」
射撃旅?
シエラさんは戦車で旅行するつもりだったのかな?
なんとなくだけど、ミーナさんが優勝してくれて助かった気がする。
「そういえば、ミーナさんの欲しいものって何ですか? 僕に頼みたいとか言ってましたよね」
「うん。前にレニー君が教えてくれたスライサーって道具よ!」
じいちゃんが作ったあれか!
スライサーというのは、野菜をスライドさせるだけで薄切りや細切りができてしまう便利な調理道具だ。
じいちゃんの故郷で作られていたそうで、僕らの世界にはない道具なのだ。
「それじゃあパル村まで取りにいきましょう。そうそう、スライサーだけじゃなくて、便利な皮むき機や圧力鍋なんていうのもありますよ」
「なにそれ!? ワクワクが止まらないんだけど!」
久しぶりのパル村だ。
みんなは元気にしているかな?
「コウスケさんのお墓参りもしないとね。しばらく帰れなかったものね」
「ミーナさん……」
気を遣ってスライサーを選んでくれたのかな?
ミーナさんの優しさに涙が出そうになった。




