局長と主計長
ベッパーの復興は順調だ。
人口は1万2千人まで増えたし、兵員も4600名まで増員できた。
港の施設は前よりも使い勝手が良くなったとさえ言われている。
「いや、お世辞抜きでそうですぜ、伯爵。はっきり言って前よりもずっと立派になったくらいだ」
僕にそう言ってくれるのは樽職人のおじさんだ。
港というのは様々な建物が建っていて、さながら一つの生き物みたいに集団を形成している。
船を修理するドック、補給倉庫や魚の加工場、樽や帆布やロープなどを作る工房なんかが効率よく並んでいるのだ。
このおじさんもそんな港に暮らす職人の一人だった。
「それもこれもアルシオ陛下とカガミ伯爵のおかげでさぁ。いや本当にどうも」
「それは良かったです。なにか困ったことはありませんか?」
「あっしは収容所にいましたからね、その時と比べれば今の暮らしは天国ですよ。まあ、盛り場なんかが増えればありがたいんですけどね……独り身なんで女日照りが続くとどうにもいけなくって……」
おじさんの言葉を慌てて止めようとする護衛騎士を僕は手で制した。
「盛り場ですか……」
さすがにそこまでは手が回らないけど、お酒などの輸入や、生産を再開する必要はあるのかもしれない。
「人口が増えていけばそういうお店も自然と整ってくるでしょう。安くて美味しいお酒が仕入れられるように頑張ってみます」
「へへへ、おねげえします」
オジサンは恥ずかしそうに頭を掻いている。
課題は尽きないけどやれることから手をつけていくことにしよう。
月明かりのない夜だった。
新月を選んで飛んできたのだろう、そのガルグアはベッパーのはるか上空を飛行してきた。
魔導レーダーの探知網を避けるには低空飛行をした方がよいのだけど、ガルグアにそんな知識はない。
良かれと考えて、目視を避けるために高い高度を飛び、人気のない海岸で急降下していた。
周囲は真っ暗で人間たちに潜入を気付かれた気配はないと思っているのだろう。
だけどそうは問屋がおろさない。
陸戦型魔導モービル・ゲンブの暗視ゴーグルには魔族の姿がしっかりと写っていた。
「そこまでだよ」
僕は後ろからガルグアに声をかけた。
「なっ! どうして気づいた!? これまで潜入任務で気付かれたことは一度もない俺なのに……」
やたらと驚いているけど、レーダーのことも地理情報のことも魔族は知らないからね。
ましてや魔導モービル・ゲンブのことなんて知っているわけないか。
僕たちだってまだ運用試験段階なんだから。
高速の踏み込みで懐に入り、形見のナイフを振り上げる。
ゲンブにはラ・ルクナって言う大剣が装備されているけど、ダガピアで戦う僕にはナイフの方が慣れている。
外骨格アシストの補助で重い大剣も楽に扱えるけど、それでも使い慣れたナイフは手に馴染む。
それに、切れ味ではじいちゃんのオリハルコンナイフだって負けてはいないのだ。
首を切られたガルグアが大地に沈むと辺りからサーチライトが僕らを照らし出した。
「どうだいゲンブは?」
興奮した顔つきでシエラさんが小型トラックから降りてくる。
「すごいです。アーマーをつけているという違和感がまるでないですよ」
玄武の全高は2m80cmにもなるのだけどオートアジャスト機能で誰でも装着できる。
僕より背の低いルネルナさんでも大丈夫だ。
もちろん一番背の高いシエラさんでも問題なく使えるはずだ。
「踏み込みを見たけどすごい速度だったぞ。身体強化魔法を使った私でもかわせないだろう、アレは」
「僕としては身体強化魔法を使ったシエラさんが、ゲンブを使ったらどうなるかに興味がありますね」
おそらく無敵なんじゃないかな。
「つ、使ってもいいの?」
「悪いことをしなければ」
冗談めかしていうと、シエラさんの顔がパアッと明るく輝いた。
「レニー君のために使うから!」
「みんなのために使ってくださいね」
「うん!」
とはいえゲンブは30分しか使えない決戦兵器みたいなものだ。
投入局面はみんなで話し合って精査していかなければならないな。
朝の会議では、昨晩の侵入者について報告しておいた。
「予想通り敵が探ってきましたね。闇雲に軍を送るのは危険とわかって今度はじっくり情報を集めることにしたようです」
