治癒魔法加速カプセル
輸送艦の艦長室にはシエラさんとルネルナさんがいた。
水平線に沈みかけた夕日が世界をオレンジ色に染め上げている。
シエラさんは少し不満そうにルネルナさんを見た。
「ルネルナも私の講義を聞くのか?」
「いいでしょう、別に。そんなにレニー君と二人きりになりたいの?」
「バ、バカモノ。私は真面目に軍行動についてだな……」
「ハイハイ、わかっているわ。だいたい騎士たちの作戦立案には経済的観念が抜け落ちやすいのよ。そこら辺のところを私が修正するわ」
「まあいい、はじめようか」
本日はここでシエラさんから作戦立案の基礎を教わることになっている。
「レニー君、作戦を立てるにあたって一番大切なことは何かわかるかな?」
なんだろう?
どうすれば敵をせん滅できるか、そのためにはどう部隊を動かすか、なんてことを考えるのが作戦というものだと思う。
次の軍事行動はベッパーの解放だけど、それを考えるのに一番大切なことって……、やっぱり自分たちが何をしたいのかをはっきりさせることかな?
「目標を立てることですか?」
そう言うとシエラさんは笑顔になった。
「その通りだ。作戦には大勢の人間がかかわる。だからこそ目標は明確でなければいけない。簡潔であればなおいいのだ」
兵士の一人一人が目標を理解していれば動きも取りやすくなるのだろう。
「そこのところを踏まえて、ベッパー解放では何を目標としたらいい?」
「捕らえられている住民の救出が一番の目的です。それから島の魔族をせん滅することですから、奴らの拠点を急襲して占拠することです」
「うん、その通りだ。既に潜入部隊が住民の収容施設の位置を特定した。後は目標を達成するためにどれだけの兵力が必要かを考えていく必要がある」
作戦会議を前にしてシエラさんは僕に具体的な戦術を教えてくれているのだ。
ルネルナさんも経済的側面から作戦の分析をしてくれている。
二人とも艦載機の講習や指令書の作製で疲れているのに、こうして僕の面倒をみてくれるのだ。
ありがたいけど申し訳ないような気持ちでいっぱいになってしまった。
シエラさんの講義はミーナさんが晩御飯の支度ができたと呼びに来るまで続けられた。
「ふぅ、とりあえずはここまでにしよう」
肩を抑えながらシエラさんがノートを閉じた。
窓の外はすっかり暗くなっていて、天上の魔導灯が白い光を室内に投げかけている。
そのせいだろうか、シエラさんの顔はいつもより白く少し疲れて見える。
「ありがとうございました。お疲れみたいですね」
「はは、そんなことはないさ」
「あの、肩もみでもしましょうか? よく祖父にしてあげたからけっこう上手なんですよ」
「……」
えっ!?
シエラさんの顔がさらに白くなっちゃった!
「シエラさん?」
「レ、レ、レ……」
「ルネルナさん、シエラさんが!」
「大丈夫よ。あまりの嬉しさに固まっているだけだから。マッサージかぁ、レニー、私にもお願いね」
「私が先だぞ!」
あ、シエラさんが復活した。
「いや、レニー君にマッサージ? そんなことをさせるわけにはいかん! ルネルナ、そこを離れろ!」
なんで剣の柄に手をかけているんですか?
「ただのマッサージじゃない。難しく考えるのはよしてよね」
「私だってレニー君にマッサージをされたい。だが、レニー君が他の女をマッサージするのも耐え難い。よって、私もルネルナもマッサージは無しだ!」
「独占欲を拗らせているわね。そういう考え方は身を滅ぼすわよ」
よくわからない議論になっている。
言い合いをしているお二人を見て、僕はいいことを思いついた。
「でしたら特殊医務室の治癒魔法加速カプセルを試してみませんか?」
二人はびっくりしたように僕を見つめた。
特殊医務室をオプション選択してから怪我人は出ておらず、まだ一度も使ったことがないのだ。
「治癒魔法加速カプセルは疲労物質を取り除いて心身をリフレッシュさせることもできます。せっかくですから僕らで実験してみましょうよ」
「いい考えね。私も疲れがたまってきたからお願いしたいわ。レニーのマッサージを受けられないのは残念だけど、それならシエラも文句はないでしょう?」
「ああ。本当にリフレッシュできるのなら夜中まで講義ができるからな」
治癒魔法加速カプセルを使えば5分で7時間睡眠をとったのと同じ効果があらわれる。
魔石や魔力さえ惜しまなければ夢のような魔道具なのだ。
夕食後、僕らは医務室へと移動した。
シエラさんとルネルナさんだけじゃなくて、他のお姉さんたちも勢ぞろいだ。
六人で銀色の円形をした金属板に乗ると、頭上から透明なカプセルが降りてきた。
「セーラー1、頼むよ。みんなの疲労を取り除いて体力を回復して」
医務室には専属のセーラー1を配置してある。
「ピポッ!」
セーラー1が手慣れた感じでコンソールをいじると、足元の金属板に赤い魔法陣が浮かび上がり、そのまま頭の先まで僕らの体を通過していく。
「これ、何をしているの?」
怯えた感じでミーナさんが訊いてくる。
「スキャンといって、僕らの体の状態を調べているんです。大丈夫ですよ。痛いことはありませんから」
「うん、これでやっと肩こりが治るのね」
「そりゃあ、そんなでかい胸をしていたら肩もこるだろうな……」
フィオナさんの一言は聞こえなかったふりをした。
「ピポ!」
「準備ができたようです。それでは始めましょう」
(治癒魔法加速装置を起動します。緊急停止の場合はオペレーターに申し付けてください。症状によっては停止に時間がかかることもあります。お気をつけください)
スピーカーから無機質な女の人の声が聞こえてきた。
今回は疲労回復だけなので緊急停止もすぐにできる。
不測の事態にも十分対応できるはずだ。
装置が起動するとカプセルの中にホタルのような光が無数に生み出されて、それが体の中に浸透していった。
すぐに眠気が訪れて僕は目を閉じる。
最後に見えたのは両隣にいたミーナさんとフィオナさんのうっとりと目を閉じた姿だった。
(治癒魔法加速を停止。お疲れさまでした、体の状態は完全に正常です)
僕の治癒が一番に終わったみたいだ。
やっぱり若いからかな?
