大商談会
15艘の船外機付きボートを乗せた高速輸送客船は無事にルギア港に到着した。
僕たちが何度も行き来しているものだから、魔の海峡周辺の魔物は駆逐されつつある。
交易船が襲撃される回数も激減していて、船乗りたちも海が穏やかだと喜んでいるそうだ。
ついに僕らは自作魔導エンジンのついたボートを売り出すことになった。
今回はそのお披露目のためにルギア港までやってきたのだ。
「久しぶりのハイネーンね!」
祖国に戻ってきたミーナさんが目を輝かせている。
今回はミーナさんだけでなく5人のお姉さん全員がルギア港に同道していた。
セーラーウィングの情報で、まだまだ魔軍の襲撃はないことがわかっている。
ベッパーのことはノキア将軍にまかせてみんなで出かけてきたのだ。
そうそう、フェニックス騎士団の団長だったノキアさんは、解放軍の将軍に昇格したんだ。
「レニーーー!!」
こちらに向かって手を大きく振るルネルナさんの姿が操舵室から見えた。
ルネルナさんは商談会のために、ずっとルギアに出張していたのだ。
久しぶりに元気な姿を見られてホッとしたよ。
あれ?
ルネルナさんの後ろに豪勢な服を着た人たちがいっぱいいるけど……。
港ではルネルナさんと複数の人々に出迎えられた。
「よくぞハイネーン王国に戻られましたな、カガミ伯爵。お会いできるのを楽しみにしておりましたぞ!」
そう言いながら僕とブンブン握手をしてくるのはハイネーン王国の通産大臣だそうだ。
「カガミ伯爵には、ハイネーンでも領地と爵位を受けていただこうという話でもちきりなのですよ」
そう言うお役人の顔には見覚えがあった。
たしかアルシオ陛下に引き合わされたとき、王命を伝えてきた人だ。
あの時はすごく偉そうにしていたけど、今日はやけに腰が低い。
でもハイネーンの爵位なんていらないよ。
エディモン伯爵だけで僕は手一杯だ。
新しい領地なんて手に入れたら、体と船がいくつあっても足りやしない。
冒険の旅だってお預けになっているし、これ以上の苦労はいやだった。
「レニーの真価にようやくハイネーン王国も気が付いたのよ」
ルネルナさんがそっと耳打ちしてくれた。
それはいいのだけど、内緒話をするついでに耳にキスするのはやめてほしい。
「くすぐったいです……」
「いいじゃない、久しぶりに会えたんだから。二週間以上の単身赴任で、ずっと寂しかったんですからね」
他に人がいるのであからさまなことはしてこないけど、大臣たちがいなかったら今ごろハグの嵐だったかもしれないな。
でも、今は仕事のことを考えないと。
ルネルナさんが大臣たちをここに連れてきたというのは考えがあってのことだろう。
おそらく船外機付きボートを売るために違いない。
だったら、彼らを粗略に扱うことはできないよね。
「よろしければ、船でお茶でもいかがですか?」
僕は大臣たちをお茶会に誘ってみた。
「それはありがたい申し出だ。この客船の噂も聞いておりますぞ。料理も素晴らしいと評判だ」
高速輸送客船はルギアとコンスタンティプルの連絡船をやっていて、カガミゼネラルカンパニーの重要な商売になっている。
豪華な船室は人気で、ミーナさんが監修した料理も有名になっているのだ。
「アフタヌーンティーの用意をしましょうね」
ミーナさんが率先して言ってくれた。
「総料理長が自ら腕を振るってくれるそうです。皆さんは運がいいですよ」
お茶うけにでてくるアボカドと小エビのサンドイッチを楽しみに、僕は大臣たちを船へと案内した。
セミッタ川にかかる無数の桟橋の一つを貸し切りにして、僕らは船外機付きボートの商談会を開催した。
試乗もできるようになっていて、商人や騎士団、国の代表などが実際にボートに乗って歓声を上げている。
ルネルナさんが顧客になりそうな人や組織へ事前に招待状を送っておいてくれたから、商談会は大盛況だ。
招待状が試乗体験のパスにもなっているので混雑も起きていない。
さすがは我らの主計長だ。
「なんだ、このボートには武装がないのだな。肝心の機銃はどこにいった?」
