戦闘の兆し
甲板のイワクス1には50人の騎士が乗り込み、発進は間近だった。
騎士たちは今日も古戦場へ赴き、魔石を回収してくるのだ。
僕も騎士たちに同道して魔石回収を手伝う予定だ。
僕の『地理情報』があれば魔物の動きは手に取るようにわかるからね。
リスクは低ければ低いほどいい。
今回はセーラーウィングが上空から集めた情報で、特に魔物の少ない地域を選んである。
セーラーウィングの情報収集能力は予想以上に役立っていて、魔族の拠点や収容施設などの詳しい位置もつかめてきた。
近々、新たな作戦が展開されるだろう。
「レニー!」
イワクス1に乗り込もうとしていたらフィオナさんが走ってコチラにやってきた。
目の下にクマができている様子をみると、昨晩も夜更かしをしていたようだ。
「そんなに急いでどうしたんですか?」
「これがちょうどできあがったんだ。出発前に間に合ってよかったよ」
フィオナさんは30㎝ほどの杖のようなものを差し出してきた。
「これは?」
「魔石探知機『見つける君』だよ。魔石が近くにあると音で知らせてくれるんだ」
「すごい発明じゃないですか!」
「まだ試作機だけど、実験室での反応は良かったよ。だからフィールドでの実証実験を頼む。使えるようなら大量生産するからさ」
今日の出動に間に合わせるために寝ないで頑張ってくれたんだな……。
「ありがとうございます。実用化したら回収できる魔石の量が跳ね上がりますね」
「ああ、そう祈っているよ。ふぁああ!」
フィオナさんは盛大にあくびをもらした。
「さて、何か食べたらひと眠りするよ」
「それなら、治癒魔法加速カプセルを使ってください。寝不足は万病の元ですからね」
治癒魔法加速カプセルは大量の魔石を消費するから簡単に使ってもらうわけにはいかないけど、フィオナさんはここのところ研究ばかりで寝不足が続いているのだ。
「じゃあ、そうさせてもらうか。せっかくレニーが4馬力エンジンをアタシに預けてくれたんだ。少しでも早く開発を進めたいからね」
「あっ、でも無理だけはしないでくださいね」
「わかってる。アタシだって無理は嫌いだからね」
魔道具の研究の時はそんなことないくせに……。
どうせ寝食を忘れて夢中になってしまうのだから、治癒魔法加速カプセルでリフレッシュしてほしかった。
□□□
ロックナ王国、ダハル宮殿、謁見の間。
玉座に座ったブリエルは憤怒の形相で腹心のタトールを叱りつけていた。
「どういうことだ!? なぜワイバーン部隊は帰ってこない?」
「それは……」
ワイバーンもライダーも帰還したものは一人もいない。
情報がないのでタトールには答えようがなかったが、状況を見る限り敵に討ち取られたと判断するしかないだろう。
それはブリエルにもわかっていることだった。
ブリエルは自らを落ち着かせるように大きく息を吸った。
そして無理に余裕の態度を作って見せる。
「少々、人間どもを甘く見過ぎていたようだ。ベッパーに軍を派遣せよ。私が直接指揮を執る。編成はそなたに任せるが、決して侮るな。ベッパーのゴミどもを確実にひねりつぶすのだ」
こめかみをピクピクさせながらブリエルは凶悪な笑みを浮かべた。
「すぐにでも情報を集めます」
ピシッ!
