伝導の儀式、3人目まで
1日目
緊張にかすれる声で来訪を告げると、僕に負けないくらい緊張したシエラさんの応答が返ってきた。
ここは大型輸送客船の特別室だ。
本日はここで僕とシエラさんの『伝導の儀式』が行われる。
恥ずかしさに顔を上げることもできないで、床だけを見つめながらまま部屋の中に入った。
しまった、この後の展開を何も考えていなかったよ。
どう言葉をかけていいのか、何をしていいのかわからないまま無言で立ち尽くしてしまった。
それはやっぱりシエラさんも同じで、僕らは二人して部屋の中央に突っ立ったままだ。
このままじゃいけない。
覚悟を決めて顔を上げて初めて、シエラさんがパジャマ姿だということに気が付いた。
普段は鎧で身を固めた騎士が無防備な姿をさらしている感じがする。
見てはいけないものを見てしまっているような気持ちになって、僕のソワソワは加速した。
シエラさんの髪はしっとりと濡れていて、部屋の中には花の香りが漂っていた。
「ベルガモットの匂いがします……」
「ル、ルネルナが石鹸を貸してくれたのだ。私は要らないと言ったのだが、アイツが無理やり押し付けて……」
「素敵な香りですよ。シエラさんによく似合っています」
「そ、そうか……。それは……よかった……」
シエラさんはまだ僕と目を合わせてくれないけど、時刻は夜の10時を回っている。
そろそろ儀式を初めてもいい時刻だけど……。
「たぶん、シエラにとっては初めてのキスになるから、いい思い出にしてあげてね」
ここに来る前に、廊下でルネルナさんにそう言われた。
いい思い出って言われても、何をどうすればいいのか考えれば考えるほどわからなくなってしまう。
やっぱり誠心誠意、真心をもって接するしかないんだよな……。
よくわからないから、優しくすることだけを考えることにしよう!
心が決まると後は何となく言葉が出てきた。
「座って少しお話をしませんか? お風呂に入ったのならお水が要りますね。セーラー1に持ってこさせましょう」
「う、うん。さっきから喉がカラカラ……」
「実は僕もそうなんです。なんか緊張しちゃって」
正直に打ち明けると、シエラさんはようやく笑顔を見せてくれた。
通信機でセーラー1に連絡すると、すぐにお盆にのせた二つのグラスを用意してくれた。
僕らは二人掛けのソファーに座ってお水を飲みながらこれまでの思い出話なんかをする。
船上市場での出会い、カサックまでの道のり、初めての機銃などなど。
「輸送艦にはいろんな艦載機がありますけど、シエラさんはどれに乗りたいですか?」
「戦車! 私は戦車がいい」
やっぱりそうなんだ。
「今日の儀式で、明日の朝には操縦技術は身についているはずですからね」
「うん……よろしくお願いします……」
「じゃ、じゃあ、そろそろ始めますか……」
「はい……」
僕らはコチコチになりながらベッドに入り、探るように動きながら手を繋いだ。
かなり緊張したけど、僕は夜中には疲れて眠ってしまった。
でもシエラさんはちがったようで、早朝に目覚めたときシエラさんは僕の顔を覗き込むように見つめていた。
もしかして寝顔を観察されていたのかな?
そう思うととっても恥ずかしかった。
魔力に情報を載せて伝達させるのは終わっていたので、後はキスをすれば儀式は完成だった。
どう声をかけようかと迷いながら見つめると、シエラさんはわかったようで、スッと目を閉じてくれた。
朝日に輝くシエラさんはとても綺麗だった。
少し引き寄せながらキスをすると、どういうわけかシエラさんは涙をこぼした。
「ご、ごめんなさい。もう泣かないでください」
どうしよう!?
僕は悪いことをしてしまったんだろうか?
どうしたらいいんだ⁉
「違うの、違うんだよ」
そういいながらも、シエラさんの涙は止まらない。
「おかしなことをしましたか? 僕にとってもこんなふうに自分からキスをするのは初めてで……」
「ファーストキス?」
本当にどうしたらいいの?