「これは試作機ですからついていませんよ。ただバリバリのバリスタという武装をオプション装備することはできます」
聞き覚えのある声がすると思ったら、ルマンド騎士団のシェーンコップ団長をシエラさんが案内しているところだった。
「シェーンコップ団長、お久しぶりです!」
「おお、レニー君じゃないか。招待状をもらって駆けつけてきたよ」
「ありがとうございます。もう、ボートには乗られましたか?」
「ああ、なかなかいい出来じゃないか。ルマンドでも連絡艇として一艘購入するつもりだ。一番出力の大きい80馬力のやつがいいのだが、乗って帰ることはできるかい?」
ずいぶんと気の早いことだけど、見本用のボートでよければこちらもそれで構わない。
現金はいくらあっても足りない状態なのだ。
ラインナップは32馬力、60馬力、80馬力の三種類を用意しているけど、一番人気はやっぱり80馬力のようだ。
「レニー、また大口注文が入ったわよ」
嬉しそうにルネルナさんが声をかけてきた。
シェーンコップ団長のを含めると、もう6艘は売れている。
「すごいですね。今度は何艘ですか?」
「クラスはいろいろで、合計15艘よ!」
値段は馬力ごとに変わってくるけど、合わせたら800万ジェニーはくだらない額だぞ。
「誰がそんなに?」
「私だよ」
後ろから声をかけられて振り向くと、覇気に溢れた紳士が立っていた。
「ニーグリッドさん!」
この人だったら大量注文も頷ける。
取引相手はルネルナさんのお父さんであり、天下の豪商、ニーグリッド商会の会頭だった。
「久しぶりだね、レニー君。いや、もうカガミ伯爵とお呼びしなければ失礼ですな」
「やめてください、ニーグリッドさん。これまで通りレニーと呼んでください」
「ですがねぇ……」
「僕はルネルナさんの生徒ですよ。先生のお父様に気を使わせるわけにはまいりません」
「はっはっはっ、それではこれまで通りのお付き合いをさせてもらいますよ。それにしても盛況ですな。各騎士団をはじめ、各国の大使や駐在員もこの会場に多く来ているようだ」
「おかげさまでいい宣伝をさせてもらっています。ルネルナさんに聞きましたが、明日のことではニーグリッドさんにも口利きをしていただいたそうで、ありがとうございました」
「それですよ!」
ニーグリッドさんは嬉しそうに手をポンと打った。
「私も個人的に明日のレースを楽しみにしているのです」
僕たちは商談会を盛り上げるためにボートレースを開催することにしたのだ。
レースを開催すればみんなが興味を持ってくれるだろうし、魔導エンジンの性能も見せつけることもできるから一石二鳥と考えている。
レースの開催に当たってはセミッタ川の広い河口で場所取りをしたり、許可申請などが必要だった。
本当は面倒な手続きが必要なんだけど、ニーグリッドさんが役所の上層部に掛け合ってくれて、許可はすんなりと下りている。
「ここだけの話だけどね、観覧席には国王陛下もやってくるそうだよ」
「何ですって!?」
「貴族の間でもかなりの評判になっているんだ。さっそく賭け事の対象になっているみたいだね」
ニーグリッドさんがいたずらっ子の表情で教えてくれる。
ハイネルケの人々は賭け事が好きだからなぁ……。
田舎の方でも、お祭りの時には草競馬などがしょっちゅう開催されるのだ。
「えっと……そんなことをしてもいいんですか?」
「賭けをするのは国王陛下や重鎮たちだよ。取り締まれる人がいると思うかね?」
それじゃあどこからも文句は出ないか……。
「ここだけの話、私もお付き合いで一口乗るつもりだ。もちろん賭けるのはルネルナにだがね」
そう、ボートレースは5人のお姉さんたちによって競われる。
80馬力の魔導エンジンを使うから、トップスピードは50㎞かそれ以上になるだろう。
普通のヨットでは出せないスピードだし、操作性は皆が見たこともないようなものになるはずだ。
都の人々にも噂は広まっていて、明日は大勢の人が河口にやってきそうだとのことだった。




