300人
フェニックス騎士団の皆さんは猛烈な食欲を見せて、シチューの鍋は瞬く間に空っぽになっていった。
中には目に涙を浮かべて食事をしている人もいる。
これまでの生活がよほど苦しかったことがしのばれた。
「ありがとう。カガミ船長のご厚意には感謝してもしきれない。我々にできることがあったら何でも言ってくれ」
食後のコーヒーを飲みながらフェニックス騎士団のノキア団長が礼を言ってきた。
シャングリラ号のメンバーとナビスカさん、ノキアさんが同じテーブルを囲んでいる。
「気にしないでください。でも、問題は今後です。このままでは遠からず300人の騎士はまた飢えてしまいます」
「うむ。魚を獲る生活もそろそろ限界ではある……」
僕にも騎士団を丸ごと養っていくような資金はない。
コンスタンティプルで仕入れをしたので手持ちの現金は30万ジェニーくらい。
これでは一人につき10日分の食料を用意するのが限界だ。
「ナビスカさん、ご相談があります。僕らは別行動することはできませんか?」
僕の提案はこうだ。
ナビスカさんたちには残された食料とこの地にとどまってもらい、海馬探しをしてもらう。
ノキア団長によると、この海域には魔族の出現はまったくないそうだ。
もともと真水が出ない島がおおく、人間の居住がほとんどなかったからだろう。
「それは構わんが、カガミ殿はどうなさる?」
「僕らはフェニックス騎士団を連れて王都ハイネルケへ戻ろうと思います」
ハイネルケにはエールワルト公女、アルシオという人がいる。
彼女はフェニックス騎士団の主なのだから、今後のことは公女様と団長で決めればいいのではと考えたのだ。
「我々をハイネルケまで運んでいただけるのですか⁉」
「今回は特別サービスで無料にしておきますよ。その代わり、皆さんの魔力を分けてくださいね」
そうすれば魔石を使わないで済む。
騎士は魔力量が多いから300人から少しずつ魔力を分けてもらえれば魔石代は節約できるからね。
「まことにかたじけない申し出だ。アルシオ様にお会いできるのなら今後の方針も立てやすい」
「食料が乏しいので、安全な沿岸ではなく、ノワール海を突っ切る最短航路をとりますがよろしいですか?」
「もちろんだ。我らは恩を受ける身、いざとなれば300人一丸となってシャングリラ号とカガミ船長を守る所存だ」
これで当面の方針は決まった。
ここからハイネルケまではおよそ1100㎞。
高速輸送客船なら一両日でたどり着ける距離だ。
僕への負担はとてつもないけど、フェニックス騎士団のこれまでの苦労を考えればそれくらいはどうということもない。
出発は明日の日の出と同時にということに決まった。
高速輸送客船に乗り込んだ300人のフェニックス騎士団と一路ハイネルケを目指した。
今回はガモにもコンスタンティプルにも寄らずに、直接ダークネルス海峡を目指す航路をとっている。
普通なら考えられない危険なコースではあるのだが、シャングリラ号は時速80㎞以上で走れる高速船だ。
少々の敵なら振り切れるだろう、そう考えた。
だけど、一つの船に300人の騎士が乗ることの意味を僕自身もその時点では分かっていなかった。
食料の問題? それもある。
魔力による動力の確保? そんなメリットも大切だ。
だけど、僕が言いたいのはもっと別のこと――。
「右舷2時の方向よりロンバル級が接近。現場指揮官は射程に入り次第攻撃命令を!」
船に突撃してくる魔物に向かって甲板の騎士たちから雨のような魔法攻撃が降り注いでいる。
ほぼ数秒で魔物は跡形もなく殲滅だ。
「新たに左舷より魔物の群れが接近。数、およそ100。魔法攻撃で弾幕を作り、接近を許すな」
甲板から一度に300の攻撃魔法が繰り出されている。
接近を許すとか許さないとかじゃなくて、これもやっぱり秒殺だ……。
ハッキリ言って無敵なんだよ。
だってさ、時速80㎞で自在に動ける船に、騎士が300人も乗っているんだよ。
どの国の軍艦と戦ったって負ける気がしないぞ。
そもそも機銃の射程だけで圧勝だしね……。
「カガミ船長、我々が組めばとてつもない戦力になってしまいますな……」
ノキア団長も興奮で少し声が震えている。
「包囲されない限り攻撃力は圧倒的ですよね。防御には不安が残りますけど」
今回の戦闘ではまたレベルが上がった。
職業 船長(Lv.18)
MP 12109
所有スキル「気象予測」「ダガピア」「地理情報」
走行距離 4438キロ 討伐ポイント 83525 トータルポイント87963
船長の固有スキル「二重召喚」を習得。同時に二つの船を召喚できる。
とてつもなく嬉しいスキルを習得した!
これさえあれば輸送客船を召喚したまま兵員輸送船で上陸なんかもできる。
やれることの幅が大きく広がるのだ。
ミーナさんやシエラさんの操船技術も上がっているので、今後は別行動も取れそうだ。
もっとも一週間以上僕が船から離れていると自動送還されてしまうのは以前と同じなので、長期の別行動は無理みたいだけどね。
危険な航路を選んだぶん魔物の数は多く、それだけたくさんの戦闘があった。
フェニックス騎士団の皆さんがいてくれたので、全部返り討ちにできているし、その分だけ討伐ポイントも入っている。
このままならルギアにたどり着くまでに、もう一つくらいレベルが上がりそうな勢いだ。
僕としても倒せそうな敵なら遠回りをしないで最短距離を進むようにしたけど、フェニックス騎士団にとってそれは望むところだった。
彼らは魔物にひどい恨みを持っている。
積年の鬱憤を晴らすがごとく、鬼気迫る勢いで並み居る魔物を攻撃していた。
ルギア港に着いたのは、エディモン諸島を出発してから実に11時間後のことだった。
本日の船旅はここまでになる。
さすがにこれ以上の運航は僕にも限界だった。
ハイネルケまではあと100㎞くらいだけど、夜のセミッタ川を大型船で行く気力は残っていなかったのだ。
「お疲れ様、レニー君」
「さすがに限界です、ミーナさん」
「今回は交易品があるからクルーザーに乗り換えるわけにはいかないもんね。あれなら私が代わりに操縦したんだけど」
コンスタンティプルで購入した積み荷を王都で売り捌く予定なので、高速輸送客船でハイネルケまで行かなくてはならないのだ。
「仕方ありませんよ。どうせ今から頑張ったって到着は夜中になります。それだったら早朝に出発して昼に着いてもたいした違いはありません。向こうの準備だってあるでしょうし」
「そうね、シエラさんとルネルナさんはそろそろハイネルケへ着く頃ね」
実はさっそく『二重召喚』の力を使い、輸送客船とは別に水上バイクを召喚した。
シエラさんとルネルナさんには水上バイクを使い、一足先にハイネルケへ行ってもらっているのだ。
それというのもスムーズにエールワルト様にお目通りできるようにニーグリッド商会のコネクションを使うためだ。
ルネルナさんは今夜中にエールワルト様に連絡を取ると言ってくれた。
早ければ明日のうちにエールワルト様とノキア団長の会談が実現するだろう。




