アルシオ陛下からの頼み
主要メンバーが集められた会議室で御前会議が開かれた。
一通りの挨拶を述べた後、アルシオ陛下が当面の目標を語り始める。
「最終的な目標はロックナ王国の復興にあることは間違いないが、手始めにベッパーを奪還したいと考えている」
ベッパーはエディモン諸島最大の島だ。
大きな港が整備されていて、軍事施設も整っている。
そして耕作面積も広い。すでにある畑を復活させられれば、大勢の人間を養うだけの食料生産が見込めるのだ。
「もちろん、収穫は最短でも次の秋からだということはわかっている。それまでは各国からの援助と、私の個人的な金を投じるしかないだろう」
エールワルト家は外国の銀行にもかなりの金額を預けていたようで、アルシオ女王も一生遊んで暮らせる以上の財貨を持っているらしい。
ニーグリッド商会だけでも1億ジェニーを越える資産が預けられていると、ルネルナさんがこっそりと教えてくれた。
結局のところ僕らがやることは以下のようなことだ。
1.シャングリラ号を使い、近海に巣くう魔物を掃討し制海権を確立すること
2.1の行動によって、中小規模の島を解放して、領民を救出すること
3.各国の移民たちに声をかけ、募兵、ベッパーへの移住を希望する人を集めること
いずれにしてもシャングリラ号がなければできない行動ばかりだ。
国から命じられた僕の協力期間は半年で、その後のことはどうなるかわからないけど、とりあえず目前の問題を片づけていくことに専念しようと思っている。
細かい作戦の概要はノキア団長から説明があり、質疑応答が行われ、みんなで修正を加えて会議は終わる運びになった。
「以上を持ちまして会議は終了となりますが、最後に陛下よりお言葉を賜りたく存じます。陛下、お願いします」
ノキア団長に促されて、アルシオ陛下が立ち上がる。
きっとみなさんの働きを労い、今後に期待するというお言葉を掛けられるのだろうと思った。
「皆の者、長い時間をご苦労だった。最後に私から大切な話があるのでもう少し時間をくれ」
アルシオ陛下の言葉に全員が居住まいを正す。
話って何だろう?
ちょっと他人事みたいな感覚でいたら、アルシオ陛下と目があってしまった。
相変わらず厳しい目つきで、眉根にしわを寄せている。
この人はこれでだいぶ損をしているかもしれない。
本当は心の優しい美人さんなのに、いろんな人から誤解を受けてしまうと思う。
「レニー・カガミ、頼みがあるのだ」
突然、僕に話を振られた⁉
船に関係することかな?
「なんでしょうか? 僕に遠慮はいりませんので、どうぞお話しください」
アルシオ陛下って顔はちょっと怖いけど、仁義に厚く優しい方だ。
僕は信頼しているし、なるべく協力してあげたいとも思っている。
大抵の頼み事ならかなえてあげるつもりだ。
「そう言ってくれると助かる。この提案はお主を縛りつけることになるやもしれんから、嫌なら断ってもいい……、いや、できる限り受け入れてほしいのだが……」
陛下の歯切れが悪い。一体何を言いたいのだろう?
「陛下、はっきりとおっしゃってください。先ほども言いました通り遠慮は無用です」
「うむ。レニー・カガミよ、ロックナ王国の伯爵になってみないか? エディモン伯爵レニー・カガミじゃ」
「はぁ……」
よくわからなくて、気の抜けた返事をしてしまった。
「このようなやり方は卑怯だということはわかっている。まだ奪還もしていないベッパーの伯爵なのだからな。だが……他に報いる方法を思いつかなんだ。正直に言って私はそなたを臣下にしたい。ずっとそばに止め置いて、どこにもいかせたくないというのが本音じゃ」
アルシオ陛下の厳しい目つきに、どこか縋るような願いが混じっている気がした。
「しかし、僕は一介の船長です。領地の経営の仕方もわかりません」
「カガミ船長、先ほどの作戦のどれか一つでも、君の存在を抜きに実行できるものがあったかね? 君はロックナ復興に絶対必要な人材なのだ。君が仕えてくれるのなら伯爵だろうが侯爵だろうがどんな地位だって差し出すよ。本当は王位をくれてやっても構わないくらいに思っている」
「陛下!」
さすがにこの発言にはノキア団長が立ち上がってアルシオ陛下を諫めた。
「許せ、ノキア。今のは無しじゃ。つい、弱い自分が出てしまった。それはともかく、カガミ船長にはこの話を受けてもらいたい。これから解放する土地はすべて自分の領地になると思えば少しは励みになるかと思ったのだがどうであろう? 私は最高の待遇と礼節をもってカガミ殿を遇する所存だ」
アルシオ陛下は不安そうに僕を見つめた。
そんなに畏まらなくても、僕はアルシオ陛下を助けるつもりなのに。
「正直に言えば、自分が伯爵になることに実感が持てませんし、それによってどうなるかも想像できません。でも、僕が領土を守って、そこに住む人たちが少しでも幸せになるのならお受けしてもいいと思います。本当にどうしたらいいかはわかりませんが」
すると、右隣にいたルネルナさんが僕の手に手を重ねてきた。
「領地経営のことなら任せなさい。私がついているわ」
次に左肩にぐっと掌が乗せられる。
シエラさんだ。
「家臣団の取り纏めは私がやろう。レニー君、君は一人じゃない」
「わ、私は何もできないけど、レニー君が心配しないように館の生活は取り仕切ってみせるから……」
「ミーナさん……」
お姉さんたちが僕に力を与えてくれる。
それだったら僕は――。
「レニー・カガミよ。我が騎士となり、我が家臣として働いてくれぬか? いや、わが友として一緒にロックナの民を救ってくれんか? この通りだ」
アルシオ陛下が深々と頭を垂れていた。
王族としてのプライドなんてこの人にとっては些細なことなのだろう。
陛下の目的は無辜の民の救出なんだから。
僕の夢は世界を見て回ることだけど、それは伯爵になってもできることだよね?
