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勇者の孫の旅先チート 〜最強の船に乗って商売したら千の伝説ができました〜  作者: 長野文三郎


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伝導の儀式 最後

 女性騎士が入り口を守る特別船室を訪ねた僕は、シルクのパジャマドレスに身を包んだアルシオ陛下に迎えられた。


「よく来てくれたカガミ伯爵。遠慮せずに入るがよい」


 陛下は優雅な動きでソファーを勧めてくれた。

見ればローテーブルの上には飲み物が置かれていて、陛下は一人で飲んでいたようだ。


「チェリーブランデーだ。伯爵も飲むか?」

「いえ、お酒はまだ……」

「そうか、ならば勝手に飲ませてもらおう。少し緊張してしまってな」


 いつものように鋭い目つきのアルシオ陛下は摘まむようにしてグラスを持ち、真っ赤な液体を口に含んだ。

美味しそうに飲んでいる様子はなく、まるでそれが義務でもあるかのように喉を鳴らして飲み下している。

一見怒っているようにもみえるけど、陛下は緊張しているだけなのだろう。

つき合いも長くなってきたからそのことはよくわかっている。

陛下は美人なのだがいつもいかめしい顔つきをしていて、不安であればあるほどそうなるらしい。

きっと強張ってしまった心を解きほぐすためにお酒を飲んでいるのだ。


「お替りをお注ぎしますか?」

「……頼む」


 注ぎ過ぎないように注意しながらボトルを傾けていく。

赤いチェリーブランデーに小さな泡が一つ浮いていた。


「綺麗なお酒ですよね。もう少し大人になったらお相伴にあずかりたいです」


 そう声をかけるとアルシオ陛下は小さく笑った。

そして、少しためらう様子を見せたけど、陛下は何かを決意するように頷き、グラスの中身を一気に干してしまう。


「伯爵、儀式の前に一つ確認しておきたいことがある」

「それは何でしょう?」


 僕はてっきり儀式による具体的な変化を訊かれるものだと思っていた。

ところがアルシオ陛下は全然違う心配をしてたのだ。


「本当に……本当に私でいいのだろうか?」

「それは、儀式のことですか?」


 今や陛下の顔は不安でいっぱいになっている。


「私は伯爵の仲間のように秀でた才のある女ではない」

「陛下……」

「シエラ・ライラックの武勇があるわけではなく、ミーナ・ウルトのように料理も作れない。ルネルナ・ニーグリッドのように経済に明るくもなければ、フィオナ・ロックウェルのように魔道具の知識もない。ただ女王であるというだけのつまらない女なのだ。そんな私に伝導の儀式を受ける資格があるのだろうか?」