時計を見たら治癒がはじまって5分も経っていなかった。
シエラさん、ルネルナさん、フィオナさん、ミーナさんの順で治療は終わり、最後はアルシオ陛下だけだった。
コンソール画面で確認したら、胃が少しだけ荒れていたようだ。
陛下はみんなのことを気にかけているから心配が尽きないのだろう。
それでも40秒遅れくらいで陛下もすっかり元気になった。
「おお! 生まれ変わったように心と体が軽いぞ。これは爺にも試させてやりたいな。カガミ伯爵、よいであろうか?」
「すぐにセーラー1を使いにやりましょう。アクセルさんもきっと喜びますね」
「うむ、よろしく頼む!」
アルシオ陛下の顔色は輝くようだ。
今は眉間のしわもなくなっている。
「レニー君」
クイクイとミーナさんに袖を引っ張られた。
「どうしました、まだ調子の悪いところが残っていますか?」
「おかげさまで肩こりはすっかりとれたわ。でもね、どうせすぐにまた肩はこってしまうと思うの。でね……」
ミーナさんが何かを言い淀んでいる。
「どうしたんですか? 遠慮しないで言ってください」
「うん……。この魔道具を使ったら私の胸を小さくできるかな?」
「え……」
そんな機能がついているのか?
一応調べてはみるけど……って、ついてる!?
「えーと、できなくはないです。乳房縮小術っていうらしいですが……」
やっぱりこいつはとんでもない魔道具だ……。
「本当に! じゃあ、私もそれを使わせてもらえるかな?」
無邪気な笑顔でミーナさんが訪ねてくる。
僕は……。
「ミーナさんがどうしてもというのならいいですけど、僕は……僕はミーナさんにそのままでいて欲しいというか、あるがままで……。いえ、ミーナさんが辛いのならお手伝いします! どんな感じにしたいかおっしゃってください」
モニターに先ほどとったミーナさんのスキャンデータを出した。
「うわっ!」
僕は慌てて目を背ける。
だって画面にはミーナさんの裸の映像が映っていたからだ。
もちろん本物じゃないけど体の線が出てしまっているから見るわけにはいかない。
「ご、ごめんなさい」
「あはは……、恥ずかしいものを見られちゃったわね。うーん、やっぱりやめておくわ」
「えーと、それは……」
「やっぱりこれが私の体ですからね。ありのままの私とこれからも付き合っていくことにするわ」
「そ、それはよかった……」
なんとなくホッとした自分がいる。
「おい、レニー!」
さっきから聞き耳を立てていたらしいフィオナさんが僕の首にしがみついてきた。
「聞いてたぞ! こいつがあればアタシの体もボンッキュッボンになるんだな? すぐにやってくれ!」
「だめです」
「なんでだよ⁉ ミーナとの扱いが違い過ぎるぞ。アタシなら見られてもぜんぜんかまわないから」
「これは苦しんでいる人のための魔道具ですから、そういう相談には乗れません」
「なんだと~。ケチッ!」
「なんとでも言ってください。それに」
「それになんだよ⁉」
「フィオナさんは今のままで十分魅力的です。これ以上どこもいじらなくて美しいと思います」
フィオナさんの動きが止まる。
「お、おう……。美しいか……そ、そうか……」
健康な体をわざわざいじる必要なんかないもんね。
見た目で悩んでいるのなら相談には乗るけど、フィオナさんは元気いっぱいでしかも美しい。
治癒魔法加速カプセルに頼ることはないはずだ。
くいさがるかと思ったけどフィオナさんはそれ以上何も言ってこなかった。