「魔軍が攻めてくるのかな?」
ミーナさんは少し不安そうだ。
「いずれはそうなるでしょう。でも、軍の再編成には時間がかかるし、まだ詳しい情報が漏れたわけではありません。本格的な戦闘はもう少し先じゃないでしょうか?」
「こちらから攻めるという手もあるぞ! ゲンブを実戦投入だ!」
シエラさんは魔導モービルを使いたくて仕方がないようだ。
人々の暮らしが安定しつつあるベッパーに攻め込まれるのはよくない。
こちらから討って出て、大陸に前線基地を構築できればいいんだけど、それはそれで難しい。
「問題は魔石の確保よ。いくらレニーの船が無敵でも、魔石がなければ動かせない鉄の山よ」
ルネルナさんのいう通りだ。
それにロックナ本土に攻め込むには軍を二分しなくてはならない。
規模が4600になったとはいえ、まだ兵士の数が足りないというのが頭の痛いところだ。
今は人とお金を増やして来るべき決戦に備える時期だと思う。
「あー、ちょっといいかな? 実は私からみんなに良い報告がある」
ニヤニヤと笑いながらフィオナさんが胸をそらしている。
「何かしら、フィオナ魔導技術開発局長?」
からかうようなルネルナさんの言葉にフィオナさんは顔をしかめた。
「うえっ……。その肩書、何とかならない?」
フィオナさんは鍛冶師や魔道具師を束ねる魔導技術開発局の局長という役職についたばかりだ。
「まあ、呼び方なんてなんでもいいけどさ」
「で、なんなのよ?」
「ふふふ、聞いて驚け。ついに魔導エンジンの試作機ができたぞ」
僕らは全員が興奮で腰を浮かした。
「本当ですか!?」
「アタシはやるときはやる女だぜ。軽くテストした感じではすぐにでも実用化できそうな出来栄えだよ」
「さっそく見せて下さい!」
僕はもう椅子から立ち上がって扉の所へ駆け寄っていた。
魔導エンジンのうなりがフィオナさんの工房の壁に響き渡った。
「火炎魔法の爆発を利用しているから音はかなりうるさいよ!!」
エンジン音に負けないようにフィオナさんが大きな声で説明してくれる。
「これの馬力はどれくらいですか?」
「およそ60ってところだね。出力を上げるのはそう難しい問題じゃない。魔導エンジンを大きくすればいいわけだからね。ただ、魔力消費量はとんでもなく跳ね上がってしまうのよ。レニーのボートも60馬力があるだろう? だけど同じ60でもこいつの魔力消費は倍以上なんだ」
低消費と静粛性が今後の課題になってくるそうだ。
「でも、ここまで来たらベッパー産の自動車ができるのももう少しですね」
「それなんだけどさ、先に船用の船外機を作って売りださないか? 船外機だったらすぐにでも実用化できるぜ」
もともと4馬力船外機を参考にしてフィオナさんはエンジンを作っている。
分解して研究したので構造もよくわかっているのだ。
「セミッタ川流域の街や沿岸部だったら十分な販売額が見込めるわ!」
ルネルナさんがさっそくやる気を見せていた。
「フィオナ、船の見本はどれくらいで用意できる?」
「実は船外機に関してはもう90%以上できている」
「え?」
「アタシが趣味で作っていたんだよ。エンジンを組み込めばすぐにでも使えるはずさ」
驚きの顔に喜色を浮かべてルネルナさんがニヤリと笑った。
「局長様がホンモノの魔道具馬鹿で助かるわ」
「ほざいてろチビ主計長。売るのはアンタの仕事だよ」
二人は満足そうに頷き合っている。
「レニー、イワクス2を貸してちょうだい。私はルギア港へ飛ぶわ」
小さな体を弾ませながらルネルナさんが提案してくる。
「どうするんですか?」
「カガミゼネラルカンパニーの販売所を作ってくるのよ。有力者たちに宣伝もね。準備が整い次第、船外機付きボートの見本市をやりますからね!」
事業が軌道に乗れば購入できる魔石もグンと増えるはずだ。
材料の買い付けや職人の確保、更なる資金調達など、僕にもやることはたくさんある。
とりあえず久しぶりにスベッチ島へいって翡電石でも運んでこようかな。
翡電石は今や重要な資金源なんだよね。
値崩れしないように調整しながら売っている。
それぞれができることをやりながら、僕らは来るべき未来に備えるしかない。