 激情に駆られて動かした陛下の手がテーブルの上のグラスに当たり、グラスはそのまま絨毯の上に転がった。

柔らかい絨毯の上に落ちたおかげでグラスは割れていない。

僕は立ちあがってグラスを拾い上げ、そのまま俯いている陛下の近くまで行って片膝をついた。

そうすると僕らの視線は同じ高さだ。


「陛下はつまらない人ではありませんよ。伝導の儀式を授けるにふさわしい信頼に足る人物です」

「しかし私には何もないのだ……」


 陛下の声は涙で震えている。

そうか、この人は自分の価値をちっともわかっていないんだ。

だからこんなに自分に自信を持てずに不安になっているのだろう。

僕はようやくそのことに思い至った。

だったら、教えてあげなきゃ。


 僕は陛下の目を見据えた。

そしてハッキリと大きな声で伝える。


「陛下は民を見捨てていません!」


 アルシオ陛下の目が驚きに見開かれる。


「陛下は財産もたくさんお持ちで、どこの国に亡命しても贅沢に暮らせたでしょう。でもそうはなさらずに戦っていらっしゃる」


 ついにアルシオ陛下の両眼からぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちてしまった。


「本当は怖いのだ。怖くて怖くてたまらないのだ! こんなことはやめてハイネルケ辺りで亡国の王族として生きた方がどれほど心安らかに暮らせるか……」

「どうしてそうなさらないのです?」

「国を守るために多くの兵士が死んだ。いまだ苦しむ民がいる。彼らから目を逸らして安穏と暮らせるほど私は強くない」

「違います。見るべきものを見ないのは弱い者のすることです。陛下はお強いのですよ」

「私が、強い?」

「はい。僕は知っていますよ。陛下は誰よりも優しくてお強い方です。ちょっぴり泣き虫ですが」


 そう言うと、陛下は恥ずかしそうに涙を拭いた。


「儀式を始めましょう」


 手を差し伸べると、アルシオ陛下は強く握り返してくれた。



 東の空が白むころ、頭にくすぐったさを感じて僕は目を覚ました。

すぐ横を見るとアルシオ陛下が僕の髪を指に巻いて遊んでいた。


「もう朝ですか?」

「すまぬ、起こしてしまったか。綺麗な黒髪を見ていたらつい、な……」


 いたずらが見つかってしまった子どもみたいな顔をしている。

昨日まで二人の間にあった壁みたいなものが儀式の間になくなってしまった感じだ。


「構いません。知識の伝達はすべて終わっているようです。後はその……」

「キスをすればいいのだろう? レニー、こちらへ」


 手を繋いだまま、僕らはベッドの上で起き上がる。


「昨日は見苦しい姿を見せた。忘れてくれるとありがたい」


 忘れられるかな……。


「僕にとってはアルシオ陛下と初めて二人きりで過ごした大切な思い出なんですが……」

「うっ……。だったら二人だけの秘密だ。約束してくれるか?」

「それならもちろん」

「ならばよい。はようキスをいたせ。遠慮はいらぬ」


 陛下は目を閉じて少し前へ顎を突き出す。

僕は顔にかかった陛下の髪をそっと横に撫でつけ、ゆっくりと唇を触れ合わせていく。

陛下の口から小さなため息が漏れていた。



 今日は高速輸送客船を使ってポセイドン騎士団と海馬をアルケイまで運ぶ日だ。

船長は僕で副船長としてルネルナさんが同行してくれる。

基本的に乗り物は二人の操縦士が必要だ。

そうすればどちらかにトラブルがあっても機体は動かせる。


「なぜルネルナなのだ? レニー君の護衛は私だぞ!」


 心配性のシエラさんがルネルナさんに突っかかっている。


「何度も説明したでしょう。今回はポセイドン騎士団との交渉事が多いの。物資の買い付けもあるのよ。それに、シエラはルマンド騎士団への応援要請という大事な仕事があるじゃない」


 シエラさんとミーナさんにはイワクス2でハイネルケへ行ってもらうことになっている。

シェーンコップ団長にかけ合ってロックナ解放のための騎士と兵士の応援を要請してもらうつもりだ。

見返りとしてヘリや船による物資と人員の輸送を約束する予定だ。


「いいかい、レニー君。勇気と蛮勇をはき違えてはいけないぞ。危なくなったらすぐに退却することも大切だからな!」

「シエラさんは過保護すぎます。今回はルネルナさんだけではなくナビスカさんたちも一緒なのですよ。少しは弟子を信じてください」

「愛弟子の成長……。うん、信じてりゅ……」


 成長期のおかげか僕の体もでき上ってきて、ダカピアの腕も上がっているのだ。

最近ではシエラさんを相手に3本に1本は技を決められるようになっている。



 僕はナビスカさんの娘であるマチルダさんとクレイリーの二人と操舵室で出航のときを待っていた。

海馬の捕獲で才能を見せた二人も今回はアルケイに帰国するのだ。

しばらく待っていると、ドタドタと足音が聞こえてナビスカさんが入ってきた。


「カガミ殿、出港準備は整いましたぞ。海馬も所定の位置でくつろいでおる様子だわい。みな肝の据わったいい海馬じゃ! ダハハ」

「では、そろそろいきましょうか」


 僕は警笛を鳴らして出航の合図を出す。

並んで浮かんでいた高速輸送客船と大型輸送艦の間がゆっくりと離れていった。

大型輸送艦の甲板ではフェニックス騎士団が、高速輸送客船の窓辺にはポセイドン騎士団が並び、互いに手を振り合っている。


「エディモン諸島ともしばらくはお別れか……」


 クレイリーが寂しそうに呟いた。


「きっとすぐに戻ってくるよ。ポセイドン騎士団の支部をここに建てるのがナビスカさんの提案なんだから。クレイリーはどうするの? こっちに来る? それともアルケイに帰る?」

「それは……、レニーはどうしてほしい?」

「僕? それは……クレイリーがいてくれたら心強いな。海馬の乗り方も教わっている最中だし」

「そうね、カワイイ生徒を途中で放り出すような悪い先生にはなりたくないわ。仕方がないから私もエディモンにいてあげるわよ」

「ダハハ! 偉いぞ、クレイリー。物事は途中で投げ出してはいかん」

「すみません、親バカとツンデレが親族で」


 マチルダさんが謝っているけど、なんでだろう?


「えっ? みなさんいい人たちで僕はとっても幸せですよ」

「あ……、レニー君は微妙に天然でしたね……。いえいえ、お気になさらずに……」


 空は晴れて水平線が眩しく輝いている。

気持ちの良い船出だった。



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