ブリエルの掴んでいた玉座のひじ掛けにヒビが入っていた。
「わかっていないな、タトール君。そんな暇はないのだよ。すぐにでも奴らをひねりつぶすのだ!」
「ははっ! それでしたらワイバーンを5小隊。陸上部隊5000を乗せた10隻の船をバクナワ30体に運ばせましょう。ベッパー程度の島なら十分すぎる編成です」
「よかろう……。だが失敗は許さんぞ」
ブリエルの迫力にタトールはたじろいだが、この編成なら人間の軍隊が3万人規模であっても壊滅させられるはずである。
まして、ベッパーには立てこもれるような城塞もない。
常識的に考えれば十分すぎる数なのだ。
「必ずや敵を壊滅させて御覧に入れます」
タトールの言葉にブリエルもようやく納得したようだった。
「そうそう、人間どもの代表は生かしたまま捕らえよ」
思い出したかのようにブリエルは付け加える。
「必ず十字架裂きにしてやり、バカな夢を見る人間どもに現実を教えてやるのだ」
「それは結構なお考えです」
「いや、まだ生ぬるいな。そうだ、捕らえた人間は全員十字架裂きにしよう。何日かかろうとも一人一人全員を丁寧に処刑してやるのだ」
虐殺の狂気に酔いながら、ブリエルは戦闘の準備に入るのだった。
□□□
フィオナさんの魔石探知機『見つける君』の効果はてきめんで、魔石を効率よく回収できていた。
僕も実際に試してみたけど、慣れさえすれば誰でも簡単に魔石を見つけられる装置だった。
「見つける君はどうだった?」
治癒魔法加速カプセルに入ったのだろう、フィオナさんの肌はつやつやしていて、目の下のクマもすっかりとれていた。
「とても良かったです。すぐにでも量産に入ってもらいたいですよ。まずは回収班用に60本くらいお願いします」
「了解。魔道具師や鍛冶師の連中に手伝ってもらえば、再来週には間に合うかな」
ベッパーに移住してきた人の中には魔道具師や鍛冶師がたくさんいる。
フィオナさんにはこういった人たちの取りまとめ役もしてもらっているのだ。
「ゆくゆくはもっとたくさん作ってほしいわね。これは絶対に売れる魔道具よ」
口を挟んできたのはルネルナさんだ。
「そんなに売れるかな?」
「絶対にいけると思うわ。特に沿岸部の人々に人気が出るんじゃないかしら。ほら、砂浜には魔石が埋もれていることが多いじゃない。いい副業になると思うんだけどな」
魔石は需要が高く、買い取り価格も安定している。
「そういうことならベッパーの市民には無償で貸出するのもいいかもしれないですよね。僕らは魔石が欲しいし、買い取れば経済が回りますから一石二鳥です」
僕の意見をルネルナさんはにっこりと笑ってほめてくれた。
「とてもいい考えだわ、レニー。商品名は考え直すとして、魔石探知機はカガミゼネラルカンパニーの有力商品になりそうね」
「なんで商品名を考え直すんだよ? それはともかく、探知機の機構自体は単純だから量産は難しくないぜ」
「魔導エンジンの開発もおろそかにしないでよ」
「わかってるさ。量産はアンタや他のやつに任せて、アタシは魔導エンジンの開発に集中するよ。4馬力エンジンの解析は終わったから近いうちに試作機をお披露目してやるさ」
量産体制と販路についてはルネルナさんが、魔導エンジンは引き続きフィオナさんが頑張ってくれることになった。
ベッパーは魚の塩漬けなどを輸出して、必要な食料や家畜を輸入しているのだけど、実をいえば貿易収支は大赤字だ。
高速輸送客船による交易品の利益と各国からの支援金でなんとかやりくりしている状態である。
でも、魔石探知機や魔導エンジンを積んだ自動車や船を量産できれば、収支は一気に逆転するはずだ。
「お二人にはご苦労をかけますけど、よろしくお願いします」
二人のお姉さんは笑顔のまま首を振った。
「私はカガミゼネラルカンパニーを大きくするのが楽しいのよ。好きでやっているんだから心配しないで」
ルネルナさんの指が優しく僕の髪に絡む。
またそうやって僕を子ども扱いする……。
「そうだぞ。アタシだって金と人を自由に使わせてもらっているんだ。レニーは遠慮なく甘えていいんだぞ」
天国のじいちゃん、僕は頼もしいお姉さんたちのおかげで、なんとかエディモン伯爵なんていう大それたことをやっていられてます。