目の前に困っている人がいる。
僕に助けてほしいと、手を伸ばしている。
領民のために最前線で指揮を執る女王だ。
その手を振り払うことなんてできない。
「謹んで承ります」
こうして僕は、思いがけずもエディモン伯爵となってしまった。
これからどうなるかなんて想像もつかないけど、とにかく今は近海の海を平定することに全力を傾けるとしよう。
ちなみに――
「エディモン伯爵ぅ? なんだそれ? まあ、頑張れよ。伯爵を首になってもアタシが養ってやるから、失敗なんか気にすんな。ドーンといけ、ドーンと!」
会議に参加していなかったフィオナさんからは、後でそれなりに温かい励ましの言葉をもらった。
翌日からさっそく、ロックナ解放軍(仮称)の戦いは始まった。
海の魔物を駆逐しながら、僕らは周辺の島々を調査していく。
水のある島には大抵人が隠れ住んでいて、魔物からの難を逃れていることが多かった。
いくら魔族に支配された国といっても、その全土に目を光らせるわけにはいかないのだろう。
魔物の手が伸びていない町や村もまだまだありそうだ。
そういうところを一刻も早く見つけ出して、救援に向かい防衛体制を整えるのも僕らの大事な仕事になってくる。
発見した人々には、合流を呼びかけ、島に残りたい人には支援物資を配っていく。
ノキア団長はアルシオ陛下が解放軍の指揮を執っていることを人々に強調し、この海域の魔物が掃討されていることを説明した。
「島民のみんなには船から支援物資を運ぶのを手伝ってほしい。小麦や豆類がたくさんあるぞ。後日、家畜を運んでくる用意もあるから期待してくれ!」
「おおおおおっ!」
住民から歓声が上がっている。
日に日に目減りしている食料に不安が募っていたそうだ。
魔物の影響で最近では魚もあまり捕れなくなっていたらしい。
かなりの数をせん滅したから、これで漁獲高も上がるだろう。
まずは人々の腹を満たし、生活の不安を取り除いてあげることで信頼感を得ることはできた。
その上でノキア団長は大切なことを伝えていく。
「あちらの天幕では募兵をおこなっている。解放軍に志願する者は受付をしてほしい。祖国を魔物から取り戻す戦いに参戦してくれ」
救援や支援の他に募兵も大事な仕事だ。
「嫁も子どもも目の前で魔物に食われました……。奴らに仕返しができるのなら俺は……」
「俺はやるぜ! 手柄を立てて騎士になり領地を貰うんだ!」
昏い目をして兵士になる島民がいるかと思えば、激動の時代に生きながらも混乱に希望を見出す人など、さまざまな人が兵士になっていた。
誰もが生きることに精一杯だった。
このような調子で救援物資を届け、人材を集めながら戦闘を繰り返すこと三日。
ついに僕はレベル20に到達した。
切りのいい数字だから能力アップに期待してしまう。
だって20だもんね。
新しい船舶がもらえるのかな?
それとも船長固有のジョブスキルだろうか?
今更、シートカバーとか椅子みたいなオプションじゃないよね?
期待と不安を入り混じらせながら僕はステータス画面を開いた。
どれどれ……、えっ……?
「な、なにこれええええええええええええええ‼」
操舵室に響き渡る僕の声。
だってそれくらいとんでもないことが書いてあるんだもん。
こ、こんなものが召喚できるようになっちゃったの……?
しばらくの間、僕は体の震えを抑えることができなかった。