シエラさんの両眼からさらなる涙がこぼれ落ちていた。
2日目
次の日はミーナさんの番だった。
二回目ということもあったし、おっとりとしたミーナさんが相手ということもあって昨日よりもリラックスできていた。
ゆったりとしたコットンのワンピース寝巻が可愛らしい。
「なんか改まってしまうと照れるわよね。でも、緊張しなくていいからね」
はにかむミーナさんの笑顔に癒された。
「じゃあ、ちゃっちゃと始めちゃいましょうか? ベッドにいきましょう」
昨晩は終始リードするのは僕だったけど、ミーナさんは年上の余裕で優しく促してくれるから助かった。
でも、
「服は脱いだ方がいいのかしら?」
と、天然のボケをちょいちょいかまして僕を焦らせてくれた。
「そのままで大丈夫です! 手を繋ぐだけでいいんですから」
「そうなの? やだ。私、なんか勘違いしていたわ……」
とにもかくにも情報の伝達は終わり、キスで儀式は終了した。
でも、キスするときにミーナさんが僕の頭の後ろに手をまわしてきて、予定していたのよりずっと情熱的なものになってしまった。
ミーナさんがこんなことをするなんて意外過ぎた。
僕の体に触れたミーナさんの体が柔らかかった……。
3日目
ルネルナさんの態度はいつも通りで、どっしりと構えている様子だった。
下着が少しだけ透けて見えてしまう水色の服を身に着けている。
「うふふ、レニーのために選んだのよ。キャミソールガウンっていうの。似合っているかしら?」
「は、はい……」
それ以上は何も言えないよ。
ルネルナさんは僕の困っている姿を満足そうに見ていたけど、いつもの調子に戻って話しかけてきてくれた。
「で、どうすればいいの? ベッドで横になって手を繋ぐだけでいいのよね?」
「そうです。本当にそれだけで大丈夫ですので」
こういうサバサバした態度はやりやすくてありがたい。
ルネルナさんが先にベッドに入って僕が後からお邪魔する形を取った。
「それじゃあ、照明を落としますね」
リモコンで電気を消そうとするとルネルナさんが覆いかぶさってきて、いきなりキスされた。
「あ、あの、それは儀式の最期に必要なんであって、まだその段階じゃないとうか……」
慌てる僕にルネルナさんはにっこりと微笑む。
「バカね、これはおやすみのキスよ。儀式とは関係ないわ。それでは寝るとしましょう」
何事もなかったかのようにルネルナさんは目を閉じた。
ルネルナさんとのキスは初めてじゃなかったけど、いつもはほっぺにされている。
唇と唇が触れ合うのは初めてのことだ。
そう言えば、ルネルナさんからは薔薇の甘い香りが漂っている。
カサック地方でとれるローズオイルの匂いだ。
どうしよう……普段ならあまり意識しないのに、ルネルナさんに異性を感じてしまっている……。
「寝た?」
ふいに耳元で囁かれた。
「ま、まだです……」
「明日も早いんだから、早く休みなさい。お姉さんももう寝るわ」
そう言って、もう一度だけ僕のほっぺに口づけをして、ルネルナさんは少しだけ体を離した。
なんでだろう……、弄ばれている気がした。
シエラさん、ミーナさん、ルネルナさんに伝導の儀式が終わり、三人はそれぞれ艦載機を操縦できるようになった。
さっそく連日のように哨戒ヘリコプターであるイワクス2が周辺の島々を偵察に出かけ、車両を使った前線基地の設営が行われている。
シエラさんが毎朝決まった時間に戦車で砲撃の訓練をするものだから、今や神殿の鐘の代わりになっているよ。
兵士たちにも車両操縦の講習が始まっていて、六週間後にはある程度の作戦行動がとれそうな気配だ。
「いいなあっ! アタシのことも早く抱いておくれよ」
「抱きません! 手を繋いで寝るだけです!」
颯爽と艦載機に乗り込むお姉さんたちを見ながら、フィオナさんがブーブー文句を垂れている。
よっぽど羨ましいようだ。
「まあいいや。明日にはアタシもあいつらの仲間入りだからね」
「その代わりいっぱい働いてもらいますよ」
「わかっているって。エンジンの開発だけじゃなくて作戦行動にも協力するさ」
今夜はフィオナさんの番か。
そして、明日はアルシオ陛下……。
ポセイドン騎士団の海馬も16頭集まっている。
そろそろ彼らを本国に送ってあげないといけないな。
やることが多すぎて眩暈がしそうだけど、忙しくなるのはまだまだこれからだ。
僕も初めてヘリコプターに乗ったよ。
空から見る地上は何もかもが止まって見えているような気がした。
まさか自分が雲の上に行けるだなんて想像もしていなかったから、震えるほどに感動した。
雲海が海のようで、僕は新たな空の航路を発見した喜びに震えた。
イワクス2の最高速度は368㎞で、頑張れば2時間もかからずにコンスタンティプルにたどり着けてしまう。
大型輸送ヘリであるイワクス1も最高速度は276㎞なんだ。
これさえあれば補給だって困ることはない。
今後はいかに魔石を集めて、船や艦載機を運用していくが大事になってくる。
海の魔物は倒しても魔石の回収は難しいんだよね。
その点、陸上の魔物なら魔石の回収も楽だ。
今は騎士団の騎士たちが魔力をチャージして、魔石を節約しながらやっているけど、魔物の襲撃を考えたらそれも考え物だ。
いざという時に攻撃魔法が使えないと困るからね。
「古戦場には魔石がたくさん落ちております、カガミ伯爵」
朝食のときにそう教えてくれたのは執事のアクセルさんだった。
「本当ですか⁉」
「はい。魔族は魔道具を使わないので魔石には興味がないのでございますよ。ゆえに激戦のあった戦場では魔石が多く残されております。特に、今のロックナではそれを回収する者もおりませんので」
優雅な手つきで紅茶を淹れてくれるアクセルさんが説明してくれた。
イワクス1にはパイロットを含めて60人の騎士を搭乗させることが可能だ。
彼らとともに魔石を回収できれば大きな助けになる。
「一番魔石のありそうな場所はどこですか?」
「パレット平原でございましょうな。あそこは特に激しい激戦地でありましたから」
決まりだろう。
僕らはイワクス1でパレット平原を目指すことになった。




